これは絶対に現実
そうじゃ無きゃ困る
これ以上何かあれば頭が混乱してどうにかなりそう



「痛っ、痛いよチャンミン!」

「痛くしてるんだって
ユノもほら、思いっきり叩くか抓ってよ」



寝起きのユノの頬をむぎゅっと抓ってから、今度は自分の顔を差し出すようにぐっと近付けた

僕の部屋、僕のベッド
シングルサイズのベッドは育ち盛りの男ふたりが乗って動くと時々みしっと悲鳴をあげる



「チャンミン、ちょっと近い」

「はあ?僕を抱き枕にして寝てたやつが言う?」

「……ごめん…無意識だったんだ」



謝られると調子が狂う
男同士、それなりに仲の良い友人であるユノと僕
彼は元々今夜この部屋に来る予定だったし、それを忘れて眠ってしまった僕が悪い
旅行帰りで疲れていたであろうユノは僕が起きるのを待ちながら眠ってしまっただけで、男同士で抱き枕にされて怒るものでも無い



「…夢で嫌って程ユノに抱き締められたり頬擦りされたり、とにかくベタベタされまくったから今更だよ」

「まじか…そうか…そうだよな……
嘘みたいで信じられないけど、俺が毎晩あの夢を見ていなければこんな事にならなかったと思う」

「何だよ、さっきから反省モードだなあ
もっと堂々とすれば良いだろ
『俺のチャンミン』って何度も何度も言ってたんだから」



殆どは僕の夢の話
現実ではさっき、目が覚めた時に聞いた一度きり
だけど、どうやらユノも猫の僕と過ごす夢を見ていたらしいし夢の延長での言葉だったから、夢の中でも繰り返していた筈



「で…ユノはその…何で僕が猫になるような夢を見たんだよ」



本当は、今夜ユノと会ってお土産を貰って旅行先での話を聞いて、普段通り過ごす予定だった
そんな事も忘れて眠ってしまうその前までは、ユノを特別に意識した事は無かった
なのに今は、友人のユノが僕に対してどう思っているのか、が気になって仕方無い

夢の中のユノとついさっき目を覚ましたユノ
同じでは無いと分かっているけど、同じであって欲しいと思ってしまっている
だって、僕は夢の中で人間の自分にすら嫉妬したくらい…
夢の中でユノに恋をしてしまったから



「何でって…」



ベッドの上で向かい合って座っている
あぐらをかいて堂々と座っていたら少し冷えたから、毛布を引っ張って巻き付けようとしたらユノが手伝ってくれた



「僕にばっかり掛けたらユノが冷えるよ」

「ありがとう、でも、今は反省モードだから良いんだ」



何を反省する必要があるのか分からない
と一瞬思ったけど、多分僕を抱き枕にしていた事だろう
薄手のブランケットをユノに渡した
風邪なんて引かれたら困るし、反省して欲しいなんて思っていないから



「チャンミンは…?」

「え?」

「逆に聞くけど、チャンミンはどうして俺の飼い猫になる夢を見たと思う?心当たりは?」



真剣な顔で聞かれたから考えてみた
あるとすればひとつだけだ



「寝る前に、あの歌を聞いてたからかな
それで、ユノの事を考えていたかも」

「え!俺の事?!」

「大きい声出すなって…」



目を大きく開けて何だか嬉しそうなユノに圧倒されながら、こほんと乾咳をして切り替えた

ユノが好きだと言う影響であの歌を聴く事が増えた事
聴いていたら以前よりも歌が好きになった事
『一日だけでも良いから好きな子の飼い猫になりたい』
そんな歌詞を理解出来る、と言ったユノの言葉を思い出していた事



「僕はあんまり分からなかったけど…ユノには実は好きな子が居るのかな、とか、ユノは僕より進んでる気がするとか、そんな風に考えてた
でも、勘違いするなよ!ユノを好きだったとかじゃ無いよ」



慌てて付け足してから顔を上げたら、今度は沈んだように眉を下げて小さく
「そうだよな…」
と呟くユノ
常に明るく前向きな友人のそんな表情を見たのは初めてかもしれなくて驚いた



