Side Y









長い夏休みも半分を過ぎるともう、何だかあっという間に過ぎていく
今年は受験生だという事もあって、学校から出されている宿題や課題は勿論、週に何度も通っている夏期講習の予習復習、小テスト、と盛り沢山

高校最後の夏休みだから、とクラスや学年の同級生、友人達に誘われて遊ぶ事もあったけど、勉強以外での一番の優先事項は何よりも恋人であるチャンミン

そうは思っていても、平日は毎日登下校で会えたり、学校でも昼休みや会おうと思えば何時でも会えていた事を思うと…
思っていたよりは夏休みは会えなかったと思う



「思っていたより?本当に?
しょっちゅう、チャンミンちゃんとのデートの話を聞いている気がするけど…」

「それはまあ、チャンミンの部屋に行って会ったりとか…
そういうのはあっても、外でデート、はあまりしていないなあって今更思ったんだ」



友人は俺の言葉に呆れた…
いや、驚いた様子で肩を竦めた

分かっている、きっと、俺が『彼女』に溺愛だと思っているのだろう
それは少し違っていて、『彼女』の真実は『彼氏』なのだけど



「夏休みの最初に動物園に行って…
後は近場で何度かはデートしたかな
後は…五日後にユナの引越し先に遊びに行く
それだけなんだよな…勉強も大事だけど、もう少し何処か出掛けておけば良かったと思って」



もう、来週で夏休みも終わってしまう

勿論、夏休みが終わってもチャンミンとは変わらずに恋人だし、学校が始まれば毎日自転車の後ろにチャンミンを乗せる事が出来る
可愛い制服姿を見られるし、昼休みを一緒に過ごせる

でも、何か…
夏だからこそ、の思い出も作りたい



「なあ、何か無いかな?
もう夏休みもあまり残って無いけど…
おすすめのデートスポットとかイベントとか…」



夏期講習が終わって、隣の席の友人に相談をした
彼は腕を組んでううん、と考えてからスマホを取り出した
何かを調べて…



「そうだ!これ、明日だ!
あ、でも明日は講習が夕方までか…
講習終わりに待ち合わせれば間に合うかも、だけど…」

「これ…そう言えば、あったな」

「ユノは何時もモテるし彼女だってあまり切らさないから、こういうのはチェック済みじゃ無いのか?」



にやりと笑った友人に言われて、
「知ってるだろ」
と答えた



「遊んでた訳じゃ無いし、告白されて付き合ったりしてただけだ
まあ…結局、本気で好きになる子が居なくて、こんなに必死になっていなかったからあまり興味も無かったのかも」

「ふうん
確かに、最近のユノは必死だし…
その必死さが俺は好きだよ」

「何だよ、それ
明日…明日だけ講習を休もうかな」

「え!本当に?」



だって、本番は夕方…いや、日暮れから
だけど、『そのイベント』に向かうなら準備をしたい
折角なら写真にも色々残したいしチャンミンの可愛い姿も見たい
それには、講習を終えてから、ただイベントに行けたら良い、ではない



「本当だよ
だって、こんな私服で行くなんて勿体無いから」



明日なら、まだぎりぎり時間はある
今日もこれからチャンミンと会うし、まだ昼の三時だから店をまわって必要なものを探す事も出来る



彼女は居るけど、その彼女が田舎に帰省中で明日のそのイベントには行かずに真面目に勉強をする、という友人からは
『チャンミンちゃんの可愛い写真は後で見せるように』
と言われたから、俺と写ったツーショットなら見せるよ、と言って急いでチャンミンの元へと向かった

















自転車に乗ってチャンミンの部屋に向かう前に、メッセージを入れた
今日も本当は、このままチャンミンの部屋に向かってふたりでゆっくり過ごすつもりだった
八月下旬、夏はもう終わり、とは言っても気温は相変わらず高くて外に居たら茹だってしまいそうな程

部屋のなかで過ごせば快適だし、チャンミンは何も気にせずに男のままで居られる
何より、人目が無いから何時でもキス出来るし…
ベッドにも行ける
なんて、そんなに爛れた事ばかりはしていないけど



兎に角、チャンミンは多分男のままの姿で俺を待っているだろうから、
『外に行く準備をしてもらっても良い?
チャンミンと一緒に買いたいものがあるんだ』
とメッセージを送って、そのまま自転車を立ち漕ぎでチャンミンのマンションへと向かった



