Side C







僕の恋人は、とても優しい
それは今の関係になる前…
つまり、仕事だけのパートナーである時から知っていた



プライベートでのユノヒョンは僕と同じように特定の恋人を必要としていない様子だったから、もしかしたら…
深い関係になれば逆に冷たいひとなのだろうか、とも思っていた
皆を大切にする分、誰かひとり、を求める事は無いんじゃないかと何となくそう感じていた

けれども、ユノヒョンは『このひとだ』そう思えるひとを探していて、本当は誰よりもきっと…
寂しがり屋で愛を必要としているひと



そして、僕は… 
本当は誰よりも愛されたくて、誰かの特別になりたい
けれども自分が愛される訳は無いのだと、過去の経験から諦めてしまっていた情けない人間
誰かを好きになってはいけないと思っていた

ユノヒョンの事はずっと尊敬していた
昔は僕の苦しみを、ゲイである事に気付いてくれないヒョンに対して、僕はひとりで苦しんでいるのに…なんて、自分勝手な苛立ちを抱えていた事もある
けれども、僕自身が隠して来た上、ユノヒョンはゲイでもバイでも無いのだから気付かなくて当たり前

ヒョンはとても優しい
苛立つ事だって有るけれど、結局それは僕がこどもだから
だから…



「ユノヒョン」

「ん?」

「…あの、ごめんなさい」



今なら少しはきちんと言葉に出来るかも
そう思って、目の前の椅子に腰掛けるヒョンに声を掛けた



ユノヒョンの待つ自分の部屋に帰って来た真夜中
泣いて泣いて理由も告げないまま謝った
ヒョンは色々な事を僕に問い質す事無く『おかえり』そう優しく告げて背中を撫ぜてくれた

絶対に話したかった、誰にも理解なんてされないと思っていた、キスが出来ない理由
勢い余って話してしまって後悔しか無かった
だけど、知っても尚、ユノヒョンは僕と恋人で居たいと言ってくれた



あの日からもう1週間が過ぎた
日々は穏やかで、キスで息が出来なくなる苦しさを味わう事も無くなった
無理に聞かれる事も無いから、僕もあの日以来過去の事やこれまでの自分の気持ちを話す事も無い



それで許されて穏やかでいられるのなら良いとも思った
だけど、ユノヒョンがあまりにも優しいから、自分が恥ずかしくなった



「どうした?チャンミナ
思い詰めたような顔をして…何かあった?
あ、でも俺を嫌いになった、は嫌だよ」

「…っ、違います、そんな訳無い!」



慌てて否定したら、ユノヒョンはふっと微笑んで
「良かった」
と小さくひと言葉
優しいこのひとを、僕の所為でこれ以上苦しめたく無い
僕の事を『たったひとりのひと』だと言ってくれるユノヒョン
僕だって同じ気持ち、だから少しずつ向き合いたい



「僕、この間ユノヒョンに酷い事を言いました」

「酷い?何かあった?」



きっとユノヒョンは分かっている
それか、自分を責めているのだと思う
僕は彼が優しい事を分かっていて、自分のなかのどうしようも無い気持ちを自分勝手にぶつけた



僕が真剣な顔で見つめたからだろうか
ヒョンは持っていた台本を置いて、それから僕を真っ直ぐに見返して来た

あと少しできっとスタッフの誰かが来る
これから撮影を控えている
だから言い辛い事も言えるかも、なんて僕は弱い
だけど、黙って隠し通して『普通』に振る舞える程僕は器用でも無いし、優しいユノヒョンに応えたいと思った



「『嫌な初体験があったのはユノヒョン達が僕の性的指向に気付いてくれなかったから』この間、僕はそう言いましたよね」

「…うん、俺は当たり前にチャンミナも女性に惹かれるんだと思っていて…だから、女の子と会う時に誘っても応じないのだって大勢で会うのは好まない、だとか恋愛に興味が無いからだって…
ずっとそう思っていたんだ
こんなにずっと近くに居たのに…ごめん」



その言葉に胸が痛くなった
僕が八つ当たりのように放った言葉
勿論百パーセント嘘じゃない
そんな風にどこかで『自分の所為じゃ無い』そう思う気持ちもあるし、誰かが悪い訳でも無いという気持ちも有る
ジョンフニヒョンには悪気は無くて、彼は遊びでしか僕を見ておらず僕もそう思っていたと考えているだけなのだろう

受け入れる側では無いから僕の痛みも分からなかったのだろう
だから、僕は無知で運が悪かっただけ
  
それなのにユノヒョンを責めるなんて、大切なひとに苦しみを擦り付けているだけ



「違うんです、あれは八つ当たりで…
苦しみが絶えなくて、ずっとあの『初めて』を引き摺っているのが辛くて…
ゲイである事もキスが出来ない理由も自分でひた隠しにしていた癖に、気付いて貰えなかった所為だ、とか…」



言葉にするのは少し、いや、かなり辛かった
今なら、仕事の合間なら言えるかもと思った
仕事になれば否が応にも気持ちを切り替えなければならないから
こんな風に少し沈み込んでも、ただの気の弱い僕では無くて、芸能人であるシムチャンミンになれるから



