Side C
自分にとって、家族と呼べるようや存在は見当たらない
勿論、概念としてはそれは確かに存在した
母親は亡きひとにさせられてしまったけれど、父王が居る
半分血の繋がった姉や妹が居る
それは確かに家族、なのだ
だけど、狭くて暗い王宮の隅でひっそりと暮らしていた僕にとって、本のなかで見るような家族のあたたかさは経験した事が無かった
それでも多分…唯一、彼女が、姉だけが幼い頃に僕を訪ねてこっそりと遊びに来てくれた
特別な事を話したりする事は無い
だけど、元気であるのか、とか困っている事は無いか、とか…
姉はしっかり者で僕を心配してくれていた
けれどもそんな彼女もいつの頃からか僕の暮らす場所にはやって来なくなった
そして、大きくなるに連れて、彼女は二番目の妃の娘で一番最初の王のこどもなのだと知った
女性達とそのこども達の権利争いに塗れた王宮のなか
彼女は彼女で、一番目の妃やその姫に疎まれていたらしい
そして、位の低い妃から生まれた第一王子である僕が居なくなれば彼女が時期王となる
それを知って、もう誰かと深く関わる事も恐ろしくなった
幼い頃、確かに彼女に嘘は無かったし、彼女も僕も生まれながらにして…
綺麗な言葉を使えば運命だとかに巻き込まれているのだろう
僕は元々王位に興味は無いし、僕を疎む妃や姫、それに父王に復讐したいだなんて気持ちも無い
ランプのなかに閉じ込められた事は筆舌に尽くし難い事
だけど、王宮の、王族の事やらを考えて過ごすよりももう、ユンホさんとの今と、そしてどれだけ続くか分からない『これから』だけを考えていたい
そうは思っても、何故急に姉が…
今の次期王が婿探しだとかにこの街へとやって来るのかが少し気になった
今ユンホさんと僕が暮らす、この貴族の街は決して華やかな場所では無い
位は高い者達が多いけれど、若者はどちらかと言うと少なく隠居している者だったり別宅を構えている者が多い地区だから
「チャンミン、大丈夫か?」
「…ユンホさんは心配性ですね」
腰を抱く僕の『夫』が顔を覗き込んで来るから笑顔を作った
こんな時、普段ならユンホさんは少し恥ずかしそうにばつが悪そうにしたり…
少しだけ顔を赤くしてぶっきらぼうに
『チャンミンも言うなあ』
なんて言ったりする
だけど、今は違った
左側のユンホさんは僕の目をじっと見て何か言いたげだ
「どうしましたか?」
「…ビジャブを巻いていても、もしもチャンミンだとばれたら?
勿論、その時は全力でチャンミンを抱えて逃げるよ
でも、この人混みのなかで守りきれるか…
俺ひとりで王宮の奴らに本当に太刀打ち出来るか…
気持ちが幾らあったって絶対に守りきれる、だなんて悔しいけれど言えない
チャンミンを失いたくないから心配なんだ」
人垣のなか、ユンホさんは僕にだけ聞こえるように小声で…
だけど真剣にそう言った
もしかしたら、出会った頃のユンホさんならば
『俺ならどんな奴にも負けない』
そう言っていたかもしれない
だから、何だか…
ユンホさんはとてもおとなになったような気がする
「こんな弱気な事を言いたく無いし、『守りきれるか分からない』なんて男として恥ずかしい
だけど、チャンミンが大切だから…好きだから絶対に失いたくないんだ」
そう言うと僕の左手をぎゅっと握って少しだけ引き寄せられた
脚がよろけてユンホさんの逞しい胸のなかに抱き締められてしまいそうになる
手を胸についたら、僕を見て
「もっとこっちに」
そう言って更に引き寄せられた
普段は静かなこの街、だけど今は大勢のひとが沿道へと集まって来ている
それは、これから僕の姉が…つまり、この国の王の娘で時期王の第一候補がやって来るから
そして、彼女はまだ結婚をしていない
つまり、婿になって王族に入りたいという男性もこの人垣のなかには沢山居るのだろう
「…っあ…」
「おい!押さないでくれ」
「…大丈夫です、ありがとうございます」
ユンホさんに寄り添っていたから安心していたら、後ろから押されてよろけかけた
直ぐに腰を抱かれて転ける事無く済んだ
けれどもユンホさんは振り返って僕の為に怒ってくれた
気持ちは嬉しいけれど、この街以外からもひとが集まって来たようで…
少しでも近くで『姫様』を見ようと、どんどん後ろから皆が押して来る
出来れば後ろの方で様子を窺いたかったのだけど、気が付いたらだいぶ前へと押し出された
少し怖いけれど、ビジャブはいつもよりもしっかり巻いて、目と鼻以外は隠した
見物人は大勢だから、女性用のドレスを着て顔を隠した僕がこの国の第一王子だとはまず分からないだろう
それでもどきどきしながら息を潜めていたら、辺りがざわついて、目の前の広い通りを警備している男達が
「静粛に」
だとか
「姫様に敬意を払うように」
だとか言っている
「…来るみたいだな」
ユンホさんの声に小さく頷いて、前を見た
本当は…僕はお尋ね者だからこんな所に姿を見せるべきでは無いのかもしれない
だけど、僕は何も悪い事なんてしていない
生まれて来た事が罪だと言われた