兎に角急いだのは早く会いたかったから
そして、この夏最後の思い出がまたひとつ、明日増える事になったのを早くチャンミンに知らせたくて



「…暑…でも、寒くなったら卒業が近付くんだよな…」



必死に自転車を漕いで、夏期講習のビルから十分程でチャンミンのマンションに到着した
何時もの場所に自転車を停めて降りたら、一気に汗が滲み出る
額を手の甲で拭ってから、夏がもっと続けば良いのに、なんて思った



チャンミンのマンション、エントランスで彼の部屋番号を押した
そう言えばスマホは確認していなくて、メッセージを送ったっきり



「返事…あはは、あるよな
見てなくてごめん」



呼び出したままスマホを見て、チャンミンからの
『何処に行くんですか?
何もメイクしていないから、ちょっと時間が掛かります』
と言う返事に今更
『急がないから大丈夫
遠くには行かないよ
出来たら今日中に買いたいものが有るんだ』
と急いで打って送ろうとしたら…



『ユノオッパ!早かったですね
開けるのでどうぞ』

「ありがとう」



目の前の機械からチャンミンの声が聞こえて、それと同時にオートロックの扉が開いたからなかへと入った
もう、直ぐに会えるけど、折角打ったメッセージを送信して、エレベーターに乗り込んだ



















「チャンミン…まだ見ちゃ駄目?」

「後ちょっと…
ユノオッパは寛いでいてください」

「変身するチャンミンも見たいんだけどな」

「…っ、駄目です!」



扉を隔てた向こう側、つまり洗面脱衣所に居るチャンミンに向かって声を掛けたら焦ったような声



俺が、扉を開けて直ぐに『あんな反応』をしなければ、メイクを完成させるところだったりも見せてくれたかもしれないのだけど、多分俺が恥ずかしがらせてしまったようだ



と言うのも、このチャンミンの部屋に入った時、俺を玄関で迎え入れてくれたチャンミンがとても可愛かったのだ

パイル生地の水色のトップスとショートパンツのセットアップはメンズのアイテムらしいのだけど、ユニセックスで使えそうなシンプルなデザイン
ひとり暮らしの部屋のなかだから、『女の子』で居る時のようにパッド付きのキャミソールを着ていない
つまり、胸は平らで普段の男のまま、の姿

だけど、顔は少しメイクされていて…
何だかアンバランスで危うい魅力を感じてしまって、
『何時もと違って、それがまた可愛い』
と…少し興奮してしまった



「ユノオッパには、ちゃんとした姿を見せたいのに
中途半端にメイクをして男のままの服なんて…」

「チャンミンは何時も可愛いから問題無いよ」

「そんな事無いです
ユノオッパが急に『出掛ける準備をして』なんて言って、しかもこんなに早く来るなんて思わなかったから準備が間に合わなくて…」



扉の前で、その向こう側に居る恋人を想像しながら
彼の恥ずかしがる顔や
『こんな中途半端な姿を見ないでください』
と言った顔を思い出すと頬が緩んでしまう



「ユノオッパ、笑ってますか?」

「ん?笑って無いよ
チャンミンが可愛いなあって思ってただけ」



本当に可愛いと思っているのだけど、やり過ぎると
『揶揄ってるんですね』
と言われてしまうから、後は邪魔をしないように少し離れた場所で、これから探しに行くものや必要なものをスマホで検索して待つ事にした
そうしたら、直ぐに扉が開いて…



「お待たせしました
普通の『女の子』の格好で良いんですよね?」

「うん…でも、普通、じゃ無いよ
だって、こんなに可愛いんだから」



最近は、男のままの姿にも慣れていたから、メイクをして髪の毛を少しふわっとスタイリングした、膝上丈のスカート姿のチャンミンにどきどきしてしまう



「男のまま、を見てもそう思いますか?」

「うん、勿論」

「…じゃあ…さっき、中途半端な姿をじっと見られた事も許します」



黒い、少し袖のあるカットソー地のワンピースを着たチャンミンは
「最初はスカートって脚が寒いと思ったんですが、夏は涼しくて過ごし易いって気付きました」
と言って、裾を両手で持って笑う



