目を瞑るだけ、のつもりだった
気まずくて、どうしたら良いのか分からないから
もう、長い間傍に居るのにこんなに緊張したのは初めてで、それは…
ついに、ユノから離れないといけないって思う時がやって来たから



「…チャンミン」

「……ん…」

「チャンミン、起こしてごめん
着いたよ」

「……っあ、ごめん、僕…本当に寝て…」



声に慌てて飛び起きて、そうしたらシートベルトが腹に食いこんでぎゅっと目を瞑った
笑い声が聞こえてきて目を開けたら、サングラスを取ってカリスマモデルから僕の良く知るユノに戻った男に
「本当に?じゃあ、途中までは起きていたの?」
なんて、核心をつくような事を言われた



「…何の事
見ての通り寝ちゃったんだよ、ごめん
ユノだって疲れているのに…」



シートベルトを外した
けれども、ユノは扉を開けて降りようとしない
僕をじっと見つめているから、何だか視線を逸らせなくて無言で彼を見つめ返した
隣に居る事には慣れている
沈黙だって気まずくなんて無い、普段は
けれども今は、どうしたら良いか分からないのだ



「あのさ、帰ったら直ぐに寝たら?
ユノってそうは見られないらしいけど、意外と緊張しいだろ」



気まずさを解消しようと話し出したら、止まらない
そうでもしていないと、どうしたら良いか分からないのだ
もう、離れないといけない
そうじゃ無きゃ離れられなくなりそうで、昔の口約束に縋っているのが僕だけならば心にはぽっかり穴が空くだけで
もう、これからは普通の恋でもしなきゃ、ユノの身体にばかり慣れて心すら離れられなくなってしまうから



「明日のイベントは海外メディアも来るんだろ?
『JYH』の顔になるなんて本当に凄いよ
世界の一流ブランドだし、名前の売れているモデルだってなかなか起用されないって噂だし…
緊張するかもしれないなら、ベストな状態で臨まないとだろ
だから、ゆっくり休んで明日に備えた方が良いよ
僕は、そろそろ新しい部屋を探そうと……っあ…!」

「……本気で言ってるの?」



シートベルトを外したから、座席に座ったままでもあっという間に抱き寄せられてしまった
上半身、胸から上だけ密着していて、心臓の音がユノに伝わりそうで怖い

僕達はただ、元モデル仲間
現…身体の関係のある、少し深い仲の友達
同じ部屋で共同生活を送る、それなりに気の合う…



「チャンミン」

「何……っふ……ん…っ…」

「…本当は、話し掛けた時に起きてたよな?」



背中にあった手が頬に触れて、名前を呼ばれて顔を上げたらキスで唇が塞がれた
押し当てられて、それだけでぞくぞくする事なんて知られたくなくて必死で耐えていたら、けれども唇は直ぐに離れて真剣な瞳が僕を見つめる



「…何が…」

「『あの事を忘れた?』って聞いた時、チャンミンの耳がぴくって動いたんだ
知ってる?チャンミンが素直になれなくて黙っている時…
例えば抱いている時に『気持ち良い?』って聞いても言葉で答えてくれなくても、この大きな耳がぴくっと動いて教えてくれるんだ」

「何を…」

「ん?『気持ち良い』って
まあ、もう数え切れないくらい抱いているから、何も無くても分かるけど…」

「…っ、勝手な事…っん…」



また、唇が重なる
もう、こんな関係止めにしないと、僕が…
そう、僕が離れられなくなってしまう
ユノには僕の代わりなんて幾らでも居るだろう
でも、僕には他に誰も居ない
ユノ以外に僕の心を動かすひとなんて

だから、唇を離したい
厚い胸板を押し返したい
無理矢理でも離れたい
だけど、ユノの身体も顔も仕事に大切なもの
だから傷を付ける事なんて出来ない



「…ふ……っん…」

「勝手じゃあ無いよ
約束、今更『やっぱり無理』なんて言おうと思ってる?
そんなの無理だよ
俺がどれだけ、この約束の為に頑張って来たか…」



唇が離れて、キスだけでぼうっとしてしまった頭にユノの言葉が染みていく
初めは何を言っているのか理解出来なかった
だって、そんなの有り得ないって思っていた事だから



「チャンミン?聞いてる?」

「え…」

「だから、チャンミンがモデルを辞めた時…
もう三年前になるよな
チャンミンは
『モデルを辞めたんだから、この部屋も出て行く』
なんて言って俺から逃げようとして…」