「どうしたんだよ、ユノ
それじゃまるで僕を好きみたい……あ…」



まだ頭は混乱しているようだ
途中まで話して思い出した
ユノは多分、僕に好意を持っている
友人以上の…きっと、多分恋愛感情を



「…ユノは何で、猫の僕を飼う夢を見たの?」

「俺は……ああもう、言うつもりなんて無かったし嫌われたく無かったのに」



言いたげにしているのに、口を開くとまた閉じて逡巡する様子
こんなユノも初めて見た
もう少し見ていたい気もするけど、それよりも僕だって待つのが限界



「早く言えよ、気になるんだって」

「…もう分かってるんだろ?」

「…分からないよ
夢の中では聞いたけど、夢だし…」



駆け引きなんて出来ない
ただでさえ恋愛初心者、自覚したばかりの恋に余裕なんて無い
喉がからからになって唾を飲み込んだら音がした
恥ずかしかったけど、前を向いたらユノが見た事無いくらい緊張した様子だった
学校で大勢の前に立つ時よりも緊張して見えたから、僕だけじゃ無いのだと思えて少し落ち着いた

ユノはちらっと僕を見た、けれども直ぐに視線を逸らされた
追い掛けるようにじっと見たらばちっと目が合ったから恥ずかしくなった
今までこんな事は無かったのに不思議だ

今度は僕の方が視線を逸らせなくなった
冷静でいられないのを悟られないように、必死に平静を装った



「好きだから俺だけのチャンミンになって欲しかった」



目を見ながら、至近距離でこんなにもストレートに気持ちをぶつけられた事も初めて
慣れていないから、頭が真っ白だ
また喉が渇いて、もう一度唾を飲み込んだ



「嫌われたくないし関係を壊したく無かった
言える訳無いし…俺、物凄く勝手だろ」

「……」



ひと言、『言えば良いのに』と言いそうになった
でも、夢を見る前の僕がそう言われたらどう感じただろうか
変わらずに友人としてやって行けたかなんて分からないし、気持ちに応えられるかなんて分からない
そもそも想像すらしていなかったのだから

ユノが話す通り、彼は僕の事を思って関係を壊さないよう何も言わなかったのだろう、と少しは理解出来た



「チャンミンが同じような夢を見たって知って、考えれば考える程情けないし恥ずかしいし申し訳無い気持ちでいっぱいだよ
なのに、突き放さないでくれてありがとう」

「猫にされたとは思わなかったし、もう人間に戻れないのかもって思って不安だし怖かったよ
外に出ようと思っても出られない、なのにユノは僕を置いていつも通り学校に行くし…」

「…チャンミンに本当に猫になって欲しかったんじゃ無いよ
不安にさせたり怖い思いもさせたく無いし…」



恥ずかしさと申し訳無さが混じり合ったような、見た事無い顔をしたユノは腿の上でぐっと拳を握っている
夢で不安になったり怖くなったりしたのは夢の中での真実
でも、それを現実のユノが謝るのには違和感
不思議だし良く分からないけど、夢だったのだから



「良いよ、今日は遅いしまたゆっくり話そ
で…何で今度はそんなに距離を置こうとするんだよ」

「え…いや、チャンミンこそ…何でそんなに近付いて…」



友達だったのに、普通の、普通よりは少し親しい友達だと思っていたのに
何事にも動じない完璧なやつだと思っていたのに、僕が近付くだけで慌てふためくだなんて知らなかった



「猫の僕にはゼロ距離だったのに」

「それは…」

「僕だけの夢?でも、元々はユノの夢なんだよね?」



僕達が全く同じ夢を見ていたのかは分からない
分からないけど、焦って顔を赤くするユノを見たらもっと近付きたくなる
悪戯心じゃ無い、夢を見て抱いてしまったユノへの特別な気持ちからくる欲求



「チャンミン…!」

「…捕まえた
僕ばっかりユノに良いようにされるのは狡い
僕だってユノを可愛がりたいよ」



猫じゃ無い、僕はユノと同じ人間
当たり前の事実、現実だけどあの夢の後だから物凄く特別な事に感じる
ベッドの端、壁際まで追い詰められたユノをぎゅっと抱き締めたら『好き』と強く思った
夢が切っ掛けだけど、触れる温もりも今の僕のこの感情も確かに現実だと思うと安堵した



