自分の部屋とトイレがすぐ傍じゃなくて良かった
今日ほどそれを強く思った事はない



「……はあ…」



音を立てて流れていく欲望を見下ろし頭を抱えた



賢者タイム、だから溜息が出たのではない
今までもチャンミンの事を考え、想像して抜いた事はある
でも、当の本人が直ぐ近くに居るのにこんな事は初めてだった
後悔と自責の念、自らへの嫌悪感で頭を掻きむしりたくなる



「なら我慢すれば良いんだよな、なのにどうして…」



蓋をした洋式便器に腰をかけ項垂れた



何が起こったかと言うと、ついさっきの事だ
俺の部屋に遊びにきたチャンミンが、俺の太腿にすっと触れた
勿論健全な仲だからスラックスの上から
触れられたのは際どい箇所でも無かった
それも、恋人として触れたのでは無く、俺が昼間にアイスを垂らしてしまったのを思い出して心配して、だ

たったそれだけで俺の身体は熱を持ってしまった
切っ掛けは『それだけ』でもそこに至るまでの色々がある
ずっと好きだったチャンミンと恋人になれた
恋人として部屋に遊びにきた
俺を好きになってくれたチャンミンは今まで以上に無防備で可愛い、距離が一気に近くなったし全く警戒されない、それどころか言葉が無くても俺を好きだと伝わってくる



「戻らなきゃ…いや、着替えて…」



すっきりしたのに重たい身体に力を込め立ち上がる



性欲は制御出来る方だと思っていた
理性はある方だと思っていた
なのに、焦ってトイレに駆け込むくらい余裕がない
これじゃあまるでただの動物だ



熱を持って固くなった自身を強く握った手のひら
汚れた気持ちを全部洗い流す為にしっかり洗って部屋着に着替えた
スラックスは直ぐにチャンミンが拭いてくれたから、ほとんど跡にはなっていなかった



「母さん、これも持っていくよ
足りなければ俺が取りに行くから、部屋には来なくて良いよ」

「分かったわよ
この間みたいに、今度はあなたの部屋でふたりして眠ってしまわないようにね」

「あれは旅行帰りだったから…」



チャンミンと付き合い出した、奇跡の起こった日
あの夜はただただ幸せだけで、その後こんなにも贅沢な悩みに見舞われるだなんて思ってもいなかった

だけど、考えてしまう
チャンミンが好きになったのは夢の中の俺
ならば俺の小さな行動ひとつで嫌われてしまわないだろうか
ゆっくりと仲を深めて嫌われないようにしたい
チャンミンは俺のような欲望は抱いていない様子
それなのに、俺はと言えば直ぐに不埒な事ばかり考えるし身体が反応してしまう
こんなの知られたらそれこそもう…



「幻滅?いやいやもっと酷い
無理って思われるだろ…」



我慢出来たら良いのに出来ない
好きで好きで堪らないチャンミンが俺を慕ってくれるから、欲望すら制御出来ない

せめてチャンミンの前では下心は隠し通して、がっついているだとか身体だけだとか思われないようにしなければ
気持ちを切り替えて、初々しい恋人の待つ部屋へと戻った















良かった事は一つ
チャンミンは、俺が抜いてきただなんて思ってもいない様子だった事
バレてしまったらどうしよう、と内心ひやひやしていたから安堵した
だけど…気掛かりな事が一つある
部屋から出た時もその前も、更に遡れば今日の日中もその前も、恋人として付き合い出してからのチャンミンはいつも俺に甘えるような顔を見せてくれていたのに、突然冷たくなったような気がするのだ



「チャンミン、これも好きだったよな?沢山食べて良いよ」

「…うん」

「まだ腹減ってるだろ?食べてから宿題にしようか」



ベッドの上に座ってもらったチャンミンを見上げて、ひたすら機嫌取りのような事をしている
バレてはいないだろうけど、まだ安心は出来ない
匂いなんて残っていないと思うけど、男同士だしふとした事でバレる可能性もある
絶対に絶対に、チャンミンに知られる訳にはいかないし、近付けばまた身体が理性を裏切りそうだから離れている



「…ユノ、隣に座らないの?」

「俺はここで良いよ!
チャンミンは大事なお客様だから、そこに居て」



出来るだけ自然な笑顔を心掛けてそれっぽい事を言った
チャンミンは「ふうん」と小さく呟いて、俺が差し出したスナック菓子の袋を受け取った
無言でスナック菓子を口に運ぶチャンミンは少し俯いていて、視線は合わない
俺が部屋を出る前まではしょっちゅう視線が合っていたのに、と思うと寂しい
寂しいし、何だかチャンミンの様子がおかしいのは気になるけど『もしかしたら、トイレで何をしていたか気付かれたかもしれない』という懸念があって何も言えない

