物心ついた時から身近で、親同士の仲が良かった
時に家族や親戚のように過ごしてきたけど、特にお互い思春期になってからは以前のようにほぼ毎日話をしたり一緒に過ごす事はなくなった

チャンミンは昔よりも素直に懐いたり慕ったり、はしてくれなくなった
それでも可愛い事には変わりないし、少し素直ではないだけだと分かっている
今の付かず離れず、な距離感だって心地好いし、離れたって俺達は兄弟のように近いのだから寂しさを覚える必要なんてないと思っていた



二週間が長いか短いか、は時と場合によるだろう
それが俺とチャンミンならば、例え距離が空いても長く感じる事はないと思っていた

でも、この二週間はとても悩ましく、そしてとても長かった



「ユンホ君、もしかして少し辛かった?」

「……」

「ユンホ君?」

「……」


「ユノヒョン!食べないんですか?」

「えっ?あ、いや、食べる!食べてるよ」



チャンミンの声にはっと我に返った
通い慣れたチャンミンの家、ダイニング
テーブルに座る俺の目の前には、少し居心地の悪そうなチャンミン



「おばさん、もしかしてさっき俺を呼んでましたか?」

「…ユノヒョンが全然食べないから、辛過ぎたのかって聞いてたよ」

「あ…!!いえ、凄く美味しいです!
すみません、少し考え事をしていました」



チャンミンの母親はふふっと笑って
「考え事をしながらチャンミンの顔をじっと見ていたのね」
と言った
その言葉にチャンミンは顔を真っ赤にして噴き出しそうになった



「母さん、変な事言うなよ!
ご馳走様、部屋に戻る」

「え…チャンミナ、待って…」

「ヒョンはゆっくり考え事しながら食べてください」



食器を纏めて立ち上がったチャンミンについて行こうとしたけど、まだ美味しい夕飯が残っている
これ以上今は止められないから、箸を進めた



チャンミンがダイニングの扉の向こうに消えた後、チャンミンの母親はくすくす笑って言った



「久しぶりにユンホ君が家で食べる事になって嬉しい筈なのに、天邪鬼ね」

「嬉しい…そう思いますか?」

「当たり前でしょ?
あなた達は昔から本当に仲が良かったし、小さかった頃のチャンミンの口癖は『ユノヒョンと遊ぶ』だったんだから」



違う遊び、に目覚めてしまいました、なんて言えない
いや、あれは遊びではないけど…
そうだ、遊びじゃあない
ならば何だったのだろう

冗談でも揶揄いでもなかった
遊びではない、だけど本気、というのとも違う

理由は分からなくて、ただただ必死だった
止められなかった衝動のようなものだった



「チャンミナと、これからも変わらずに居られたら良いなと思っています」

「そうね、私達親も同じように思っているわ
でも、変わっても良いんじゃないかしら?
変化は悪いものだけじゃなく、良いものも沢山あるんだから」

「……」



変わるのは悪い事ばかりじゃあない
確かにそうだ
でも、俺は今のままが良いと思っている
今のまま、家族でも恋人でもないけど他の誰よりも近くてお互いを知っているような仲



「ご馳走様でした
チャンミナのところに行ってきます」



食器を片付けてダイニングを出る前
「あの子、きっと首を長くして待ってるわよ」
と言われた

今までと変わらない事なのに、何故かこそばゆいようなむず痒いような照れ臭さを覚えた



















扉の前で深呼吸した
今までならすぐにノックして声を掛けていた
何も考える事なく自然に部屋に入っていた
だけど、今日は初めて見慣れた扉の前で緊張した



「…そのまま帰るのかと思いました」



一呼吸置いてノックしたら、一瞬の静寂の後に足音が近付いてきてゆっくりと扉が開いた



「帰って欲しかった?」

「そんな事言ってません」

「入って良い?」

「…いつも聞かずに入ってくるくせに」



少し拗ねたような、だけど待ち侘びているようにも感じられた
約二週間の間、確実に避けられていた
だけど、さっき学校で逃げようとしたチャンミンを追い掛けて話をしてからは、ぎこちなさはあるものの拒絶されなくなった

高校からの帰り道では『あの日の出来事』について触れられなかった
人目もあるし、まだ外も明るかったから
だけど、今ならふたりきりだから…



「チャンミナ、あの…」

「ユノヒョンもあの後ひとりでしたって言いましたよね?」

「え……うん、そうだよ」



俺が部屋に入るや否や、口火を切ったのはチャンミンだった



「僕を『そういう目』で見てるわけじゃないけど、僕の、を手伝っていたら…だったんですよね?」



俺の告白を反芻するように確かめるチャンミンの目は真剣だ
間違いないと頷いたら、彼は心底安堵したように、胸に手を当て大きく息を吐いた



「そっか…
僕はヒョンに触られて…だったけど、ヒョンをそういう目で見たていた訳じゃない
ユノヒョンも同じだったって事ですよね?
それなら、僕達は何もおかしくないんですよね?」

「おかしくなんてないよ」



いや、本当は多分おかしい
そもそも俺が手伝うのがおかしい
だけどチャンミンが真っ直ぐな目で言うから否定出来ない
否定したら、何故おかしい事をしたのか…自分でも説明出来ない謎にぶち当たってしまうだけだから