僕とユノヒョンを隔てるテーブル
その上で両手を合わせて拳を握った
自分の狡さや弱さを言葉にする事が、知られる事が怖い
ユノヒョンの事が特別だからこそ
だけど、知られてしまった事でほんの少し気持ちは軽くなった
でも、それだってユノヒョンが僕の『真実』を黙って受け入れてくれたから
いつも僕は彼の優しさに救われているんだ



「チャンミナ」
 
「…はい……っあ…」

「キスはしないから安心して」



頭に手が伸びて、掌が僕の頭を優しくなぞるように撫ぜる
顔を上げたら、少し切なそうにユノヒョンが言った
本当はそんな事言わせたく無い
普通の恋人なら、僕が普通なら、こんな風にならないのに



「…でも、口以外ならしても良い?」

「…勿論…僕だってしたい」



また、こうして優しさに救われる

椅子から立ち上がったユノヒョンが腕を伸ばしたから、僕も立ち上がった
小さなテーブル越しに、唇の直ぐ横にキスをし合った
こんなキスなら怖くないし、知られているからこそ安心出来る



「口に出来ないから悪い、とか思ってるだろ?」

「…どうしてそれを…」
 
「あはは、チャンミナの顔を見ていたら分かるよ
キスはしたい、でもそれ以上に嫌な思いをさせたくないし…
何より、好きだって言って貰えて恋人で居られて幸せなんだ
だから気にする必要なんて無いよ」

「それに…」



そう言うと、ユノヒョンは僕の隣にやって来た



「チャンミナは俺に酷い事を言ったって思ってる?」

「…はい」

「俺も、知らずにとは言え酷い事をしたし言ったと思ってる
だから…これで謝って、ちゃんと次に進もう
少しずつでも良いから」



腕が広げられて僕の好きな、眩しいくらいの笑顔
それが僕だけに向けられる事に幸せを感じる



「ほら、早くしないと誰か来るかもしれないから…」

「え…あ、はい」



本当に何か分かっていなかったのだけど、その言葉で分かったから、そっと恋人に抱き着いた
今の自分を形成する事を話す事も、乗り越えたつもりで乗り越えられていない過去を振り返り見つめる事も怖い
全て無かった事にして強い自分で居たい
だけど、そんな風には居られなくて…



「いつかキスが出来るようになるか、それともこのままかは分からないけど…
でも、俺は今でも充分幸せだよ
大切なひとが出来て、こうして居られるから」

「…ごめんなさい、酷い事を言って…」

「この間も沢山謝ったのに、もう必要無いよ
俺の方こそ苦しい思いをさせて、我慢させてしまってごめん」



ユノヒョンの言葉が、匂いが、体温が、触れているだけで安心出来る
背中に腕をまわして強く抱き締めた



「ヘアメイク前で良かった
服も皺になっても良いし、髪がどれだけ乱れても大丈夫だな」

「じゃあもっと強く抱き締めても良いですか?」

「チャンミナの力じゃ皺にならないかも」



ユノヒョンが楽しそうに笑って揶揄うから、不意打ちで鼻にキスをした
そうしたら嬉しそうに眉が下がる
こんな事も少し前までは出来なかった
だって、それが唇へのキスに繋がりそうで怖かったから



「好きです」



そんな日が来るのかは分からないけれど、いつかキスが出来るようになれば良い 
ずっと、唇に触れる事が怖くて仕方無かった
だけど、今はそう思う
ユノヒョンが僕を少し変えてくれた



僕を見つめる恋人がゆっくりと顔を近付けて来たから、反射的に目を瞑って、だけど前のような怖さは小さくなって…
どきどきしていたら、扉をノックする音が聞こえた



「…はい」



そう答えたユノヒョンの声が残念そうだったから、少し笑ってしまった
名残惜しいけれど身体を離して隣に立ったら…



「…今日、急遽ヘアメイクをする事になりました」

「え…」



その声は、ユノヒョンと3人で食事をして以来会うどころか連絡も取っていなかったひと
もう結婚して日本へ行くだろうし、関わる事も無いだろうと思っていたひと



ゆっくりと開けられた扉の向こうに立っていたのはジョンフニヒョン



「多分、日本に向かう前にふたりの仕事に携われるのはこれが最後だから
少し話もしたいんだ、チャンミンと」

「…どうして…」



僕はもう、関わりたく無い
前に進みたい

ジョンフニヒョンには結婚をする女性が居て、ユノヒョンと僕が付き合っている事ももう知っている
僕にこれ以上関わったり…手を出したって仕方無いのに



別に彼の存在自体に何か思っている訳じゃ無い
恨む気持ちなんて無いし、抱かれる事にも耐えれた
だけど…一度弱みをさらけ出してしまったから、もうこのひととは関わる事が怖い



「チャンミナ、大丈夫?」

「…はい」



ユノヒョンは僕の前に出て、ジョンフニヒョンに入るように促した



「仕事なので…宜しくお願いします
ですが…ヒョンにこんな事を言うのは失礼ですが、プライベートは踏み込まないで欲しいです」

「踏み込む気なんて無い
ただ…少し話をしたいだけだ」



ジョンフニヒョンは「とにかく始めよう」そう言ってメイク道具を準備し始めた



過去を乗り越えたい
だけど、『過去』を見つめる事は僕にとっては恐ろしい
恐ろしいから怖くなんて無いと、ずっと自分に言い聞かせていたのだから



















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