「別に逃げるとか…
一般人が住むには良過ぎる部屋だし…」



ユノの視線が熱くて、まるで抱かれている時のようで逸らせない
僕達はただ、お互いの欲を解消しているだけ
そう思わないと駄目なのに
何が?そんなの、僕が、だ



「逃げようとしただろ
いつも、俺が気持ちを伝えようとしてもチャンミンは逃げるばかりで…
まあ、俺だって怖くて言えなかったけど
だから、約束をした
『世界的なブランド「JYH」のアジア人初のイメージモデルに起用されたら俺と正式に付き合って』って」

「…覚えているの?」

「はあ?当たり前だろ
チャンミンがモデルを辞めてからの俺の活躍は我ながら凄かったと思うし…それくらい必死だったんだけど?
だって、JYHは俺もチャンミンも以前から好きな憧れのブランドだけど、当時は韓国には店舗も無かったしデザイナーも欧米のモデルばかり起用していたし
でも、だからこそ、そのモデルになれたら俺の本気が…
言葉じゃ無くてもチャンミンに伝わるって思ったんだ」

「…っ……」



ユノが誰よりも本当は真面目で努力家だって事を知っている
だからこそ、僕はそんな彼を尊敬している
僕がモデルを辞めてサラリーマンになる道を選んでも、本気で応援してくれているし、ユノは今でも
『俺はモデルとしてのチャンミンの事も尊敬していたよ
チャンミンは服の魅力を引き立たせるのが上手いっていつも思っていたから』
なんて言ってくれるくらいだから



誰よりも努力家で、そして持って生まれたものもある
そんな彼が世間に認められるのは当たり前だし、ユノが認められない世界なんておかしいと思っている
だからこそ、好奇心で始まったような身体の関係をずるずる続けているのは良くないし、僕だけが離れられなくなって傷付く事が嫌だった
僕だけ…
本気になるのが辛くて、特別な感情なんて無い振りをしていた
でも…



「ユノ…」
 
「何?俺の事が嫌?
そんな訳無いよな?
…約束、なんてしてしまったから、叶えるまで言えなくて、俺も意気地無しだったと思う
抱いている時も何度も『好きだ』って言いかけて、でも…
拒まれたらと思うと言えなかった
だけど…」

「っ、もう、僕にも言わせろよ
約束、ずっと覚えてたよ
だから…ユノが『JYHのモデルに決まった』って何でも無いように話した時、もう忘れてるんじゃ無いかって怖くて…
だから、明日広告が路面店で解禁されるから、それを見たらもう離れなきゃいけないって思っていて…
ああもう、だから…好きなんだよ、凄く…っ…」



せめて、告白くらい格好良く出来たら良いのにそれすら出来ない
ただ勢いに任せて初めて告げた、ずっと抱えていた気持ち
告白にもならないような告白
それなのに、僕を思いっ切り抱き締めたユノは涙を浮かべて鼻を擦り寄せてきた



「分かってた
だって…抱き合っていれば、言葉なんて無くたって分かる
それに、毎晩一緒に眠っていたらチャンミンが俺に抱き着いてくるから」

 「…は?嘘…」

「あはは
さっきは寝た振りだったけど、俺に抱き着くのは無意識だったんだな
なんて…抱き着いてくるチャンミンに『好きだよ』って囁いても耳は動かなくて嬉しそうな顔をするから…
本当は気付いているのかそうで無いのか…
どっちだろうって思っていたんだ」



「どっちか教えて?知っていたの?」
なんて、薄暗いマンションの地下駐車場のなかで迫られた
そんな事全く知らなかった
だけど、僕だってユノが絶対眠っているって思う時に
『好き』
と伝えた事が何度もある



まだまだ他にも…
もう何年も、自覚してからずっと燻らせていた想いや黙っていた事、伝えたい事は沢山だし、触れたい気持ちも膨らむばかり



「…僕達の部屋に帰ったら、恋人として色々話すよ」

「それって、約束を守って付き合ってくれるって事?」



何とか身体を離して顔を逸らして呟いたら、後ろから弾むような声が聞こえた
ミステリアスなカリスマモデルの素顔がこんなに可愛いって事は僕しか知らなくて良い



扉を開けて助手席から降りたら、直ぐにユノも降りた
サングラスを掛けたユノはあっという間に左側に立って僕の腰を抱き寄せる
身を捩っても
「誰も居ないから大丈夫」
なんて、サングラスを掛けていても分かるくらい嬉しそうに言われたら拒めない
だって、好きだから



