Side C






『あの日』から僕はおかしい
何かがおかしい
いや、何か…ではなくて、ちゃんと分かっている
分かっていたって気付かない振りをしたいだけ



「……っ…!」



はっと目が覚めた
エアコンで快適に保たれているのに背中がじっとりしている
いや、だけど夢で良かった
良かったけど…



「最悪、またかよ…」



気持ちは泣きたい
焦以外でも濡れて気持ち悪いところがある
本当に最悪の気分
アラームよりも早く目が覚めて、寝足りない
心臓はバクバクとうるさい



なのに、夢では気持ち良かったし身体もすっきりしている



「ああもう……ユノヒョンの所為で変な身体になっちゃったじゃんか…」



僕とは違って博愛主義者で誰が見ても完璧、完全無欠って言葉が似合う年上の幼馴染み
自分とはあまりに違い過ぎて、鼻につく事もある
だけど嫌いになんてなれないし、この間はとんでもない慈善活動、善意のボランティアをしてもらった
だからこんな事言えない



「ひとりじゃ何を想像しても、見ても駄目になっちゃったなんて……」



ベッドの上、起き上がり背中を丸めて頭を抱えた
そして、すぐさま現実に戻りベッド脇のティッシュケースに手を伸ばした
家族にばれないように下着を洗濯しなければならない



普通に女の子が好きで、だけどなかなか運命の相手、には出会えないだけの平凡な高校生男子
完璧な幼馴染み、ユノヒョンを見ると男として悔しい気持ちもあるけど僕は僕
何もかも平凡、それで良いと思っていたのに
こんな事で非凡になんてなりたくなかった、そう思いながらぺたりと張り付いて気持ち悪い下着をのそのそと脱いだ



気付かない振りをしたい
そんな事ない、時間が経てば大丈夫、そう思いたい
だけど、あの日から二週間、ユノヒョンに触れられた事を思い出してばかりいる
それどころか、あの感触を思い出さないと僕の身体は男としての反応を見せなくなってしまった

更には無意識の内に夢で勝手に再現されてはこうして…



「手伝ってくれたのに、ばかとか言ってごめん、ユノヒョン」



本人には絶対に言えないから、ユノヒョンの家の方に向かって呟いた
















毎日夢の中で…流石にそれはない
自ら、好き好んであの日の事を思い出して触れる事もない
だけど、数えたくはないくらい、何度もあの日の記憶で気持ち良くなってしまった

健全な男子高校生は何にだって反応する、なんて話も聞くが、僕はそうではないと断じて言いたい
何だって反応するならそれこそ可愛い女の子を想像して…なのだから
健全な、普通の男子高校生
それなのに恋愛対象には絶対になり得ない年上の幼馴染みでだけ熱を持つ身体

これは、高校一年生の僕のトップシークレットになった



「トップシークレット?何ぶつぶつ言ってるんだよ」

「うわっ!!おどかすなよ…!何でもない、何も言ってない」



ひとりでひっそり下校しようとしたのに、クラスメイトの友人に捕まってしまった
肩を組まれて
「暇だろ?」
と決め付けてくるから
「暇じゃない」
と即答した



「はい嘘、チャンミンは分かりやすすぎる
そもそも、昼間に聞いた時は『今日は何もない』って言ってた」



そう言えばそうだった
完全に忘れていた、だけど…



「その後に予定が入る事だってあるだろ
僕だって暇人じゃないんだから」



校門へ向かうのと反対方向に連れていこうとする友人に抗いながら返した
校内に居たらいつ何処で顔を合わせてしまうか分からないから、早く帰りたい



「チャンミンを暇人だとは思ってないけど、好きな子も彼女も居ないだろ?
俺は好きな子が居るから忙しいんだよ」

「好きな子……」



そうだ、好きな子が出来たらトップシークレットともおさらば出来る筈
好きな子が居なければ経験もない、だからユノヒョンに手伝ってもらった事が刺激になっているだけ
そう思ったら思ったで、またしても今朝の失態やあの日の事、それ以来の悩ましい日々を思い出してしまった