「涼しいの?デニムは暑いから羨ましいな」

「ユノオッパもスカートかワンピースを着てみますか?」

「…無理
俺はチャンミンの可愛い姿を見ているだけで涼しいから大丈夫」



目の前にやって来たチャンミンの腰を抱き寄せるようにして囁いたら、
「見ているだけじゃ涼しくはなれないです」
と真面目な顔で言われたから、思わず笑ってしまった



「ワンピースもやっぱり可愛いよな
…と思うと、『あれ』を探しに行かなくても良いのかな、とも思うけど…」

「あれ、って?
買い物って何を探すんですか?」



そう、俺はまだチャンミンに新しいデートの予定を伝えていない
本当はもっとちゃんと調べて準備すれば、こんなにぎりぎりに探しに行く必要も無かったのだけど…
でも、まだ一日有るし、ふたりで探したらそれもデートになって楽しそうだ



「何から言おうかな…
明日、チャンミンは空いてる?
まずはそれが一番大事だって忘れてた」

「明日…空いてます
ユノオッパは夏期講習ですよね?」

「講習は休む事にした」

「え…何で…」



チャンミンは不思議そうな表情
だけど、そのなかに期待の篭ったような表情
大きな瞳でじっと俺を見て
『気になります』
『何ですか?』
と視線で訴えてくるから、ついまた可愛くて笑ってしまいそうになったのだけど、明日に迫った大切なイベントの準備を始めないといけないから勿体ぶる事は止めた



「明日、割と大きな花火大会が有るんだ
チャンミンと花火、まだ見ていないなあって思って
一緒に見に行こう」

「花火…行きたいです!
でも、講習は夕方前には終わりますよね?
花火はそれからでも…」



ぱあっと瞳をきらきら輝かせるチャンミン
腰を抱き寄せたら、俺のTシャツの胸に小さな手を置いて、身長は殆ど変わらないのに見上げてくる



「花火の前にも出店が色々有るし、折角なら良い場所で見たいから場所取りもしなきゃ
そうすれば花火の前だってデートになる」

「そっか…ユノオッパと花火、楽しみです
でも、買い物って?
花火とは関係無いんですか?」



首を傾げて不思議そうに
でも、嬉しさを隠せないと言った様子で俺をじっと見つめるチャンミン
もう、さっきから何度も何度も、彼の『その姿』を想像しては、想像だけでその可愛さに悶えてしまいそうだ



「関係有るよ、大有り」

「…花火を買うんですか?それともお菓子?
場所取りをしながら食べる用のお菓子とジュースですか?」

「残念
確かにお菓子とジュースも必要だけど、それは明日でも良いから…
そうじゃ無くて、折角の花火大会だから、チャンミンの浴衣姿を見たいなあって思ったんだ」

「浴衣…男用の、も着た事が無いかも…」

「本当はどっちも見たいんだ
でも、『女の子』姿の浴衣は…
多分、今年しか見られないだろ?
だから、今日これから探しに行こう」



花火は勿論楽しみだ
好きな子と見るなら特別だって思う
でも、何よりも浴衣姿のチャンミンが楽しみだから、もう俺の花火大会は今此処から
浴衣を探しに出掛けるところから始まっているようなもの



「浴衣…似合うかなあ」

「似合うよ、絶対に
だから、襲わないように気を付けなきゃいけないし、チャンミンを守らないと」

「ユノオッパになら、いつ襲われても良いのに」



ナイトでいよう、と思ったら
俺の可愛い恋人はその意思をたったひと言、甘い言葉で崩してしまう



「本当に?」

「はい
だから、買い物から帰ったら…」



頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながらも、やっぱり大胆なチャンミンからキスを仕掛けられた



「襲ってもらいたいです」



不器用でストレートな誘いの言葉
あからさま過ぎて…
なんて、チャンミン以外にもしも言われたら思うかもしれない
だけど、耳まで真っ赤なチャンミンに俯きながら言われたら、もう駄目だ



「今抱きたくなるから、それ以上は禁止」

「…っん……」



涼しい室内なのに真っ赤になって熱い耳にキスをして甘噛み
パイル生地のセットアップを着ていた可愛らしい男の姿からワンピース姿の『女の子』に変わるチャンミンは、どちらも俺にとって…
選べないくらい可愛いのだけど、どちらもチャンミンだから選べ無くても問題無いのだ













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