納得がいかない
現実世界で通常起こり得る筈もない驚きの出来事を切っ掛けに僕はユノと付き合う事になった
なのに、恋人同士になってもユノの様子は友人の時からあまり変わらない
遊ぶ回数やふたりで過ごす時間は以前よりも増えたし、何となくユノの嫉妬も感じる
でも、納得がいかない

極端な言い方をすれば、ユノが僕を好き過ぎるがゆえに僕はユノと同じような夢を見た
そう、猫になってユノに飼われて溺愛される夢
夢の中で猫の姿で散々愛されて、それまで全く意識していなかったユノに恋愛感情を抱いた



「なのにどうして…」



そう、どうして僕ばかりユノを好きでユノは涼しい顔をしているのか
現実主義でロマンティックなドラマやフィクションなんて鼻で笑っていた僕が現実にそんな世界に巻き込まれてユノと両想いになってハッピーエンド…の筈
なのにどうして溺愛されるどころか以前とあまり変わらないユノにやきもきしなければならないのか



「ああもう…!」



放課後、ユノの家、ユノの部屋
到着して早々お菓子を持ってくると言って涼しい顔をして部屋を出て行った元友人現彼氏、へのもやもやを彼の部屋のクッションを力任せに抱き潰しぶんぶん頭を振る事で発散している

恋に振り回されるなんて馬鹿らしい、と恋愛話で盛り上がるクラスメイト達に内心溜息を吐いていた過去の僕が今の僕を見たら笑うか呆れるか…それとも、嘘だと思うだろうか
これじゃあまるでただの思春期男子だ



恋愛初心者で雰囲気を作る方法なんて分からない
かと言って、ユノはふたりきりになっても下心たっぷりな顔で触るだとかそれ以上の何か、だとかをしようとはしない

僕だってそれ以上の何かを期待している訳じゃない
ユノを好きになったし、以前ユノの下半身が僕で反応した時に気持ちが昂揚した、けれどもユノの裸を想像して何かしてやろうとは思わないし、何でも分かる優秀なデバイスで男同士のあれこれについて調べた結果怖気付いてしまった



「だけど、好きなんだよ…」



僕への言えない恋心を募らせて夢まで見たユノは、僕を相当好きだと思う
実際そうだと話していた
手を繋いだしキスもした

でも、現実に恋人になってからのユノは、夢の中のように蕩けるような目で僕を見てはくれない

考えたくは無いけど、もしかしたらユノは現実の僕と付き合って
『想像と違った』
『チャンミンを好きなのは勘違いだった』
などと思っているのではないか
気付いてしまったらもう、そうとしか思えなくなってしまった



もしかしたら心の中で別れるタイミングを必死で考えているのかもしれない
ユノは優しいから、なかなか言い出せないのかもしれない
考えれば考える程、胸が苦しい
春は心躍る季節だとか言うけど、このままでは今年の春は僕にとって苦いものになってしまう

いや、こっちだって好きになってしまったのだから、上手くいくように努力をするべきだ
何とかそう言い聞かせて、クッションに顔を埋めた

ユノの匂いがした
以前は友人の匂いを気にした事なんてなかったのに、今は落ち着くしどきどきするし、好きだと思ってしまう
こんなの僕らしくない、自分らしくない
でも、それを嫌だとか怖いと思うプライドよりもユノへの『好き』が勝ってしまう



「責任取れよ、ユノ」

「チャンミン、呼んだ?」

「……っ、うわっ!!いつの間に戻って…」



突然の声に驚いて顔を上げた
ついさっきまでこの部屋には僕ひとりだったのに、スナック菓子の袋を抱えたユノはもう部屋の中、扉はしっかり閉まっている



「どうした?具合でも悪かったのか?」

「はあ?何で?」



突拍子もない問い掛けと心配するような顔で僕の前に腰を屈めるユノ、見上げる僕の顔は間抜けだったと思う



「え、チャンミンが俯いて丸くなってたから…」

「……」



今度はユノが不思議そうな顔になった
そんな顔でもイケメンはサマになるから狡い
以前は狡いなあ、としか思わなかったけど、今は
『そんな顔も格好良くて好きだと思ってしまうから狡い』
に変わった



「ユノが遅いから仮眠してただけだよ」



ユノへの気持ちを拗らせていたのがバレていないようだ
ほっとして誤魔化したら
「寝ながら俺の名前を呼んでたの?」
と優しく微笑まれた



「…っく……」

「チャンミン?胸が痛むのか?やっぱり体調が…」

「違うよ!ユノが格好良いから…」



制服のシャツの胸元を思わず掴んだら、本気で心配された
本心で答えてから恥ずかしくなったけど、斜め下に目を伏せるようにして
「そっか、ありがとう」
と低く呟くユノを見たら恥ずかしさよりも『好き』が上回った