「チャンミン、お前…もしかして好きな子が出来たのか?!」

「はあ??そんな訳ないだろ」

「いや、今の顔は恋、だな…
水臭いな、誰の事考えてたんだよ
分かった!トップシークレットって好きな子のこと…」

「違う!!それは…!!!」



つい焦って声が大きくなった
驚いたように目を見開く友人を見て、はっと我に返って
「本当に何でもないし、好きな子も居ないから」
と吐き捨てた

肩に置かれた手もそのまま離して、今度こそ帰ろうとした
それなのに、友人は懲りる様子がない



「分かったから!だから今は付き合って、お願い!」

「はあ?もう何だよ…」

「俺、気になる子が居るんだよ
今度大会に出るらしいんだけど、今その練習をしているんだって」

「ふうん
誰?」

「俺は勿体ぶったりしないよ!隣のクラスの…」



耳打ちで教えられたのは、美人だと有名な隣のクラスの女子
きっとライバルも多いのだろう
僕のタイプではないし、ライバル多数の恋に挑む勇気もないから詳しくもない相手



「チャンミンは俺のライバルじゃ……うん、無さそうだな!
これで完全に安心出来たし、一緒に行こう、な?」

「……」



多分、僕が首を縦に振るまで折れない
ならばこれ以上エネルギーを使わずにいたい
分かった、と頷いたらまたしても肩を抱かれ、鼻歌交じりの友人にうんざりしながら半ば強制的に連行された

大丈夫、見学とやらが終わればすぐに帰れば良い
大丈夫、広い校内で約束も無しに会う確率なんて殆どない
大丈夫、この二週間の間、出来る限り避けているし必要最低限以上には関わっていないし…



「……嘘だろ…」



折角この二週間必死に避け続けてきたのに
友人に付き合った結果、自ら姿を現してしまう事になるだなんて、なんという運命の悪戯

生まれて初めて僕の大切な場所に触ったのがユノヒョン、それだけでなく、彼は制御不能だった僕を楽にする為に手伝ってくれたのに僕はその記憶と感触を無意識でオカズにしてしまっている訳で…
世界はあまりに僕に厳しい



「見ろよチャンミン!
やっぱりダンスを踊る姿が一番輝いてる…チャンミンもそう思うよな?」

「大きな声出すなって…!」



広い多目的室、開かれた窓
中には我が校のダンス部の面々
そこには僕が良く知る人物がひとり
ちらっと見ただけだけど、後輩らしき生徒に笑顔を見せたり何かがアドバイスでもしているのか、相手は目を輝かせて頷いている

僕とは正反対の、人望があって博愛主義で誰にでも頼られ求められるひと



「大きな声なんて出してないよ、普通」

「だとしても…」



大勢のギャラリーが居るから『運命の悪戯』に翻弄されても何とか隠れられそうなのに、友人に名前を連呼されたら一瞬で肝が冷えてしまう
友人を前に押し出すようにして、彼の背中に隠れながら
「静かに見学してよ」
と訴えた

友人は悪びれる様子無く周りを見渡して、大きな声は出していないのだと言いたげ
確かにそうだ、大声ではなかった
だけど、リスクは小さな物であっても回避したい
と言うか、本当は今すぐ帰りたい



「…聞いてないよ、ダンス部だなんて……」

「言わなくても分かってると思ってた
それに、ほら…
ダンス部にはお前のヒョンが居るだろ
チョン先輩とチャンミンが居れば、俺もあの子とお近づきになれるよな?」



それだけ前向きでやる気があるなら、僕やユノヒョンを頼らずにひとりで何とかして欲しい



「僕とユノヒョンって…ユノヒョンはダンス部だから分かるけど、僕はあの子と話した事もないから関係無いよ」

「何言ってるんだよ
俺はチョン先輩とは親しくないから、チャンミンを連れて来たんだってば
チャンミンが居ればチョン先輩……あ!こっち見た!チャンミンほら、チョン先輩が…」



もう完全に友人の背中に隠れていたのに、ぐいぐいと腕を引かれた
嫌だ、こんな風に不可抗力で顔を合わせたくない
今朝も粗相をしてしまったのに、気まず過ぎる



「帰る、用事を思い出したから…」

「え!チャンミン…?」



多少目立っても良いからここから離れたい
友人を振り切りギャラリーから離れたのに「チャンミナ!」と友人ではない声で名前が呼ばれた
もうこうなったら走って逃げるしかない
あの日の事が焼き付いている限り、不意打ちでは自然に挨拶なんて出来ない

