30年間以上生きていれば、それなりに色々有る
勿論良い事ばかりじゃあ無くて、例えば思い出すと辛い事や苦しかったと思う事だって当たり前にある



俺は、と言えばこと恋愛に於いてはそのような事が無い
と言うのも、何となく好きだと思った女性は居た事があっても
『このひとしか居ない』
そう思えるくらい熱く深く、誰かを愛した事が無いから
だから、相手の過去を背負おうとした事も無いし、俺自身にも恋愛に於ける苦い辛い思い出が無い



敢えて言うのなら、『たったひとりのひと』そう思えるひとと出会いたくて、見つけたくて色々な女性を抱いて来たけれど出会えなかった事くらいだろうか
その相手が誰よりもいつも俺の近くに居たチャンミンだった、と今更気付いたという事だろうか



「お疲れ様でした
今日はご一緒出来て楽しかったです」



急遽今日のヘアメイク担当になったと言って楽屋にやって来たジョンフニヒョンにメイクとヘアを作ってもらい、チャンミンとふたりでCM撮影に望んだ
そして、今日は女性用化粧品ブランドの広告だったから、俺達だけで無く最近良くテレビで見掛ける…
つまり、事務所が売り出しているであろう女優も一緒だった

感じも良いしスタッフへの対応も良くて気持ち良く撮影が出来たから、挨拶をしてチャンミンとふたりで楽屋に戻った



「もう後は帰るだけだし、メイクも帰ってから落とそうか」

「そうですね、あの…同じ部屋に帰っても?」



衣装を脱いで私服に着替えていたら、チャンミンの少し不安そうな声



「当たり前だろ
それに…ヒョンとの話を聞かせてくれるんじゃ無いのか?」



『仕事が終わったらまた話がしたい』
そう言ったチャンミン
だから、今夜はどちらかの部屋で一緒に過ごせると思っていた
だから『当たり前』と言ったのだけど…
そんな言葉にチャンミンは目に見えて安堵した顔をする



チャンミンの過去を、苦しみを知らなかった事は悔やまれる
今日だってチャンミンがメイクされている間、俺はその場に居なくて…戻って来たら何だかふたりとも、少しすっきりしたような顔をしていた

『ジョンフニヒョンの事が嫌いです
だから、彼女と幸せになってください』

楽屋に戻って来た俺の前でチャンミンはそう言って、ジョンフニヒョンは『ありがとう』と返していた

あの時のふたりの間には、俺には入り込めない過去を感じてしまって…
自分は部外者なのだと思うと少しばかり切なくもあった
だけど、ふたりきりで話を聞いて欲しいとチャンミンが言ってくれたから、確かにこれからは俺達の時間が始まる筈



「…良かった
じゃあ、今日はユノヒョンの部屋に行っても?」

「ああ、勿論」



過去の出来事と、キスをしたら苦しげな顔をする理由
いや、キスが出来ない理由をチャンミンは明かしてくれた
俺の事が好きだから俺にだけは言いたく無かったと苦しげに告げたチャンミンを見て…
仕事ではずっと隣に居たのに、俺達の過ごして来た時間も経験も全てが違っていて、何も知らなかった自分を恥じた

今でもやはり、チャンミンの気持ちは分からないし実際に知らない事の方が多い
何故過去に自分自身を苦しめたジョンフニヒョンと会って関係を持っていたのかも分からない
だけど、そこにはチャンミンなりの理由があって…
そう思ってもまだ俺には推し量る事が出来ないから、これからそれを知って、過去の傷を癒していけたら良いと思う



「チャンミナ」

「え?」


 
着替え終わったチャンミンに声を掛けたら、大きな瞳を丸くしてこちらを振り返る



「言えない事も有るかもしれないけど…
一緒に俺が背負っても許されるなら、背負わせて欲しいよ」

「ユノヒョン…」



今日の仕事は終わった
だからもう、綺麗にセットした髪の毛がどれだけ乱れたって誰にも文句なんて言われない
正面から強く抱き締めて、柔らかな髪の毛に指を入れて滑らせた