「良かった…
学校でも言いましたが、あれ以来ヒョンに合わせる顔がなくてその…少し避けていました」

「うん、気付いてたしちょっと寂しかった」



そうなんですか?と意外そうな顔をするチャンミンに
「当たり前」
と返した



「ユノヒョンには友達が多いし、僕が居なくても…って思っていました」

「俺はけっこう寂しがり屋だよ」

「寂しがり屋でも、周りに沢山のひとが居ますよね?」

「もしもそうだとしても、チャンミナが居なきゃ寂しい」

「ふうん…」



どうでも良さそうな返事
だけど、視線を逸らしたって空返事だとしたって、頬は緩んでいる
こんな表情だって今まで見た事がある、なのにどうしてだろう、緊張したように胸が高鳴るのは



「兎に角、あの日の事はもう忘れて、また普通に出来たら嬉しいです」

「え…忘れる?」

「うん
ユノヒョンには僕の恥ずかしい姿を見られたし、ヒョンもあの後…って教えてくれた
お互いに恥ずかしかったから、これでもうあの件は忘れましょう」



まるで、恥ずかしさ以外は何も無かったのだと言うようなチャンミン
俺はあの日以来、何度も何度も思い出しては熱を持て余しているのに、切っ掛けを作った当の本人はけろっとしている



「あの時も忘れてって言いましたよね?
すぐに忘れる事は無理だとしても、もうあの件は持ち出さないで…」

「それは無理」



ぴしゃり、と断言してしまった
言葉にしてから、気持ちがそのまま外に出た事に気付いた
驚く様子のチャンミンを壁に追い詰めるようにしてじりじりと近付いたら、更にもっと困惑した様子になる



「忘れられない、脳裏に焼き付いてる
チャンミナの気持ち良さそうな顔や感触、それに…」



生温い体液の味、とは流石に言わなかった
ドン引きされる事は目に見えているから
でも、言わなくたって、既に引かれているかも

ああもう、元の関係に戻れるチャンスだったのに俺は馬鹿だ
自分でも何をしたいのかが分からない

『これからも変わらずに』
ついさっきチャンミンの母親に話したばかりなのに、これじゃあまるで変わりたいみたいだ



「ユノヒョン、何言ってるんですか」

「気持ち悪い?」

「だから、そんなんじゃあなくて…
そんなの狡い、都合良すぎるよ
忘れられないし無かった事にも出来ないなら、今までと同じように変わらずに…なんて無理ですよね?」



壁際まで追い詰められても、支離滅裂な俺を諭すように潤んだ瞳で見上げてくる
肩の横に手をついたら、びくりと震えた
それはほんの一瞬で、直ぐにまた鋭い眼差しを向ける



「ユノヒョンは狡い
『俺の所為にすれば良い』って言ったり忘れてくれないって言ったり…そのくせ、ヒョンだけが何も無かったように涼しい顔をしているのが狡い」

「……」



チャンミンには涼しい顔に見えているらしい
実際はかなり緊張している
チャンミン相手に緊張する事なんてなかったのに、あの日以来俺はおかしい

俺達はお互いを誰よりも分かっている、言葉で言わなくたって通じ合っている、似ていないしまるで正反対、だけど家族のような兄弟のような存在
それなのに、今はチャンミンの気持ちが、何を考えているかが分からない



「忘れられないし焼き付いているなら、もう一度手伝ってください」

「…っえ……」



ごくん、と唾を飲み込んでしまった
気付かれただろうか、と思ったけど、いつの間にか壁についていた手と手の間にすっぽりと収まっているチャンミンの喉も小さく上下したから、俺達は今同じように緊張しているのかもしれない



まさか、もう一度触って手伝って欲しいと言われるのだろうか
もう一度触れたら、あの日から続く熱や不可解な感情を紐解けるだろうか
肉欲じゃあない、それだけは言えるこの感情に名前を付ける事が出来るだろうか



「…キス、手伝ってください」

「……え?!キス??」

「っ、声が大きいよ!
『あれ』を手伝ったんだからキスくらい良いですよね?」



真っ赤になったチャンミンは俺の唇を両手で塞いでから、今度は慌てた様子で手を引いた



「いや、だけど…キスは好きな子に取っておいた方が良くないか?」



これは、年上の幼馴染みとして正解の言葉
冷静にそう思う俺と、そんな自分の言葉に何故か傷付く俺がいた



「キスは口と口が触れるけど…ユノヒョンはもっと凄いところに触れましたよね?
だから…『好きな子』とのキスが上手くいくように練習を手伝ってください」



何でもない事のように言っているけど、チャンミンの声は少し震えていた
最初は俺をじっと見据えていたけど、見つめたら視線を逸らすしその目は少し潤んでいた



恋愛対象に性別は関係無い
年上でも年下でも良い
だけど、誰でも良い訳じゃあない
俺を博愛主義者だとか完璧だって褒めてくれる誰か、よりも、当たり前に弱いところを持つ等身大の俺を受け入れて、弱音だって吐ける心許せる相手が良い

チャンミンは大切な幼馴染みだし、彼の前では格好良い兄でいたい
絶対に恋愛対象になんてならない
それなのに…



「…………キス、ってこんな感じなんだ…」



俺から、ゆっくりと唇を押し付けるだけのキス
それだけで離れ難くなった俺の気持ちを他所に、ぼんやりした顔で呟くチャンミン
指で唇をなぞって俯くチャンミン



あの日以来、約二週間考え続けても何をしても分からなかったのに、キスひとつで気付いてしまった
俺は、絶対に好きになる筈のない相手に恋をしてしまったのだと










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