一度、ちらっとチャンミンを見上げたら、彼は人差し指を口に運んで舐めていた



「…うわっ…」



思わず、物凄く小さな声ではあるけど呟いてしまった
ごくりと唾を飲み込んだその時にはもう顔を逸らして、手のひらで顔半分を覆って全てを隠し無かった事にした

ただ、指に付いたスナック菓子のかけらを舐めただけ
何もおかしくない
頭では分かっているのに、身体は熱を持つ



「ユノ?」



ベッドに頭を向けていたら、後ろから呼ばれた
チャンミンの声音は甘くない
下半身の形は変わっていないけど、やはり気付かれただろうか
俺が、ほんの少しの事でも反応してしまう猿のようなやつだって



「俺、ジュース取ってくる…」

「やだ!行くなよ!!」

「……っ、チャンミン…」



立ち上がりかけた俺の背後から思い切り抱き着いてきたのは、どう考えてもチャンミンしかいない

突然冷たくなったようにしか思えなかったのに
俺は、付き合いだしたばかりなのに身体が暴走してばかりの最低なやつなのに



「チャンミン?どうしたの?」



自分の声が震えているのかどうか、すら分からない程混乱している
ドッドッ、と心臓の音がうるさい
身体中心臓になってしまったようだ



「なあ、ユノ、ちゃんと言えよ…」



チャンミンの温もりや抱き締められるその感触に、体温は急上昇した

けれども、絞り出すような切なげな声で発せられた言葉に今度は一気に下がっていった


どうしよう、もう隠す事は無理なのか
同じ男だけど言えない、言いたくない
格好付けていたいし幻滅されたくないから言えない、隠したい、だけど…



「チャンミン、あの…」

「やっぱり、猫の僕の方が良いの?」

「…え?」



何とかオブラートに包みながらでも告白するしかない、と思った瞬間、突拍子も無い言葉が届いて思考停止した
反射的に振り返ろうとしたら、強く抱き締められて動けなかった



「ユノ!逃げるなよ、もう…!」

「逃げてない、逃げようともしてないよ」



チャンミンはいやいやをするように、俺の背中で頭を振っているようだ
突然冷たくなったように感じていたし、俺の恥ずかしい事実がバレている可能性は高い
けれども、少なくとも嫌われてはいないのだろうか

こんな時でも、ほんの少し安堵するのと共に、触れられて嬉しいと舞い上がる自分もいて情けない
嬉しいし、これ以上は危険だとも思う



「友達でいるのと、付き合うのだと違った?
ユノが想像していたような僕じゃ無かった?
夢だけの方が良かったって後悔してる?」

「え…ちょっとチャンミン、急に何言って…」

「質問に答えろよ
思ってるならハッキリ言って欲しい
僕は…舞い上がってるし、毎日毎日ユノをどんどん好きになってる
もう引き返せないよ、だから…」



今度こそ、無理矢理だけどゆっくり振り返ってみた
俯いていたチャンミンが俺に気付いて視線が合った
目を赤くして、今にも泣きそうなチャンミンは「悔しい」と小さく呟いて唇を噛み締めた



「嫌なところがあるなら直すよ
現実の僕を好きになってもらえるように努力する!
だから…猫じゃない、夢じゃない、本当の僕も好きになってよ」



チャンミンから俺に愛の告白
切羽詰まった顔で切なげに…
なんて、夢でも見ていない
夢見るにしても、あまりに滑稽な程に現実離れしているからだ



「…夢?まさか…」

「はあ?!この期に及んで何言ってるんだよ!
現実だってば…!」



この期に及んで、なんて言いながらも更に強く抱き締められた
温もりも熱量も、全部夢だなんて思えない
だけど、何故突然こんなに熱い愛の告白をされるのか、本当に検討もつかない



「チャンミン、落ち着いて
ちょっと近過ぎるし、これじゃ顔も見えないよ」



少し落ち着いてきたら、今度はまた心臓がうるさい
やばい、と少しでも思ったら身体が反応してしまいそうで、ぎりぎりの瀬戸際にいる
嫌われているかも、というのは思い過ごしだったようだけど、一体何が起こったのだろう

チャンミンの肩に手を置いて、ゆっくり距離を取ろうとした
が、しかし、小さなこどものように頭をぶんぶんと横に振って意思表示されたし実際離れようとしない
嬉し過ぎる拷問だ



「ええと…チャンミンに嫌なところなんて無い
ずっと好きだったから、夢みたいだ」

「夢じゃないってば…」

「うん、分かってる
それくらい幸せで…
俺の方こそ、嫌われたり呆れられたりしてない?
…聞くのも怖いんだけど」



思い切って聞いてみた
その結果、つい先程の粗相も知られていた、と判明するかもしれない
でも、どうせなら気付いたと言ってくれた方が良いかもしれない
とほんの少し開き直る気持ちが芽生えた

ゆっくりと身体を動かして、何とか向かい合うようにして抱き締めた
腰は少し引いているから何とかなるだろう



「はあ?何をどう見たらそんな風に思えるんだよ、ユノ」

「…いや、だって……」



心から不思議がっている表情で、嫌われても呆れられてもいない、と自信が持てた
でも、それならばさっきの態度は?
尋ねてみようか、と思ったその時、チャンミンは視線を逸らすように斜め下を向いた
俺の二の腕をシャツの上から掴む手がもぞもぞと動いている



