あの日、理由も分からないまま抑え切れない衝動に突き動かされたあの時
自分に対しては幾つものそれらしい理由と言い訳を重ねて、チャンミンに対しては俺の所為にすれば良いのだと逃げ道と理由を与えて彼の身体に触れた

決して良い事ではない、許されない事
だけど止まれなかったのは衝動が抑え切れないだけでなく、どうして触れたいのか、止められないのか、の理由が分からなかったから



「教室に戻らないと…そうだよな、でも……」



昼休みはもう終わり
午後の授業が始まる
一刻も早く戻らなければならない
ヒョンとして、見本になるような行動と言動を見せないといけない
そうしないと、憧れて尊敬される幼馴染みのままで居られない



「でも、何ですか?」



チャンミンがこんな風に聞いてくるのは意外だった
後で振り返れば、の話でこの時はそんな余裕すら無かったけど



『でも』もう、抑え切れそうもない
あの時は理由の分からぬ衝動に突き動かされて止まれなかった

今は、はっきりと分かっている
チャンミンに彼女が出来るかもしれない、と思うと耐えられなかったし見たくなかった
聞きたくなかった

こうして無理矢理連れ出したところで、何にもならないのに、それでも抑え切れなかった
身体が動くのは抑え切れないのに、『好きだ』というひと言さえ言えない



顔を上げられずにいたら、ふう、と息を吐く音が聞こえた
呆れられたか、気持ち悪いと思われたか…
俺の気持ちは知られていないだろうけど、良い所を邪魔したのだから何を言われても仕方無い



「ユノヒョンが何を言おうとしているのか、は気になるけど…
僕は、このまま、今はユノヒョンと居たいです」

「…え……」



ばっと顔を上げた、俺の顔はとても情けないものだっただろうけど、目が合ったチャンミンはこちらを憐れむような表情ではなかった



「今日だけ、今だけ
……ヒョンに話したい事があります」



大切な話、告白の途中で大人気なくチャンミンを連れ去った
盗み聞きしていただけでも酷い話なのに、チャンミンが答えを出す前に身勝手な俺の事情で連れ去った

俺は今、こんなに情けないのに、チャンミンは太陽の下、俯く事無く俺と向き合っている
走らせてしまったからか、頬が少し紅潮して胸は上下している
文句を言われても詰め寄られても、良い所を邪魔されたと言われても全て受け入れなければならない
でも、何を言われても膨らんでしまった恋心を無かった事には出来そうもない



「ユノヒョン」

「……」

「さっきの…聞いていたんですか?」

「…聞くつもりじゃなかったんだ
教室に戻るところで偶然…話し声が聞こえたから出て行けなくなった
…違う、ただの盗み聞きだ」



最後にごめん、と呟いた
謝っても何も無かった事には出来ないのに



「見ていたんですか?」

「声だけだよ」

「そっか…でも、聞いていたなら話は早いです
もう一度、僕からキスさせてくれませんか?」

「……何言って…チャンミナ、冗談はよせよ」



頭が真っ白になった
もしかしたら、あまりに都合の良過ぎる聞き間違いだろうか
そんな訳無い、と分かっているのに声は掠れるしくらくらした



「冗談でこんな事言いません
昨日は、少しだけ好奇心もありました
でも今は違います」

「今話したい事がそれ?」

「それだけじゃないけど…
ユノヒョンが絶対に嫌って言うならしません
そうじゃないなら…」



誰も居ない屋上
本鈴が響いている
ポケットの中のスマホが震えたけど、ぐっと握って電源をオフにした

チャンミンは試したいのかもしれない
俺とキスをすれば昨日は抱かなかったらしい嫌悪感に気付けて、告白された女子生徒への想いに応えようと決心出来るのかもしれない
ふとそう思った



