チャンミンの存在を失い掛けたあの日から眠りは浅くなった
眠気を感じても、眠っても、常に脳が覚醒しているようで気持ちが休まらないし疲れも取れない
その代わりに、どれだけ疲れていてもチャンミンを抱いて、身体で繋がっていればそれだけで癒されて安心出来る



チャンミンが白い病室のなかで自らの生を放棄しかけて、そして目を覚ました時…
あの時俺は確かに、愛するひとが生きてされいてくれれば良いと思った
それなのに、望みは段々深くなり欲望は増すばかり
俺の隣で、俺だけを見ていて欲しい
何も要らない、チャンミンさえ居れば良い
仕事も何もかも失う覚悟で『計画』を実行した
だからこそ、俺だけを見ていて欲しかったのだ



あの日から眠りは浅い、身体には疲労が溜まっている
それでも、夜が明ける前に腕のなかで眠る愛おしい恋人を眺めている、その時間は俺に何にも代える事の出来ない幸せと安らぎを与えてくれた



それなのに、確かに俺の胸のなかにチャンミンは居るのに…
今はまるで、奈落の底に突き落とされたよう



左手のなかにあるのはチャンミンのiPhone
時刻を確認したら夜中に受信していたメッセージには
『会いましょう
チャンミンの都合に合わせます』
そう、確かに文字が並んでいる

差出人は思いも寄らなかった人物
チャンミンが居なくなったら…その恐怖は毎日心のなかに巣食っていた
けれども、こんな事は想像した事すら無いから頭は真っ白になった



チャンミンは俺を愛している
そう信じていてもなかなか言葉を貰えなかった
けれども漸く言葉で伝えてくれるようになった
俺達は普通の恋人同士になった筈
チャンミンの瞳に嘘なんて無かった
チャンミンが抱える闇のようなものの深淵は分からない…けれどもその瞳を見れば、繋がっていれば分かるのだと思っていた



身体が小刻みに震えて止まらない
震えを止めたくて恋人を抱く右腕に力を込めたら、くぐもった声と共に、その身体が身動いだ 



「ん…」

「……」



チャンミンが起きたら、どんな顔をすれば良いのだろう
チャンミンはいつから連絡を取っていたのだろう
いつから?そもそも以前からだったのだろうか



「…ユノヒョン…おはようございます
あの後、寝れなかったですか?」



ゆっくりと瞼が持ち上がり、長い睫毛がふわりと広がる
腕のなかで身動ぎして布団から伸びた細くて長い指が俺の頬に触れて…



「…っ触らないでくれ」

「……ヒョン?」

「ごめん…悪かった」



反射的に、とは言え誰よりも愛するひとの手を払ってしまった
大きな瞳は瞬きを繰り返して、不安そうに揺れる



「どうしたんですか?」



引っ込められた手は行き場を無くしたようにぎゅう、と握られている
右手をチャンミンの背に添えて、左手にはiPhoneを握る
先程見たメッセージ、そして送り主の顔
それがずっと頭のなかにちらついている
見なかった振りをしなければ、このままずっとふたりで居られるのだろうか
そんな風には思えない
手に入れたと思ったらいつもチャンミンは遠のいていくのだから

ごくり、と唾を飲み込んでチャンミンを見据えた



「なあ…何か心当たりは無いか?
チャンミナは俺の事をどう思っている?」



チャンミンは一瞬ぴたりと止まった
けれども、表情は特に動かない



「…僕が愛しているのはユノヒョンだけです
あなたは僕の全てです」



そう告げて俺の腕をそっと掴む
この瞳に嘘は無い
そう思いたいし何かの間違いだと思いたい
けれども、軽い筈の金属の塊は左手のなかでずしりと重たくて…
それが、まるで俺に知りたく無かった真実を知らしめているように感じられる



「…いつから繋がっていた?」

「え…」



嘘だと思いたかった
iPhoneに表示された番号は俺のスマートフォンにも存在する番号
それに直ぐに気付いた
だけどもしも勘違いで有れば…と自分のスマートフォンで確認もした
けれども現実は残酷で、メッセージを送った主は俺が思った通りの男だった