「約束を守る為に付き合うんじゃあ無い」

「え…」

「ユノの事が好きだから
僕だってずっと言えなくて…自分が情けないって分かってる
だからこれからは、今まで言えなかった分、ユノが飽きるくらい好きだって言うし…
飽きたって言われても離してやらないからな」



半分強がり
だって、ユノには僕は…
きっと釣り合ってなんていないから
でも、そんな事はとっくに分かっているし、それでもずっと好きなのだ



「それは俺の台詞
言っただろ?
チャンミンとの約束があったから、必死で頑張れたんだ
本当は緊張しいだし、多くのひとの前に立つような器でも無い
それでも、俺が唯一憧れて尊敬していたモデル…
チャンミンの事が欲しくて、絶対に逃したくなんて無いから頑張ったんだ」

「ユノの方が余っ程輝いているのに、変なの」

「そう?
もしも今の俺が輝いているなら、それは…
チャンミンが傍に居てくれているからだよ」



甘い言葉はいつも、ベッドのなかでだけだった
それでも、お互いに相手が眠っている時以外は
『好きだ』
なんて伝える事は無くて…
ベッドのなかでも、付き合っていなくても本当は充分甘かった
だから、気持ちを確かめ合ったらもう溺れてしまいそうだ



「帰ったら、もう直ぐに眠った方が良い?
俺としては、チャンミンを補給する事が一番仕事にも良い影響があるんだけど…」

「…寝るのは僕を抱いてからにしろよ
そうじゃ無きゃ、もう抱かせてやらない」

「へえ…意地を張るのも可愛いな」

「っユノ!」



エレベーターに乗り込んだら、サングラスを掛けていても分かるくらい、こどものように笑っていたユノがサングラスを外して真剣な眼差しで僕を見つめた
キスをされて、間近で
「夢みたいだ」
なんて言われて…

この後の僕はと言えば、翌日に大切な仕事を控えているユノの身体に、爪の痕や歯型を付けないようにするのが物凄く大変だった
だって、気持ちを確かめ合って恋人になって初めて触れ合って、止まる事も抑える事も出来なかったから



そして…



「あれ…シム君?どうしてJYHに…」

「お疲れ様です
ええと…僕も、U-knowの広告が見たくて来てしまいました」



ユノのイベントは勿論、しがないサラリーマンの僕は仕事中でその姿を直接見る事は叶わなかった
だから、ユノはもう次の仕事に向かっていてこの世界的ブランドの旗艦路面店には居ないけれども、終業後に大きく飾られた広告を見にやって来たのだ



「ふうん、シム君も実はU-knowのファンなのね
昨日、広告の話をした時にも何だか詳しいからもしかして、って思っていたの」



女性の先輩社員は僕を見て嬉しそうに頷いている
仲間が居た、なんて言う風に好意的に受け止めてくれたのかもしれない



「ねえ、良ければ何か一緒に食べて…」

「…っあ、ごめんなさい
その…恋人から電話が掛かってきたので、もう帰ります」

「え…」

「また明日、失礼します」



店なのに頭を下げて、何だか堅苦しい挨拶をしてしまった
そのまま、店の扉を出ながらスマホを耳にあてて…



「ユノ?」

『チャンミン、お疲れ様
俺の事を見に行ってくれたの?』

「うん…凄く格好良かった」

『ひとりで見るなんて狡いよ
今度の休み、俺もちゃんと変装するから…
一緒に見に行こう』

「…うん」

『俺も今から帰るよ
だからまた後で…愛しているよ』

「…っ……その…僕も…」



好きだって言い合ったばかりなのに、ユノはもう早速昨日から何度も何度も
『愛している』
だなんて言う
嬉しくて、と言うか幸せ過ぎてまだ上手く受け止められない
だけど、またここから新しい関係を築いてユノを受け止めたい
僕のなかの溢れる気持ちだってもっと沢山伝えたい



僕は、何処にだって居る、しがないサラリーマンだ
だけどひとつだけ、多分何処にでも…は居ないであろう事がある
それは僕の恋人はとても特別な輝けるひとで…
そして、そんな特別なユノは、僕が居るから輝けるらしいって事
これは、僕達ふたりだけの特別な秘密だ














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ELLEのユノがあまりにも格好良くて色々なお話が膨らんでしまって…
という突発SSでした
1話なのですが、長くなった為分割して更新しました

このユノが起用されたブランドは、「未必の恋」を読んでくださった方は多分気付いてくださるかな?と思っています


読んでくださってありがとうございます