「んっ……」

「好きだ、チャンミナ…」


 
左手で腰を抱いて右手で頭から耳までチャンミンの形をなぞるようにしながら唇の横に、そして頬にキスを繰り返す



俺達はもう良いおとなで、過去はあって当たり前
チャンミンは今きっと、ジョンフニヒョンとの事を乗り越えようとしている
過去を話してくれたあの日から、チャンミンの表情や彼を包む空気はどこか柔らかくなった
そして、楽屋でジョンフニヒョンとふたりで話したであろう後、更に穏やかになった気がする

   

過去を乗り越えようとしているならば、それは願ってもいない事
俺はそれを受け入れれば良い
だけど、チャンミンがひとりで過去と向き合っている事をどこか寂しいと思っている
なんて我儘なのだろう



「ユノヒョン…もう…っあ…」

「駄目、足りないよ」



長めの前髪を耳に掛けて、直ぐに赤くなる大きな耳にキスをするとびくん、と小さく震える
本当はこんな時、唇にキスをして舌を絡めて愛を伝えたい 
チャンミンの赤い舌が乾いた唇を舐めるから、思わずその唇に引き寄せられてしまいそうになるけれど、堪えて身体を押し付けた

 

「…っぁ……駄目…」

「どうして?好きだから『こう』なるんだ
好きだから触れたいのに」



昂るものを押し当てたら、チャンミンも少し反応しているのが分かって、余計に身体が熱くなる
もう帰るまで待てるか自信も無くて、あと少しだけ触れたくて…



「…僕も好きです、だから…
これ以上は我慢出来なくなるから、早くユノヒョンの部屋に…」



そう思っていたら、チャンミンが瞳を潤ませて、俺の頬を包んで囁くから、思わずその手に自らの手を重ねてキスをした



「…んっ……」

「…っ、あ、ごめん…っ」



愛おしいひとの身体が一気に強ばって、慌てて唇を離して抱き締めた
そうだ、最初からずっと、チャンミンにキスをするとこうして身体を固くしていたし、眉間には皺が寄せられて辛そうな顔をしていた

それを、俺はただ自分が嫌がられているから、なんて思って、そこに潜む『理由』を知ろうともしなかった



「ごめん、チャンミナ…」
 
「…僕の方こそ…普通の事が出来なくてごめんなさい…」



癒すように、怖がらせないようにもう一度頭を撫ぜて、それから至近距離でチャンミンを見つめた
少し…やはり苦しげな顔をしていたけれど、弱々しく笑って鼻にキスされた


 
「今はこれで…」

「うん…」



『ありがとう』
そう言う代わりにもう一度抱き締めたら、背後からがちゃり、と音が聞こえた
腕のなかのチャンミンもびくり、と震えたから慌てて抱き締めている腕を離して振り返った

ノックをしない、なんて珍しいけれど、多分マネージャーだろうと思った
なのだけど…



「あ…ごめんなさい」



扉を開けて立っていたのは、さっきまで共演していた20代の女優だった



「あの…ユノさんの楽屋はここだと聞いたので…」

「…何か俺に用ですか?」



少し狼狽えている様子だし、ノックが無かったから抱き締め合っているところを見られてしまったのだろう
キスはしていなかったから良かったけれど、少し無防備だったかもしれない



不安げに隣に立つチャンミンの背中をぽん、と叩いて
「帰り支度をして」
と笑い掛けたら小さく頷いた
それから、扉の前の彼女の元へと歩んだら…



「今日、時間も早いので…良ければ私とふたりでお食事に行きませんか?
私、ユノさんに憧れていて…」
  


顔を少し赤くして俺を見上げて来る
撮影の時から少し感じていたけれど、多分、深い関係になりたいと思っているのだろう
以前なら、取り敢えずの食事くらいなら…
なんて思ったかもしれない
だけど、今は勿論チャンミン以外と、なんて思わない