そして、俺の為だと言ってあの女に呼び出されて、それを俺にひた隠しにしていたチャンミンの演技力は、今はもう少し影を潜めてしまったのかもしれない



「ジフ、分かってるんだろう?」

「…っ…」



男の名を聞いて、びくりと大きく震えた腕のなかの男
背中に添えていた手を離して、iPhoneを手渡した



「見たのは悪かったよ
…起きたら光っていたんだ」

「え……」



iPhoneをぼうっと見下ろしていたのに、俺の言葉に慌てて上半身を起こしてディスプレイに指を滑らせている
その身体には、俺のものである印が確かに色濃く残っている
けれどもそんなものは何も意味なんて無かったのだと言われたようで虚しさと、そして怒りが募る

チャンミンは明らかに青ざめて、視線は合わない



「黙っていてごめんなさい
数日前に連絡があって、それで……」

「言い訳は?」

「僕は、ユノヒョンの事しか考えていません
今も、過去も、それから未来も…」



そんな事を言う癖に、やはり視線は合わない
怒りなのか何も感じなくなって来たのか、自分の感情が分からない



「なあ、そいつはお前を無理矢理抱いた男だろ?
俺がどんな思いでお前を救い出したと……くそっ」

「ヒョン、違うんです…!」

「もう良い、黙ってくれよ…」

「……っ」



起き上がってがしがしと頭を掻きむしって溜息を吐いた
俺が俯くとチャンミンは視線を寄越す
まるで後ろめたさでいっぱい、なんて雰囲気だけど、それすら演技なのだろうか



チャンミンのiPhoneには登録されていなかった番号
けれども『それ』は俺のスマートフォンに登録されたままの番号
俺達にとって…いや、俺にとって悪夢の詰まった会員制バーのボーイで、俺以外でチャンミンを抱いた唯一の男、ジフのもの



「…っあ…」



iPhoneを持つ男の右手に腕を伸ばして手首を強く掴んだ
その反動で悪夢の詰まった金属の塊はフローリングに音を立てて落ちた
男は…チャンミンはフローリングに目を遣る事無く漸く俺を真っ直ぐに見た
けれどももう遅い



「ユノ…僕はあなたを…」

「黙ってくれ、もう言葉なんて要らない」



分かっている
チャンミンは俺の芸能界での立場を守る為にミヨンに従い、そしてジフに抱かれた
好んで抱かれていて訳では無いから精神が不安定になっていたも、俺に抱かれる事でそれを消そうともがいていた事も

分かっていたつもりだったけれど、それは俺の独り善がりで、チャンミンは違ったのかもしれない



「…痛っ…、お願い、今からじゃ仕事が…んっ」

「お前は俺のものだろ?」

「……っふ…ん」



左手で唇を塞いで、チャンミンの声を遮る
苦しそうに大きな瞳が瞑られると涙が零れ落ちる

もう治ってしまった、俺の左親指の火傷の痕
何度も傷を新しくするようにチャンミンに噛まれた
皮膚が分厚くなってこのまま痕が残れば良いと思っていた
けれどもそんな事は無くて、もう冬の始まりのあの頃が夢だったように感じられる



「…っ……ん…」



上から鎖骨に噛み付いて、髪の毛でも隠れない耳の下にきつく吸い付いた
チャンミンは甘ったるい声を漏らして男を誘うような潤んだ瞳で俺を見上げる



「どうして裏切ったんだ…チャンミナ」



身体を反転させ俯せにして背中を押して尻を高く突き出させる
顔はシーツに埋もれたから口を塞いだ左手は外した
夜中にも抱いたから…いや、そうで無くても毎日抱いているから柔らかい後ろに中指と人差し指をいれて掻き混ぜる