やっぱり諦められない
ユノが現実の僕と付き合って幻滅していたとしても、こっちはこっちで好きになってしまったし、気持ちは膨らむばかり
何とかユノの理想の僕にならなければ、と誓った



「ユノは元々どんな子がタイプなんだっけ?」



理想になるには、まずは理想を知るところから
ふたりきり、誰にも聞かれる見られる事もないこの場所で小腹を満たしながら聞き取り調査を回数する事にした



「タイプ?……特別これ、っていうものはないよ」

「本当に?理想とかあるだろ?!」

「理想……」



ユノのベッドを背にして隣同士で座っている
立てた膝の上に置いた腕に時折ユノの腕が当たり、その度に緊張する



「そう、理想
今までユノとはこういう話ってしてこなかったし、この機会に教えてよ」



ユノは答えを渋っているのだろうか
ちらっと左側を見たら、ばちっと目が合った
何となく避けられているような気がする、なのにこういう時はユノの方が僕をじっと見てくる
その圧に負けて視線を先に逸らすのは僕の方が多くて、今もそうなってしまった



「理想はチャンミンだよ」

「僕が理想って…なんか適当じゃない?」



かわされてしまったようでむっとした
でも、隣からはふっと笑う時の漏れた息と
「本当だよ」
という優しい声
やっぱりかわされている、もしくは僕を傷付けまいと優しい嘘を吐いたのか…いや、夢の中の『僕』が理想だったのかもしれない



「チャンミンは綺麗な子が好き…だっけ?」

「…綺麗で可愛いに越した事はないから」

「なのに、俺と付き合ってくれてありがとう」

「理想と現実は別だよ
それに、今はユノしか見えないし…」



言ってから、何だか気持ち悪い言葉を口にしてしまったと気付いた
引かれたかも、と思いちらっと左に視線を向けたらまた目が合って切れ長の目が弓なりになった

『ユノはどう?』
と聞きたかった、だけど聞けなかった
引き出すなんて情けないし、優しいユノは模範的な笑顔で
『チャンミンが好きだよ』
と言いそうだから

遠慮されたり無理矢理言わせたくない
本心で好きだと思われたい、言われたい
本当はもっと触れたいし…



「…っ、チャンミン?」

「え……あっ、ごめん無意識だった」



いつの間にか、ユノの肩に寄りかかっていた
しかも、左手でユノの手をぎゅっと握っていた



「これじゃあ、ユノが食べられないし動けないよな」

「大丈夫
疲れたなら俺に寄りかかって」



疲れてない
大丈夫、なんて聞きたくない
抱き締めたいし抱き締められたい
手を握り返して欲しい

恋人ってそういうものではないのだろうか
経験が少なくたって分かる
まるで倦怠期、もしくは別れる寸前のカップルのようだって



「あ…そうだ、ユノ
スラックス、洗わないと!」



顔が見られなくて視線を落としたら、昼休みにユノのスラックスにアイスが垂れた事を思い出した
僕がお節介して拭いたから、ほとんど染みにはなっていない
だけど気になって、スラックスの太腿に触れた
ユノは小さく、だけどびくっと揺れて慌てたように立ち上がった



「ユノ?」

「あ…うん、そうだよな
着替えてくるよ
適当に食べて待ってて」

「うん…」



ユノは逃げるように慌てて部屋から出ていった
その背中が扉の向こう側に見えなくなってしまう瞬間に
「そんなに嫌なのかよ」
と呟いてしまった

自分で放った言葉に心が傷付いた
流石に嫌われているとは思わない、だけど避けられているとは思う
理想に近付くどころか、尋ねても誤魔化されて教えてもらえない、これじゃあ何も始まらない



「……」



僕が一番好きなスナック菓子
僕がそればかり好んで食べるからユノも好きになった、と以前聞いた事を思い出した
今はそれが幸せな思い出になったのに、咀嚼しても何だか味がしない



「ユノの馬鹿
こんなに好きになっちゃったら、もう引き返せないのに…」



胸が苦しい
僕の事をひっそりと想ってくれていた時のユノもこんな気持ちだったのだろうか
分からない、だけど、夢の中でユノを好きになって抱えた胸の痛みよりも両想いになったのに近付けない痛みと切なさの方が僕にとっては苦しい

やけくそのように、味のしないスナック菓子を次々と頬張った
色気よりも食い気、でも大好きなものを食べても心は全く満たされなかった











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初々しいふたりを書くのが楽しすぎて、毎度の事ですが今回も長くなりました…
あと一話で終わりますよだれ

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