だけど、走り出すよりも早く、背後から右腕を掴まれてしまった



「チャンミナ!見に来てくれてたのか?
連絡してくれたら…いや、連絡なんて無くても嬉しいよ」
 
「友達に無理矢理連れて来られただけです
もう帰らないといけないので離してください」



ギャラリーにも多目的室にも背を向けているけど、周りの視線が集まっている気がする
ユノヒョンは部長だし、そうで無くても人気があるし目立つから



「帰らないと……って、今日は何もないよな?」



確かに嘘を吐いている
でも、どうしてヒョンが僕の予定を把握しているのか
分からないけどとにかくここから逃げたくて腕を引いた、なのにびくともしない



「ここじゃ目立つから、向こうで話そう」

「…っ…近過ぎるから…!」



耳元で囁かれて、そのままユノヒョンに腕を引かれて廊下の突き当たりまで向かい、人気のない階段でようやく止まった



「チャンミナ
あの日から俺を避けてる、よな?」

「…何の事ですか
忘れてくださいって言いましたよね?」



もう、腕は離された
だけど掴まれていた腕がじんじんと熱を持っている
強い力じゃなかったのに、何故なのだろう

視線を逸らして、掴まれていた腕をぎゅっと握った
見えないけど、ユノヒョンがふっと笑ったのが分かった



「何の事?て言っておいて『忘れて』じゃあちぐはぐだなあ」



見えなくても分かった
この声は、揶揄ったり馬鹿にしている声じゃない
そもそもひとを馬鹿にするようなヒョンじゃない
だけど、僕は馬鹿にされたり気持ち悪がられてもおかしくない醜態を晒してしまった

余計に自分が恥ずかしくて、何だか汚い存在のように思えた
ユノヒョンは覚えているくせに普通に接してくるから



「チャンミナ、あのさ…俺の事が嫌になった?」

「…どうして僕がヒョンを嫌いになるんですか?
むしろ、手伝わせた僕の方が…」

「いや、俺が言い出した事だし…」



そうだ、ユノヒョンが言い出した
手伝うって
でも、僕は異性にしか興味がないし、例え性別が違っていてもユノヒョンは家族みたいに近いから有り得ないって思っていたのに触れられて簡単に反応してしまった



「だから、嫌がられたり気持ち悪いって思われるのは僕の方です」



あの日以来何とか避けていた
けど、それだけじゃあ伝わらないようだからはっきり言ってしまおう
本当の事は言えないけど、とにかく気まずいのだと

顔は上げられないままだけど、唇をぎゅっと噛み締めて反応を待った



「だから?どういう事か分からないけど、恥ずかしいのかな」

「…っ、そんなの当たり前!」



能天気に言われたから、思わず顔を上げた
ばちん!と目が合った
ユノヒョンが
「やっと見てくれた」
なんて嬉しそうに笑うから、何だか力が抜けてしまう



「嫌がられてなくて、恥ずかしいだけなら良かった
それに、最初に言っただろ?
『全部俺の所為にすれば良い』って」

「あ……だけど!僕だけあんな事になったら恥ずかしいよ
だから忘れて欲しいって言ったんです」



どうやらヒョンはヒョンで僕を気持ち悪いとは思っていないようだ
腐れ縁のような関係を手放し関わりを持たなくなる事なんて望んでいないから、安堵した



「忘れるのは無理」

「え…」



次の言葉で今度はまた狼狽してしまった
視線を泳がせていたら、ヒョンが顔を近付けてきた
驚いて固まる僕の目の前で
「実は…」
ととんでもない事を口にした



「実は……あの後、俺もひとりでした」

「………は?」

「言わずにおこうと思ったけど、フェアじゃない気がして
それに、手伝った後に俺も『そうなった』って分かったらチャンミナの恥ずかしさも小さくなる…ならない?」



突然の告白に何を言っているのか分からない
あの後、僕とは別で…という事なら男だし何も恥ずかしくない
だけど、もしもそうじゃなかったら…



「どうして、あの後…」

「どうしてだろうな
分からないけど、俺の手で気持ち良くなってくれたチャンミナを見てたら…だったんだよ
でも安心して、チャンミナを『そういう目』で見た訳じゃないから」

「……うん…」



まさかの告白に頷くのが精一杯だった
僕が逃げるように帰ったあの後、そんな事になっていたとは想像すらしていなかった



「ユノヒョン、それなら…僕達、これからも変わらずにいられますよね?
あれはたまたまだし、あの時だけだし、手伝ってもらっただけだし…」

「うん、チャンミナは今までもこれからも俺の大事な幼馴染みだよ」



笑顔のヒョンをちゃんと見る事が出来た
トップシークレット、については言えない
でも、思春期だしきっと何も問題ない

何故だかとても安心したように柔らかく笑うユノヒョンを見て、いつもよりも心臓の鼓動が速く刻まれるのは、きっと僕も安心したから
そうに違いない







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