「ぃ……あっ…ん」

「動くな」



仰け反る背中を押さえつけて二本の指を奥で広げた
身体はチャンミンを前にすると直ぐに熱くなる
確かに求めているのに、心は冷え切って気持ちがわるい



「ユノ…っあ…ごめんなさい…愛してます」

「聞きたくない……っ」

「……っん…あぁっ……ふ…ん…」



普段より乱暴に指を引き抜いた
情けなく立ち上がった自らのもの、それを数回掌に包んで上下させて、男のものを待って口を開けているチャンミンの後ろへと突き立てた



「っ……あっあぁ…お願い……もう…っ…」



もう声なんて聞こえない
俺は望まれているのか、それとも愛されてなんていなかったのか
チャンミンの為、俺達の為だと思ってやって来た事は…
あの女を抱いて騙した事は、全て意味の無い事だったのだろうか



「だから、誰も要らないんだ…」

「……っひっあ…っ」



裏切られたく無い
だからひとりだけに執着したくなんて無かった

奥の奥に突き立てて抉る
仰け反る首の付け根に思い切り歯を立てて、欲望とチャンミンへの想いを何度も何度も解き放った

チャンミンは何か、多分謝っていた気もするけれど、耳に届いても意味を理解する事も出来なかった
















重たい身体を起こしてベッドから立ち上がったら、インターフォンが鳴らされた
リビングのモニターの前に立って応答した



「おはようございます」

『ああ、迎えに来た』



マネージャーは常に時間に正確だ
ロックを解除して、それから寝室に戻って下着を穿いてガウンを羽織って玄関に向かう

時間を見計らって覗き孔を覗いたら視界に入って来たから、もう一度インターフォンが鳴らされる前に扉を開いて招き入れた



「早かったですね」

「……おい、もしかして」



途端に眉間に皺が寄って、下着とガウンだけ身に付けた俺の身体を上から下まで見た
背中には爪の跡だったりが幾つも有るだろうとは思っていたけれど、どうやら前から見ても一目で分かるくらいだったようだ
それとも見た目だけの話では無いのだろうか



「チャンミンは?」

「……寝てるんじゃあないか?」

「おい、ユノ、何があった?」



寝室を指差したら、マネージャーは俺の脇をすり抜けて廊下を奥へと進んでいく
ゆっくりとその後を歩いて寝室へ向かった
室内に居たら分からなかったけれど、一度離れてから戻ったら入口でもう、精の匂いが色濃く残っている事が分かったから笑ってしまった



一歩、また一歩となかへと歩んだら、ベッドの上で裸のまま意識を失っている背中、そして拳を握り締めるマネージャーの背中が見えた



「…ユノ、いい加減にしてくれ」



振り返らないまま、押し殺したような声でそう言われた
いい加減に、だなんて…そう出来るならどんなに楽だろう
苦しくて苦しくて仕方無いんだ
愛とはこんなにも俺を苦しめる物なのだろうか



マネージャーがジャケットを脱いで、俯せになっているチャンミンの背中に掛けた
そうしたら、ぴくりともしなかった細い身体が動いて掠れたような声が聞こえた



「チャンミン、悪いけれど…もう仕事なんだ
急いでシャワーを浴びて来てくれないか」

「あ……っ…マネージャー…すみません」



慌てた様子で起き上がったらバランスを崩し掛けた
それでもベッドに手を付いて気丈に立っている
だけど、腿の隙間からは俺の吐き出したものがほんの少しだけ垂れた
ついさっきまで抱いていたのだからなかで乾く事も無いのだろう



腕組みをして立っていたら、こちらへ向かって来る情けない恰好の男と目が合った
そうしたら、一瞬泣きそうな顔で微笑んで、それから、少し身体を震わせながら…
けれども良く通る、驚くくらいに澄んだ声で言ったんだ



「ユノヒョン…別れましょう」



なあ、チャンミン
お前は俺をどう思っていたんだ
愛なんて要らない、そう思っていた俺を変えてくれたのはお前だったと思っていたのに



振り返った時にはもう、彼は俺の横なんて通り過ぎて浴室へと向かって背中すら見えない
チャンミンはこの世で唯一、俺を苦しめる事の出来る悪い男なんだ

















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