「チャンミン、えっと…」

「ユノが好き
夢だけじゃ無くて、今こうしているだけで幸せ」



拒否されないし押し返される事も無い
密着していて顔は見えないけど、ユノの声で焦っているのは分かる

猫になった世界では小さ過ぎて僕には何も出来なかった、だけど今は違う
満足感と高揚感でいっぱいになって、そんな気持ちのままユノの小さな頭にちゅっとキスをした
そう、夢の中で僕がされたように



「チャンミン…」

「ん?」



夢では恋心のようなものを自覚してから辛くて仕方無かった
自分に嫉妬して苦しかった
それらから解き放たれて浮き足立っていた僕は、ユノの声が低くなったと気付くのが遅れた
あれ?と思った瞬間、身体は引き剥がされてそのまま…



「うわっ!…ユノ?」



あっという間に体勢は代わり、仰向けの僕をユノが見下ろしていた



「…チャンミン、俺を揶揄ってる?
勝手に好きになって勝手な夢を見て、悪いのは俺だけど…
だからって、これ以上煽られたら止められなくなるよ」

「…は?何言って…」



僕を夢の中で猫にしておいて、ユノは何を言っているのだろう
それこそ揶揄われているようだけど、僕を見下ろす目は真剣で冗談で返せるような雰囲気では無い
手首はしっかり掴まれているし、腰の上に乗られているから動けない



「さっきは俺の事を好きじゃないって言ったよな?
なのに、今度は好き、だなんて…」

「それは…夢を見る前の話だよ!
今は…さっき、だけど、ユノを好きだってちゃんと思った
嘘じゃない、揶揄ってない」



夢では言葉が通じなかった
でも、ユノはひたすら僕を溺愛していた
人間のチャンミン、に確かに恋愛感情を抱いていた
言葉は通じなかったけど分かりやすかった
現実は言葉が通じるのに簡単じゃない



「猫だと『置いていかないで』『僕だけを見て』って言っても言葉が通じなかった
元に戻ったからちゃんと伝えたのに、なのに信じてもらえないのかよ…」

「…チャンミン…」



言葉が通じても信じてもらえない事が悔しい
やっぱり夢の中と現実は違うのか



「もう好きになっちゃったのに…どうしたら良いんだよ」



悔しさで目頭が熱くなった
悟られたくなくて、唇の内側をぎゅっと強く噛み締めて顔を逸らした



「…俺は…もうずっと前から、チャンミンが好きだよ」

「……」

「言えなくてごめん
隠してきたし、夢の事も驚いたし動揺した
チャンミンが突然こんな風になって、嬉しいけどそれよりもどうしたら良いのか…」

「……結局、嬉しくないって事?」

「違う!そうじゃ無くて…チャンミンの夢の中の俺がいたからチャンミンが俺を好きになってくれた、て事だよな?
夢の俺の方が良いのかな、とか複雑だし…」



手首を掴む手はいつの間にか外されていた
自由になった身体でユノから逃げるように横を向いていたけど、もう一度振り向いてユノを見上げた
膝を立てて座るユノの彷徨う視線を捕らえたら、ばちっと目が合った



「僕だって夢の中の『人間のチャンミン』に嫉妬した
辛かったし寂しかった」

「俺が好きなのはチャンミンだよ」

「…僕が好きになったのもユノだよ
夢が切っ掛けだけど、さっきユノを抱き締めて確信した
それじゃ駄目?」



起き上がって、もう一度ユノに触れた
もしかしたら拒絶されるかも、という不安が芽生えたから握り締められた手に重ねるようにそっと



「今までは触れても緊張しなかった
どれだけ仲が良くても、ユノが相手でも、男同士で必要以上に触れるなんて有り得ないって思ってた
でも…」

「でも?」

「どきどきする」



拒絶されたらどうしよう
この胸の高鳴りに気付かれたらどうしよう
気付いて欲しい、だけど恥ずかしい
もっと触れたい、でもどうしたら分からない
そんな緊張感は初めて感じるものだった



「現実のユノは僕に触りたいって思わないのかよ」



汗がじんわり滲んできた
恥ずかしい、でも触れていたい
緊張で震える手に力を込めて、触れ合う箇所を見下ろしていたら握られた拳がぱっと開いた



「…あ…ユノ…」

「またそうやって煽る」

「え?…っ、擽った……ユノ!」



僕が触れるばかりだったのに、突然ユノの手が僕の手や指や腕に触れてくる
触れられているだけなのに、何だか妙に恥ずかしくなる
擽ったくて痺れるような感覚
まるで夢の中で猫として可愛がられていた時のような感覚



