Side Y




片想い歴、それなり
相手は告白なんて出来ない同性の友人
ドラマなんかで『今の関係を壊したく無いから好きだと言えない』と出てくるけどまさにそう
…いや、対異性の恋愛模様を描くドラマよりも俺の方がもっと切羽詰まっている

切羽詰まってはいるけど、深刻で思い詰めるような恋では無かった
友人として特別な位置に居られるように努力した結果、自分なりに満足出来るくらい近くに居られる
何かあれば頼ってもらえるし、お互いの家に行き来したり親も公認の仲の良い友人になれた



告白して砕け散って今の関係を壊すよりも、このまま仲の良い友人のままで居た方が良い
何もせずに端から諦めるのは信条に反する
だけど諦めたのでは無く、近くに居られて満足している
チャンミンが彼女を作るよりも俺と居る方が楽しい、と思えるように努力すれば良いのだとずっと言い聞かせてきた



「……流石に重症だろ…」



目覚めは良い方、そんな俺の起床直ぐの言葉がこれ
目覚めは良いし夢から覚めたら直ぐに『あれ』は夢だと分かる、現実と混同する事なんて無い
だからと言って良いとは言えない、いや、夢自体は幸せなものだし目が覚めて現実に戻ってきても思い出すと顔の筋肉が緩んで締まりの無い表情になってしまいそうだけど…



「ユノ?起きたのか?」

「…父さん、おはよう
早いね」



隣のベッドで眠った父親は既にシャワーを浴びて身支度を整えていた
彼が目を覚ました時に、夢の中で幸福に包まれていた俺が変な顔をしていなかっただろうか、とふと思った



「俺、寝言とか言って無かった?」

「急にどうした?何も気にならなかったよ」

「…良かった
普段は同じ部屋で寝ないから気になっただけ」



両手で顔を覆って父親の視線から逃げた



春休みを利用してやって来た家族旅行
日常から離れて旅先に来ても、俺はと言えばあの日から毎晩繰り返す夢を見ている
ひっそりと片想いを続ける友人、チャンミンが俺の可愛い飼い猫になる夢



夢の中では日常のまま
俺の部屋、俺のベッドに猫のチャンミンが居る
朝起きると俺の胸の中に居て、寒そうに小さく丸まっている
甘えるように鳴いて見上げてくる
大切で可愛くて愛おしくてキスをしたら、たまに反撃に遭う事もあるけど何をしても許してくれる

夢の中では春休みなんて無くて、冬の日を繰り返す
チャンミンと離れたくないけど学校に行って、学校では人間で友人のチャンミンと一緒に過ごす
日中は伝えられない気持ちも帰宅して俺を待つ猫のチャンミンには幾らでも伝えられる
『大好きだよ』
『チャンミンだけだ』
『俺だけのチャンミンになって』
夜は必ず同じベッドで眠るし、夜中に起こされても幸せしか感じない



伝えられない健気な片想い、だったのは過去の話
身勝手なエゴが生み出した願望は毎晩毎晩夢となって現れる
せめてもの救いは人間のチャンミンに対して肉欲を具現化したような夢は見ていない事

流行りの歌の歌詞にあった好きな相手への願望
とは言え毎晩夢にまで見るのは充分おかしい
おかしいとは分かっていても幸せ、夢で満足出来ればこのまま現実と夢を区別して生きていける
だから大丈夫なのだと自分に言い聞かせて、家族との旅行を楽しんだ


















「オッパ、凄く嬉しそうだね」

「え?楽しかったよな、旅行」



誤魔化したけれども、隣に座る妹はまるで何かを見透かそとするようにじっと見てくる
旅行も終わり見慣れた景色の街へ戻ってきた
最寄りの駅からバスに乗った道中の事



「旅行は終わっちゃって後は現実に戻るだけ、なのにそんなに嬉しそうなのはどうして?」

「家族四人の旅行は久々だし楽しかったなあって思ってた
お土産も色々買えたし写真も沢山撮っただろ?
現実も…まだ春休みも残ってるだろ」

「そうじゃ無いってば…
この後が楽しみなんでしょ?オッパの顔に書いてあるよ」

「……友達に会いに行くのに楽しみなのは普通だ」



普段は兄を揶揄わない妹にこれ程言われるくらい、顔に出ていたとは思わなかった
少し伸びた前髪をかき上げて整える振りで、これ以上の詮索はかわす事にした



現在時刻は夜の八時過ぎ
少し遅くはなってしまったけど、春休みでただでさえ毎日会えないからこそ少しでも早く会いたかった



「じゃあ…遅くなりそうなら連絡する」

「シムさんご両親にも宜しく伝えてね」

「分かってる
でも、母さんもチャンミンの親に直接連絡してるんだろ」



そうよ、と笑う母親と家族
家族ぐるみの仲では無いが母親同士は連絡を取り合う仲
だから旅行帰りのこんな時間でも堂々とチャンミンの家に立ち寄れる
恋人になれなくても、それなりに特別な友人の位置だと思う