「憧れだなんて…恐縮です、ありがとうございます
ですが、今日は…」


 
『予定が有るので』
そう言って断ろうかと思った 
だけど、それでまた次回誘われてしまったら面倒だ
迷ったけれど、微笑んで口を開いた



「いや、今日じゃ無くても、なのですが
今は恋人が居るので他の女性とふたりで食事は…
今度いつか、スタッフを交えて食事をしましょう」

「…恋人って…まさか、チャンミンさんですか?」

「え…」



彼女の表情は一気に曇って、そして俺の向こう側に視線を向けている
振り返ったら、チャンミンは俺達に背を向けたまま



「恋愛は自由かもしれないけど、男性同士なんて有り得ないです
食事だけ、それでも駄目ですか?」



甘えるように一歩近付いて来る
強気な女性は好きだし、それを可愛いとも思う
だけど、今は全くそうは思えない

本当なら、恋人はチャンミンなのだとはっきり言いたい
もしも俺がこの仕事をしていなければ、何も考えずに言う事が出来る
けれども、ここでそれを言ってもしも話が広がれば仕事にも影響するし、何より…
ゲイである事を俺にも隠して来たチャンミンの努力や苦しみも全て水の泡になってしまう



「チャンミンはパートナーです、ああ、勿論仕事の
もしかしてハグをしていたから驚かせてしまいましたか?
良い仕事が出来たので、それだけです
恋人は、公には出来ませんが勿論女性です」



「ただし、黙っていて」
と顔を近付けて囁いたら、彼女は残念そうな顔をして
「分かりました」
と頷いて楽屋を出て行った



扉を閉めてからふう、と大きく息を吐いた
それから大きな鏡の前で背中を丸めて座る恋人の肩に手を乗せて名前を読んだら、俯いていた顔が漸く持ち上がった



「帰ろうか」

「…はい」



その顔は微笑んでいたけれど、まるで泣いているように見えた
















 ふたりで俺の車に乗り込んで、部屋へと向かった
サングラスを掛けた助手席のチャンミンはどこか沈んでいる様子



「どうした?」

「……何も無いです」



ジョンフニヒョンと話をして…
きっとその所為だと思うけれど、どこかすっきりした顔をしていた

それなのに、また以前のチャンミンに戻ってしまったように見える



「何も無いようには見えないよ
…もしかして抱き合っているのを見られたから?
大丈夫だよ、一瞬疑われたけど、男同士だし…付き合っているとは思われていないから」



赤信号で車を停止させて、右手を伸ばして助手席のチャンミンの頬に触れた
俯いていた顔が持ち上がってサングラス越しに俺をじっと見据える



「どうして…」

「チャンミナ?」

「…好きなのに悔しい」

「……っ…」



サングラスの所為で、彼の瞳が今どんな色をたたえているのかが分からない
だけど、その声はどこか苦しそうで、そして…



「……っふ……」



チャンミンの腕が俺の首に伸びて、抱き着くように唇にキスをされた
驚いて目を開けたらやはり苦しげな顔をしている
それなのに唇を離そうとしないし、俺に巻き付く腕は震えている



「…っ、チャンミナ!」



慌てて俺から顔を離したら、サングラスの下から涙が一筋零れて、息を荒くしたチャンミンの腕はもう離れて、彼の唇は右手の甲で激しく擦るように拭われていた



キスをしてくれた
それだけなら嬉しい 
けれども苦しげな様子を見せられたらやはり辛い



優しく接していれば、過去を理解出来たらきっと直ぐに乗り越えられるんじゃあ無いか、なんて思っていた
だって、たかがキスだ
だけど、俺とチャンミンは仕事では隣に居たってプライベートで経験して来た事も感じて来た事も何もかも違っていて…
俺は結局、チャンミンの事を何も解れていないのだと思い知らされたようだった
















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