スラム街出身の母親から生まれたから
他の妃達には男子が生まれていなかったのに、僕だけ男だから
跡継ぎ争いの激しい王宮で、僕の存在は異質でそして疎ましがられるだけだから
それだけで僕は広い王宮の隅でひっそりと暮らし、王位なんて必要無いからとひっそり暮らし出した家でも追われて、更に…
妃達の誰かか、姉妹である姫達が遣わせた呪術師によってランプのなかへと閉じ込められてしまった
ずっとずっと、自分は必要無い人間だと言われて来た
だから、僕自身もそうなのだと思って生きて来た
だけど、ランプのなかに閉じ込められてユンホさんに拾われて、そして初めての恋をして同じ想いをユンホさんからも貰った
必要とされて、愛してもらえた
そうしたら、少し強くなれた気がする
一緒に居られるであろう時間はきっと、刻一刻と減っていく
ユンホさんが最後の願い事を僕に告げたら、僕の役割は終わる
またランプのなかへと戻って、そしてユンホさんからは僕に関する記憶は全て失われる
だから、本当は過去の自分と向き合うよりも、ユンホさんとの時間を一秒でも無駄にしないように過ごすべきなのかもしれない
たけど…ユンホさんのお陰で強くなれたから、自分を知りたい
僕の母親が生まれ育ったスラムに行こうと言ってくれたのがユンホさんで、そのお陰で僕達は半分血が繋がっているのだと分かった
だから、今度は僕自身が自分を見つめ直したい
「姫様のお成りです」
警備の声と共に、馬の足音、そして馬車の車輪が道を走る音が聞こえた
辺りはざわついて、沢山の貴族達がわあっと声をあげる
毛並みの良い二頭の馬に引かれて、屋根の無い客車のなかに女性が座っていて…それは確かに僕の姉姫だった
前にはひとり、従者が乗っているけれど見た事の無い顔だ
なんて、僕は王子とは名ばかりで王宮の事なんて知らないも同然だから当たり前なのだけど
「…チャンミンに少しだけ似てる」
「え…本当に?」
「目元だけ、本当に少しだけ
チャンミンより綺麗なひとなんて居ないから」
緊張していたらユンホさんがそう言われた
ユンホさんとも、数メートル先に居る女性とも、半分ずつ血が繋がっている
それならば、姉と似るよりもユンホさんと似ていたかった
少しでも繋がりを持っていたい
揺るがないものが有れば安心出来るような気がする
「姫様を驚かせないように静粛に」
ざわつくなか、先導していた馬から男性が降りて、人垣に向かってそう言った
姉姫はその言葉に微笑んで、従者らしきその男性に手を差し伸べられてゆっくりと馬車に引かれた客車から降り立った
細身の青いドレスは女性らしい美しい曲線を際立たせる
青いビジャブから覗く肌は白く、大きな瞳に影を落とす睫毛は長い
辺りからは溜息が漏れて、『美しい姫様』に皆がざわついている
「…ユンホさんもあんな女性が良かったですか?」
隣を見たら、彼は前を見て、それから僕を見て微笑んだ
「チャンミンに出会う前は…いや、出会った頃の俺なら、姫様に必死にアピールして王宮に入り込んでやろうって思ってた
だけど、今は何とも思わない
…と言うか、見た目じゃ無いよ、今は金でも無い
チャンミンと一緒に居たいだけだ」
その言葉が嬉しくて、ユンホさんの服の裾を掴んだ
そうしたら、腰を抱いていた手が離れた
外で触れられていたら恥ずかしいのに離れると寂しい
だからもっと強く裾を握っていたら、その左手にユンホさんの指先が触れて…
「手を繋ぎたくなった」
「…僕も繋ぎたかった、ありがとうございます」
相変わらず後ろからは押されるし、現れた『姫様』に貴族達は盛り上がっている
でも、僕達はお互いが居ればそれで良い
見つめ合っていたら、急にしん、と辺りが静まり返った
前を見たら、また従者が「静粛に」と言っていて…
「今日はお集まりくださってありがとうございます
どうやら、私が婿探しの為にこの街へ来るのだという噂があったようですね
確かに私を愛してくださる方を探していますが、今日はそうでは無くて…皆さんにお願いをしに参りました」
「…お願い…?」
久しぶりに見る姉は変わらず美しい
けれども、昔の優しい眼差しでは無くて、どこか冷たく感じる
それは月日の流れや、彼女があの王宮で生きて行く為の術なのかもしれない
「皆様はこちらの張り紙をご存知ですか?」
「…っ…」
彼女が広げた紙はこの街で、そして別の街でも何度も見掛けている…僕をお尋ね者として探す、似顔絵の載せられたもの
ユンホさんの手に力が入って、緊張感が伝わって来る
「何か有れば直ぐに逃げる」
「…はい」
その声に安心して、ユンホさんに身体を預けるようにして、ビジャブから覗かせている目で真っ直ぐに姉を見た
周りの貴族達は口々に
「知っている」
「王子が逃亡するなんてとんでも無い」
そう言っている
張り紙の効果は僕が思っているよりも大きいようで、これからはもっと顔を隠して外に出なければ、と気持ちを引き締めた
姉は一番前に立つ貴族の、その目の前迄ゆっくりと歩んで、そして張り紙を見せた
「私の弟を知りませんか?