「チャンミン?」

「…恥ずかしいんだよ、まだ」

「え?」

「ユノに好きでいてもらえるような僕じゃない、自信が無い
それに恥ずかしい
だから、好きなのに言葉が悪くなるし、女の子みたいに可愛くも無い、可愛い事も言えない」



女の子みたい、だとか女の子の代わり、で好きになった訳じゃない
直ぐに否定してそれを伝えて抱き締めた



「チャンミンだから好きなんだ
何度でも言うよ」

「うん……でも!それならどうして今日は…学校でもさっきも、僕を避けるんだよ」

「……避けては…」



避けてない、と言おうとした
でも、後ろめたくてはっきり否定出来なかった
嫌で避けたのではないけど、汚い欲望を知られたくなくて避けたのは真実だから



「ほら!やっぱり避けてた!
言えよ、僕たち恋人だよな?」

「それはちょっと…」



ぐいっと力を込めて、チャンミンの身体を離した
これだけは言えない
やっぱり無理だ

知られても良い、とも思ったけど、それはチャンミンが気付いている場合の話
気付かれていないなら隠し通したい
冷や汗が背中を伝うのを感じながら笑顔を作り何でも無い、と言った



「…避けた理由を教えてくれないなら、10日間ユノと口をきかない
連絡も取らない、学校でも別々に過ごす」

「え!!」

「嘘でも冗談でもない、僕は本気だからな
付き合い出したばかりなのに隠し事なんて…」



引き離そうとしても離れてくれなかったチャンミンがいとも簡単に俺から手を離して背を向けてしまった
立ち上がって扉の方へと向かうから、慌てて追い掛けた



「待って!帰るなよ!」

「…っ、ユノ……」



後ろから抱き締めたら、勢い余ってチャンミンのうなじに鼻先が当たった
熱を持ったうなじ、そこからじわっと汗が滲み出た
ここまで近付かないと分からなかったチャンミンの匂いがして、彼の熱が一瞬で移った



「あ…、ユノ、擽ったい…」



熱に浮かされたような声に、スイッチが入った
柔らかい髪の毛を掻き分けて、耳の付け根に唇を当てた
竦む身体を強く抱き締めて「行かないで」と囁いたら…



「ユノ!違う!トイレに行くだけだって!!」

「え…」

「だから、トイレ!それくらい行かせてよ!」



腕の中でもぞもぞと動くチャンミン
切羽詰まった様子にはっと我に返り腕を離した
振り向いたチャンミンは涙目で上目遣いに見つめてくる 
それだけでぐっと来て、口元を手で覆って耐えた



「ユノもトイレ行った方が良いんじゃない?
もしかして、さっきもそうなってたんじゃ…」

「え…」

「なんてな
…て、冗談だったんだけど…もしかして、本当にさっきも『そう』だった?」



抑えるのは口元ではなく下半身だった
頬を赤くしたチャンミンの言葉でようやく気付いた
そんな俺の恋人は、俺よりも先に下半身を手で隠している



「チャンミンこそ…」

「これは、今のユノのせいだよ!
ユノが変な触り方してくるから…
普通にトイレに行きたかっただけなのに」



羞恥で顔を赤くするチャンミンが可愛くて、勘づかれてしまった、どころか簡単に熱くなると知られた事さえ些細なことだと気にならなくなってしまった



「トイレは僕が先だからな」

「…ええと…そうしたら、俺は色々想像しながらトイレを使う事になるけど良いの?」

「…ユノ!!」



真っ赤になったチャンミンは勢い良く部屋から出て行った
恥ずかしい、だけどチャンミンの身体も俺に触れられて変化したと分かったらそれ以上に興奮したし嬉しかった



「…治まるかなあ、これ…」



ベッドにダイブして、頭の中で難しい方程式を並べた
俺が好きな相手は、思っている以上に俺を好きになってくれていた
それが分かっただけで嬉しくて、ちっぽけな男のプライドなんて飛んで行った














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ご訪問ありがとうございます
約1ヶ月空いてしまいました無気力
今更の更新ですが、シリーズ最終話です

書きたいあれこれは変わらずたくさん、ですが更新が全く追いついていません
そんな中でも日々この場所を訪れてくださる方がいらっしゃって感謝しています

今日はユノの嬉しいお知らせがあったり、チャンミンのミュージカルも順調なようだしツアーも発表されたし…
で、日本デビュー20周年に向けても更に更に盛り上がっていくと良いなあと思っています

自身の体調の事があって、最近はSNSでふたりの事をあまり追えていませんよだれ
でも、ふたりが何よりも誰よりも大好きな気持ちは何も変わっていません
と、敢えて書く事でもないですが…


また近いうちにお話やあれこれでお会い出来ますようにドキドキ
幸せホミンちゃんにぽちっドキドキ
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