チャンミンは勤勉だ
毎日本を読み、父や俺にこの領地の事を尋ねてくる
彼の父が治める領地とこの土地と、一体何がどう違うのか
どうすれば彼の領地が豊かになり民が苦労する事無く暮らせるようになるのか
それを真剣に考え、そして吸収しようとしているように見える



それは時期領主として良い心掛けだと思う
けれども理解出来ない事もある
街に出ては、建築物や人々の暮らしぶりを彼自身の目で見て自ら民に話し掛けたり、屋敷の使用人達に対して敬語を使ったり
俺からすれば幾ら貧しい隣領地の…とは言え、次期領主としての立場を自覚していないようにも見えるのだ



勤勉で驕る事の無い青年
彼の故郷に許嫁を残して身一つでやって来た心優しい青年
…なんて、もう既にこの領地内では話題になっている
だけど、俺はそうでは無い顔を知っている



「チャンミン、手紙が届いていたそうだ」

「…部屋に入るならば合図をしてくれと昨日も言った」



この声が、嫌いじゃ無い
少し苛立ちを抑えたような、普段よりも低いチャンミンの声
この声はきっと、俺しか知らないものだから



「ああ、そうだったかな
一応扉を叩いて合図はしたんだけど、聞こえなかったんじゃあ無いか?」



扉を開けたまま凭れ掛かり左手で扉を叩く素振りをしたら、チャンミンは
「どうせ音が出ない程度にしかしていないんだろ」
と椅子から立ち上がり俺を睨む
大きな瞳で睨まれても何も怖くなんて無いのに
むしろ、俺に関心を示してくれる事が嬉しいだけなのに、彼は凄んでいるつもりなのだろうか

そんな事をひっそりと思っていたら、長い脚を動かしてあっという間に俺の目の前までやって来て右手を伸ばしてきたから、首を傾げてみた



「何?」

「それは僕の台詞だ
時期領主自ら手紙を持って来てくれたんだろ?
受け取るから寄越せよ」



勤勉で控えめ
下々の者に対しても分け隔て無く接する隣領地の跡取り
そんな彼は、外行きの姿なのだと知っている
それは嫌な事では無くて、むしろ俺にとっては喜ばしい事
何故なら、チャンミンの事を知りたいと思っているから



「寄越せ、だなんて物騒だな
欲しいなら俺にお願いをしてみたら?」

「渡すつもりが無いのにわざわざ持って来たのか?
ユンホは僕と違い暇なんだな」



少し揶揄っただけなのに、伸ばした手をもう引っ込めてこれみよがしに溜息を吐く
表情のあまり動かないつまらない男だと思っていたが、つい数日前にそうでは無いのだと知ってから、楽しくて仕方無い

後ろ手で扉を閉めて、それから封筒に入った手紙を差し出した



「…渡すなら端から渡せば良いのに」

「ああ、だから今渡しているだろ?」



チャンミンはじろり、と上目遣いで俺を見てからそれを手に取った



「用は済んだだろ?出て行ってくれ」

「手紙を渡すだけが用だと思うのか?
今日はもう予定が無いと父上にも聞いている」

「…女性よりも男の身体の方が良くなったのか?
ユンホは変わり者だな」

「あはは
そんな事を言いながら俺に抱かれるチャンミンも変わり者だと思うけど」



細い身体の左隣を擦り抜けるようにして、部屋の奥へと向かいベッドに腰掛けた
脚を組んで部屋を見渡してみる



「…ふうん…」



窓は閉められている
それだけなら何も思わないのだけどカーテンも閉められている
今日はとても天気が良いし、まだ日中なのに

そして、何だか…
いや、確かに覚えのある匂いが微かに漂っている事がベッドに来ると分かる



「チャンミン」

「…勝手に寛がないでくれ」



名前を呼ぶとこちらに向かって歩いてくる
目の前に立つ男に腕を伸ばして細い腰を掴んだら、それだけでびくっと小さく震える
それが俺を恐れているから、では無い事は顔を見れば直ぐに分かる



「隠しているつもりなの?
それとも、分からないと思ってる?」

「…何が…」

「俺が合図をしていれば、返事をしてから俺を待たせながら窓を開ける事も出来たよな
でも、誰にも見られないようにしていたから…匂いが残ってる
俺が気付かないと思ったのか?」