確かに逃亡しました
でも…父は、国王は彼が行方不明になった事に心を傷めています
私達は弟が…王子であるチャンミンが謝罪をして戻るならば受け入れる準備があります」
ゆっくりと歩きながら前に立つひと達の反応を見ている
貴族達は姉姫が近付くと感嘆の声をあげて、そしてやはり後ろからどんどんと押されてしまって…
「…っ痛…」
「大丈夫か?」
ユンホさんが何とか庇ってくれたからよろけて転ける事は無かったけれど、気が付いたら僕達の前にはひとりずつ前に居るだけ
そして、その向こう側には姉姫の姿
「弟に、王子に会いたいのです
逃亡犯、だなんて書かれてしまっていますが、彼にも何か事情があって逃げているのでしょう
王子に何か…悪いようになんてしません
だから、見つけたら必ず報告をしてください、お願いします」
そう言うと、辺りを見渡して…
「…っ何で…」
彼女は確かに僕達の直ぐ目の前までやって来て、そして僕の隣のユンホさんに向かって手を伸ばした
「チャンミン王子を知りませんか?
私の自慢の弟なのです」
「…知らないな」
俯いて視線を逸らした
目と鼻だけしか出ていないから、姉とは言え一年以上会っていないのだから気付かれる訳なんて無い
ユンホさんはいつもと変わらない…いや、いつもよりも少し低い声で姫の手をちらりと見るだけで肩を竦めた
「…そう、残念です」
姉姫はそう言うと、僕達の傍に居たまた違う貴族の男性に声を掛けたのだけど…
「君、そこに居る妻の名前が『チャンミン』だと言っていなかったか?
今もだし、以前君達を商店で見掛けた時にもそう呼んでいたから」
その男性は、僕を見て確かにそう言った
ゆっくりと、辺りの視線が僕に集まって、そして…
「…もしかして、あなたが『チャンミン』と言うのですか?」
姉の、何か期待の篭ったような言葉が僕の身体を冷やして行った
彼女は婿探しをしている訳じゃあ無い
僕を探して…
きっと、彼女はもう以前の姉では無くて、王宮で生きて行く為に沢山の妃や彼女の娘達と同じになってしまったのだろう
「お話を聞かせてください」
逃げようにも前から手が伸びて、僕は従者らしき男性に顔に巻き付けたビジャブを取られてしまった
「チャン…!」
「あら、とても似ていて驚きました
心臓が止まってしまうかと…」
大勢のひと達が僕を見ている
ユンホさんはいつの間にか、前から警備の男性に捕まってしまっている
「王子に似ているだなんて恐れ多いです
でも、私は関係が有りませんので…
ユンホさんを離して頂けませんか?」
「……王宮へ
その方も一緒に向かいましょう、手厚く歓迎致します」
僕の声を聞いた姉姫は目を見開いた
それから深く頭を下げて…
『手厚く』なんて言われたけれど、僕は見た事も無い彼女の従者に無理矢理腕を引かれてあっという間に馬車の上に載せられた
王宮へ行けば、僕の命はどうなるか分からない
だけど、ユンホさんも同じく馬車の上に乗せられた
だから…
もしも命がこの後途切れてしまっても、ランプのなかへと閉じ込められた呪術が解けて人間としての生を終える事になっても、最後にユンホさんが隣に居てくれるのならば…
それは幸せな事なのかもしれない
ここへはやはり来るべきでは無かった
僕は本当の危険を何も分かっていなかった
だけど、ユンホさんと一緒ならば…
震える身体を鼓舞して、あと少し生きたいと強く願った
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