「ん……っ…」



ぎゅっと目を瞑って耐えていたら、強く抱き締められた
耳元で大きく深呼吸するユノの吐息
触れ合う胸と胸から走る鼓動が伝わってくる
ユノも僕も何故か息が荒い
そして…



「うわっ!!ユノ…っ…」

「…チャンミン、声が大きい…!」



右足の付け根辺りにごりっと固い何か、が当たって気付いてしまった
思わず声を上げたら焦り顔のユノが大きな手で僕の口を塞いだ



「…だって…」

「悪い、でも、チャンミンが可愛い声を出すから…」

「はあ?!可愛く無いよ」



突然大きくしたユノに驚いたけど、不快、どころか何故かそわそわする
嬉しい、と言って良いのかは分からないけどそれに近い気持ち
困るユノの方が可愛くて優位に立てたような気分になった
だけど…



「チャンミンもちょっと大きくなってる」

「え……っ!!」



指を差されて見下ろして、絶句した
恥ずかしくて堪らない、消えてしまいたい
だけどユノが嬉しそうに笑って、また僕の手を妙な感じで触ってくるからもっと反応してしまう



「ユノ、もう…!」

「もう、何?」

「今日は遅いから帰った方が…」



いつの間にか僕の方が追い詰められている
浅い息で必死に伝えたら、ユノの攻撃は止まった
だけど、にっこりと笑顔で見せられたスマートフォンのメッセージで目眩がした



「だってさ」

「………」



それは、僕達の母親同士のメッセージのやり取り
僕の元にやって来たユノが僕と一緒に眠ってしまった事に気付いた母親達によって、ユノはこのまま僕の部屋で一晩過ごす事が決定されていた



「この状況でユノと朝まで…寝られるかな」

「それは俺も
だけど、今はチャンミンと離れたくない」

「……っ…」



友達からこんな事を言われてときめく日が来るだなんて



「チャンミンが俺を好きだなんて夢みたいだ
でも、夢じゃ困る」

「僕だって夢じゃ困るよ」



もうあんな夢は懲りごり、二度とごめんだ
だけど夢のお陰で二度と出来ないような恋に出会えた



「ユノ」

「ん?」

「僕を好きになってくれてありがとう
でも!二度と僕を猫にするなよ?!」

「うん」



ごめん、と泣き笑いのような顔で謝るユノを見て胸が締め付けられた
僕が夢の中で悩み苦しんだ時間の何倍、何十倍もユノは悩んだのかもしれない
もう一度、ユノを抱き締められるこの腕で強く抱き締めて
「ユノが好き」
と伝えた

噛み締めるように頷くユノから
「ずっと前から好きだった」
と返ってきて、それに気付かなかった頃の自分に少し嫉妬した



「僕、割と重いタイプなのかな…」

「何?チャンミン」

「何でも無い
こうしてたらまたユノが固くなるかもしれないから終わり!」



ばっと腕を離したけど、結局この後抱き締められて、朝までぴったりとくっ付いて眠った
男らしく僕から抱き締めるのも良いし、夢では出来なかった事だから良かった
だけど、夢の中で抱き締められた心地良さを思い出して幸せだった
ユノから抱き締めてくれなかったら痺れを切らして
『ユノもちゃんと僕に触って抱き締めてよ』
なんて恥ずかしい台詞を口にするところだったから良かった



途中何度も目を覚まして眠れなくなったし、その度に顔中にキスされたり身体が熱を持て余して大変だった
でも、寝ぼけていても朝になってもずっと夢じゃない、現実だったし僕達の日々はまだ始まったばかり










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毎日更新の筈が結局間が空いてしまいました
しかも、短くさらっと終わる予定が書き始めると案の定長くなってしまい…
ですが、個人的に楽しんで書いたので読んでいただけて嬉しいです猫

本編は終わり、で、もう1話だけ今度こそ短いその後を更新したいなあと思っています
その時はまたお付き合いいただけたら嬉しいです

最後に、読んだよ、のぽちっをお願いしますドキドキ
               ↓
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