「じゃあ俺はここで…」



重たい荷物は親に預けて、身軽になって自宅よりも少し手前のバス停で降りた
降りるまでは平静を装って、家族を乗せたバスが発車してからスマートフォンを見た



「一応入れておくか」



チャンミンとのトーク画面で『バス停に着いた』と送信した
毎日やり取りはしていない、だけど数日の旅行中は普段の休日よりも頻繁にやり取りしていた
と言うのも、旅行先にチャンミンが好きな立体パズルの大型施設があったから
普段よりも沢山写真を撮ってチャンミンに送ったし、お土産を買ってこうして早速手渡す事にした

今日のメッセージを見返すと、我ながら少し必死にも見える
『チャンミンが家に居るなら、帰りにそのまま寄って渡すよ』
と送信したら
『疲れてるだろ、今度で良いよ』
と返されてしまった
間髪あけずに
『大丈夫、折角だし早く渡したい』
と送信した



「…勘違いしたら駄目だって分かってるけど…はあ…」



『本当は早く見たかったから嬉しい』
チャンミンの言葉を噛み締めて、緩む頬にぐっと力を入れた
早く見たい、のは俺の姿じゃ無くてお土産
俺に早く会いたいのでは無い
分かっていても、夢の中で俺だけに懐く猫のチャンミンとその言葉が重なってしまう

春休みに入り、毎晩見る夢の所為で勘違いしそうになる
だけど流石に夢と現実は別だとしっかり理解している
今は現実、俺達はただの少しだけ仲の良い友人
言い聞かせながらチャンミンの家への道を歩いた



















「チョン君、お土産ありがとうね
後でお母様にもお礼を伝えなきゃ」

「気にしないでください
両親もシムさんにくれぐれも宜しくと言ってました
あと、ジュースとお菓子も持っているのでお気遣い無く…」



シム家に着くまで、送信したメッセージは既読にならなかった
だけど気にしない、事前に大体の時間は伝えているから
家族宛てのお土産もしっかり渡して『礼儀のある友人』として笑顔で、こんなひとつひとつの行動が大切だ



「……」



チャンミンの部屋の前で一旦止まって、誰にも見られていない事を確認してから深呼吸した
部屋の中からは何も聞こえない、漫画やゲームに夢中になっているのかもしれない



「チャンミン、入るよ」



声をかけて、それからノックした
反応は無い
イヤフォンでも着けているのかも、と思ってもう一度だけノックしてからゆっくりと扉を開けた



「チャンミン……何だ、寝てたのか」



そうっと扉を閉めて、ゆっくりと音を立てないようにしてベッドへと向かった
ノックしても声をかけても起きなかったから多少の物音では起きないかもしれない、だけどふたりきりの空間で好きな相手の寝顔を見られるだなんて特別過ぎるイベントを逃す訳にはいかない

穏やかに寝息を立てて、ベッドの上で猫のように丸まって眠るチャンミン
その寝顔を至近距離でじっと眺めていると、夢の中の猫のチャンミンを思い出した



「おんなじ表情に見える、不思議だな」



不思議だけど、そもそもあの夢は俺の願望の現れ
そう思うと当たり前なのか



きっとその内に目を覚ます
これは現実でチャンミンは猫じゃ無い
現実のチャンミンなら、目を覚ました時目の前に俺が居たら甘えるように鳴くなだんて以ての外
驚いて叫ぶか…もしくは動じず冷静に
『いつの間に来たんだよ?!』
なんて言うかもしれない

早く話がしたい
チャンミンの喜ぶ顔が見たい
だけどこのまま寝顔を見ていたい気持ちもある



「……ふぁ…」



噛み殺す事無く思い切り欠伸した
ついさっきまでは気分が高揚して忘れていた眠気はチャンミンに会えて彼の寝顔を眺めた事で戻ってきた
チャンミンも中々起きないし、少しだけ…
そう思って、彼がベッドの片側に寄っているのを良い事に隣にお邪魔しようと決めた



「友達だし、何もしないし…
ちょっと横になるだけ」



言い訳にしかならない事を呟いて、そうっとベッドに身体を横たえる
シーツに広がった柔らかなチャンミンの髪の毛が鼻先を擽って何とも言えない気持ちになる
抱き締めたくなる気持ちをぐっと堪えて、横向きに眠るチャンミンの背中と丸い頭を眺めながら眠気に抗った



結局俺はそのまましっかり寝落ちしてしまった
無意識だったから眠ったつもりなんて無かった
しかも、現実のチャンミンの後ろで眠りながらも毎晩見る夢を見てしまい…
つまりは、夢の中で俺だけの大切で可愛い『猫のチャンミン』と戯れて幸せな時間を過ごした