「嫌じゃない
嫌なら、最初から触って手伝ったりしない」

「良かった…」



俺に、俺なんかに嫌がられていない事で安堵するチャンミンが不憫になった 
汚さずにいたい、と思いながらも彼を抱く夢まで見てしまった、そんな俺の本性を知らずに

少しだけ表情を緩めたチャンミンが「こっち」と俺の手を引いて屋上の入口と反対側の日陰に移動した



「知っていると思いますが、僕はユノヒョンと違って経験不足だし下手くそです
見られたら恥ずかしいし、目を閉じてするのも下手だから目を閉じてください」



分かったよ、といつもの調子で言いたかった
昨日ならあんなに饒舌に話せた
なのに今は何も言えず頷くのが精一杯

恋の経験があっても、経験したどの恋よりも…いや、比べようがないくらいの想いが芽生えたら過去の経験は役に立たないようだ



「…ありがとうございます、ユノヒョン」



目を瞑ったら聞こえてきた
チャンミンは今、どんな表情なのだろう
きっと、これが最後のキスになる
終わったら、チャンミンの言葉を待って俺は…
どうやって、ここまで連れて来た言い訳をしよう

考えは纏まらないまま
だけど、抱いてはいけない恋心は伝えるべきではない、という事は分かる
チャンミンが本来キスをしたり触れ合うのはついさっき告白していたような異性だから



「ユノヒョン」



至近距離で名前を呼ばれた
空気が揺れて、チャンミンが近付いているのが分かった



「……」

「……」 



昨日と違って、チャンミンの唇が俺の唇に重なった
ゆっくりと押し当てられて、それだけで泣けるくらいの幸せを感じたのは初めてだった



「……です」

「…え…何か言った?
目を開けても良い?チャンミナ」



名残惜しいくらい、あっさりと離れた唇
それくらいで良い
そうじゃなければ抱き締めて離せなくなっていただろうから

「もう大丈夫です」
と聞こえたからゆっくり、恐る恐る瞼を持ち上げた



「さっき、告白されてキスして欲しいって言われました
聞いていたんですよね?」

「うん」

「もしも、あの子にキスしたら分かるかなって思ったんです
でも、しなくて良かった」



日陰に移動したから太陽の光に照らされていない
手を引いて走ったから息が上がったけど、もう落ち着いた筈
だけど、チャンミンの頬はさっきまでよりももっと紅潮していた



「…ユノヒョンが好きです
普通の好き、じゃなくて、特別…恋愛の好き、だって分かったんです」

「…何を言って…」

「驚きますよね
自分でも有り得ないって思います
僕は同性とは絶対に無いって思っていたし、ユノヒョンはバイでも僕とだけは絶対に無いのに」



昨日のチャンミンからのキスの時もついさっきも、俺には目を閉じるように言っていた
昨日は恥ずかしいからだと話していた
けれども、今彼は真っ直ぐに俺を見て、ひと言ひと言を噛み締めるように伝えてくれている



「有り得ないだろ、そんなの…」



嘘を吐いている顔には見えない
長い付き合いだから分かる
でも、あまりに都合の良い、まるで夢だ



「俺、実はまだ保健室で寝てる…とか?」

「保健室?ユノヒョン、保健室に居たんですか?
体調は…」

「大丈夫!元気!ただ寝不足だっただけ
情けないけど」



慌てて腕を伸ばすチャンミンを制止するような形になってしまった
チャンミンは「良かった」と呟いてから「夢じゃない」と続けた



「あの日からずっとユノヒョンの事ばかり考えているんです
避けられたら悲しくて、元に戻りたいけどそうも出来そうになくて…
好奇心でキスの練習をしたいって言ったら許してくれるし、舌まで入れるし…」

「それは…反省してる」



ふっと笑ったチャンミンは驚いたけど大丈夫だと言った



「僕も触りますって言ったら拒まれたし、エスカレートし過ぎたのかもって思いました
どうしてこんなにユノヒョンの事ばっかり考えてしまうんだろうって悩みました
好きな子が出来たら悩む事もないのにって思っていました
でも、いざ告白されたら…」



それまで真っ直ぐ俺の目を見ていたチャンミンが、一度視線を逸らした
唇をぐっと噛み締めてから、もう一度決意したように俺を見るその目はキラキラと輝いてまるで宝石のよう