抱き締めるとリアルな感触、体温すら感じられた
夢も何度も繰り返す事で精度が上がっていくのだろうか、なんて思った



「チャンミン、一日でも良いから俺だけの…」



猫のチャンミンが普段よりも温くて抱き心地が良かった
だからだろうか、人間のチャンミンを抱き締めているような錯覚に陥って、夢の中で願望をこぼした
猫の姿じゃあやっぱり足りない
優等生ぶって叶わない恋でも良い、なんて言い聞かせてきたけど本当は想いを伝えたい、叶う事ならば特別な友人では無く恋人になりたい



「俺だけの、何?」



ぐっと噛み締めた言葉の先を、誰かが聞いてくる
猫のチャンミンは喋らない
なら誰が?
現実のチャンミンの声に似ている、これは夢だから遂に現実のチャンミンまで登場したのかもしれない

そうだ、夢ならば言える



「……俺だけのチャンミンになって」



夢の中でもはっきりとは言わなかった言葉を口にした
一気に緊張が高まった
猫のチャンミンには『大好き』『愛してる』と言い続けてきたのに、現実のチャンミンへ向けた想いであるだけでこんなにも違う

ドキドキしていたら、猫のチャンミンが腕の中で身動ぎした
逃げられないように慌てて手を伸ばして掴んだ



「うわっ!!」

「……え…」



大きな声に世界がぐるりと回った
否、目が覚めて眠っていた事に漸く気が付いた
そして、俺はと言えばチャンミンのベッドでチャンミンを後ろから完全に抱き締めていて…



「…チャンミン…!あれ、俺いつの間に寝て……え、夢?!」



やばい、と思って起き上がり、ベッドの端まで移動した
何処までが夢で何処までが現実だったのか、寝起きの頭では分からない
いや、これもまだ夢の中かもしれない
そうだ、きっとそうに違い無い

出来るだけポーカーフェイスで、出来るだけ視線を泳がせる事無くチャンミンをちらりと見た
チャンミンは驚いた様子、でも夢なら大丈夫



「『俺だけのチャンミンになって』って何?」



俺に都合の良い展開にはならないようだ
つまり、これは現実
寝落ちしていつもの夢を見て、夢だと思い現実のチャンミンへの願望を伝えてしまった



「チャンミンが猫じゃ無い…」



大混乱、頭は真っ白
こんな台詞しか出て来ない
いや、だけどチャンミンが俺だけの猫になる夢、については俺だけしか知らないから今から誤魔化せる
その後はどうしよう、と寝起きの頭で必死に考える俺に、信じられないような言葉が降ってきた



「え?やっぱりあれって…夢じゃ無かったの?!」



目が飛び出てしまうくらい驚いた
友人に『猫じゃ無い』と言っても怒らないし不思議がらない、それどころか何かが腑に落ちたような表情

寝ぼけて独占欲丸出しの酷い告白をしてしまってピンチだった
だけど、寝癖のついたチャンミンは頬を紅潮させて寝
「早く教えろよ!」
と俺に詰め寄る



何だか今までよりも距離が近い気がしてどうにかなってしまいそうな俺を落ち着けてくれたのは、扉の外から俺達を窘めるチャンミンの母親の声だった



「静かにしなきゃ…て言うか、もうこんな時間だったんだ
ユノがいつ来たのかも知らないよ」

「…俺も、一時間以上寝ちゃったみたい
それで……まずはこれ、チャンミンに約束したお土産…」

「あ!!そうだ、ユノが来る事忘れてた…」



俺が物凄く楽しみにしていた事を忘れられていた
忘れられていたから眠ってしまったのだろうか
そう思うとショックだ



「…ありがと、ユノ
ほんの数時間なのに長い夢を見てたんだ
……ユノの飼い猫になってユノに溺愛される夢」



ショックな気持ちは一瞬で吹き飛んだ
押し付けるように渡したチャンミン好みのお土産をじっくり見る事無く、俺をじっと見つめるその視線は今まで感じた事の無かったものだから



「…そんな事、本当にあるのか?」

「ユノの夢も教えてよ
夢と、それから…僕の事をどう思っているのか、も」



旅行帰り
寝落ちからの寝起き
夢だと思って無意識で言葉にした身勝手な独占欲
そして、目の前にはまだ少し眠たそうに潤んだ瞳のチャンミン



「チャンミン、これって現実だと思う?」

「そうじゃ無きゃ困るよ
猫だとユノに何を言ってもちゃんと伝わらないんだから
はあ…人間に戻れて本当に良かった」

「……嘘だろ…」



羞恥でどうにかなりそうだ
それと同じくらい、まるで俺の夢を共有したかのような友人の可愛さにもどうにかなってしまいそうだった











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また間が空いてしまいましたが、今度こそあと1話です
読んだよ、のぽちっをお願いしますドキドキ
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