「違う、って思ったんです
そんな時にユノヒョンが来るとは思わなかった
でも、そのお陰で『このひとだ』って思えたし、キスで確信しました」

「…俺を好き、だって確信したの?」

「うん
語っちゃってごめんなさい
我慢出来なくて…」



途端にバツが悪そうな表情になったチャンミンは、くるっと背中を向けた
さっきまで堂々としていたのに、猫背になって自信無さげだ



「嘘じゃないんだよな?」

「…うん」

「……」



一度俺達が変わってしまえば、またその先どうなるかなんて分からない
変わらないままで居た方が本当は良いのかもしれない


チャンミンの母親に言われた事を思い出した
今の関係がベストだと思い変化を厭ったとしても、変わる事は決して悪い事だけじゃあない

それなら、『今』も『この先』も、決めるのは自分達自身



「チャンミナ」

「……っ、え、何…」



背を向けたままのチャンミンを後ろから抱き締めた
びくっ、と肩を震わせたけど、逃げる様子はない



「好きなんだ、俺も
先に言われちゃったけど、多分、俺の方が先に好きになってた
情けないな」

「…ユノヒョンが、僕を?
僕だけは絶対にないって言ってたのに?」

「それは…その、お互い様」



驚いた様子で顔だけ振り向いたチャンミンの鼻先に唇が触れた
途端、真っ赤になって固まるから首を伸ばして唇にキスをした



「俺は、チャンミナに触れておいて『何やってるんだよ』って反省して挙句チャンミナを避けたり、キスの練習だって言って俺にキスするチャンミナに好きだって気付いたり
それから…大切な告白の途中で我慢出来ずに連れ出したくせに、先に告白も出来ないような情けないやつなんだ
それでも、恋人になってくれる?」



言わずにいれば格好ついたかもしれない
でも、思っていたのと違うから…なんて振られたら耐えられない
どきどきしながら返事を待つ俺の気持ちなんて他所に、チャンミンは目を丸くしてからくすくす笑う



「何で笑うんだよ」

「ユノヒョンの方が先に好きになったって言うから何時かと思ったら…昨日じゃないですか」

「気付いたのは、だよ
本当は何時だったのか分からない」

「そっか…」



俺の腕の中でぐるっと回ったチャンミンが、不器用に俺を抱き締め返す
「ヒョンの身体、逞しいですね」と笑うその表情は幸せそうだ
そんな顔をさせているのが俺だと思うと胸がいっぱいになる



「情けなくても良いよ
恋人になるって事は、今までずっと一緒に居ても知らなかった顔が見えるんですよね?
情けないユノヒョンも楽しみです」

「…やばい、もうその顔だけで胸いっぱいだ
チャンミナ、お願いだから俺以外のやつにそんな風に笑いかけないで」

「ヒョンってクールに見えて嫉妬深いタイプですか?」



むしろ逆
心は広い方だと思っていた
だけど、この恋は特別で、今までのセオリーなんて通用しない気がする



「普段は絶対にこんな事言わないんだけどさ
今日だけ、このままサボってふたりで居ようか」

「今、こんなに嬉しいのに授業なんて戻れるわけないよ」



色々な笑顔を見せてくれるチャンミンが俺の唇の横にキスをした



「チャンミナ、またずれてる」

「わざとです
これくらいにしておかないと、またユノヒョンのキスで腰が抜けるかもしれないので」

「あはは、そうだったな
俺も、昨日はあそこで止めないとチャンミナに何をしてしまうか怖かった
だから帰ったんだって知ってた?」



ぶんぶんと首を横に降ったチャンミンは驚いた表情だ



「何、って何なのか聞いたら良くないですか?」

「今度、ちゃんと恋人としてしたいから今は駄目」



我ながら狡い
下心だらけだ
こんな自分を年下の幼馴染みに晒すだなんて想像すら出来なかった



「僕も、ヒョンに言えないトップシークレットがあります」

「トップシークレット?!」

「はい
恥ずかしいからまた今度…やっぱり言わないかも」



まだ、お互いに秘密を抱えている始まったばかりの俺達ふたり
知っていると思っていたけれども知らない事だらけで、それが今は新鮮で楽しみに思える












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こんなに長くなる予定では無かったのですが、これでやっと終わりです
久しぶりの毎日更新、お付き合いくださってありがとうございますニコニコ

多分皆様忘れていらっしゃるであろう連載やその他、も今度こそ再開出来たら…と勝手に思っています
またお付き合いいただけたらとても嬉しいですドキドキ

最後に、読んだよ、のぽちっをお願いしますドキドキ
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