「…っあ……」



ベッドに腰掛けたまま細い腰から尻に指先を移動させて、ズボンの上から窪みを押した
それだけでまた小さく身体を震わせて、今度は甘い声を漏らす



「鍵を返せよ
折角鍵をかけて窓を閉めたのに…」

「俺にならばれても大丈夫だろ?
もう、お互いを知る仲なんだから気にするな」



すう、と息を吸うと、少しだけ青臭い匂いがする
男の匂いなんて不快でしか無い筈
なのにそれが嫌で無いのは、この男が何か…
俺を惹き寄せる危うい魅力を持っているから



「僕は気にしているし知られたくも無い
お互いを知るだとか…
ユンホが僕を知りたかったんだろ」

「勤勉で真面目、許嫁を一途に想う未来の領主がしている事は毎日のように部屋で自らを慰めて…
それだけで無く隣領地の未来の領主に抱かれている、だなんてきっと皆は思っていないだろうな
我慢も出来ない癖に『知られたく無い』なんてチャンミンは面白い」

「…っおい!……っ…」



チャンミンの、少し小さな手のなかにあった手紙
それを彼の手から取り上げて直ぐ隣の棚に置いた
俺の手を追い掛ける細い腕を掴み、ぐっと抱き寄せたらチャンミンは俺の上に倒れ込んできた



「軽いな」

「…離せ……っん…」

「チャンミンは言葉と身体がまるで別の生き物みたいだ
離れていて許嫁を抱けないから俺を…男を求める、とでも言い訳をするのか?
後ろに触れて自らを慰めている限り、そんなのはただの言い訳だ」



体勢を入れ替えて細い身体を組み敷いたら、彼は頬を赤くして唇を噛み締める
俺を睨み上げていても、その奥に俺を求める意思が見える
…いや、分かるのはもう何度か身体を重ねていたるから



「ユンホ、お願いだから…」

「ん?分かっているよ」



一週間程前に娼館でチャンミンの事を抱いた
簡単に俺のモノを受け入れた彼は
『もう二度とこんな事はしない』
なんて言った
けれども翌日に迫ってみたら簡単に陥落した

簡単に言えば相性が良いのだ
そして、その日以来数日、毎日チャンミンを抱いている
毎回慣らす事なんてほぼしなくても簡単に繋がる事が出来る
それはつまり、彼が後ろに自分で触れているという事



「ひとりで、なんて虚しい事をするなら俺を誘えば良いのに」

「…そんな事…っ…」

「お互いに楽しめば良い…だろ?
チャンミンの大切な許嫁はここに来る事は無い
例えこの屋敷に訪れたとしても、俺達がこんな事をしているだなんて目にしなければ何も分からない
だから気にする必要なんて無い」

「…あ……ん、…っ…」



シャツの上から胸に触れた
膨らみは無いけれども、中心はぷくりとしている
そこに触れるとそれだけでチャンミンの身体からは力が抜けていく



「生意気な口をきくのも良いけど、そうしているのも唆られる」

「…ユンホは趣味が悪い」

「そうかな
退屈凌ぎには良いし…
チャンミンの本音を知りたいんだ」



俺と同じ立場の男
だから分かり合える相手の筈
それなのに、本心の見えない男



「本音なんて…ユンホは自分の本音が分かるのか?」

「…さあ
自我だなんて未来の領主には要らないと思っているから」

「それならば…僕にもそれを求めるな
僕だって自分の事なんて分からない
だから……」



身体を繋げても、隅々まで見ても分からない
だけど、身体を繋げる時だけはこの男に少しだけ近付けるし知る事が出来るような気がする



腕が伸ばされて、脚が絡められる
こんな風にまどろっこしい会話をまるで儀式のように進めてから、後はもう、ひたすら互いの衣服を脱がせていく



「……んっ…」

「チャンミンの肌は心地好いな
口は悪いのに」

「ユンホの前以外ではちゃんとしているから良いんだ」



まるで俺にはどう思われても良いのだと言っているようだ
でも、俺だけには他に見せるのと違う姿を見せるだなんて、彼の素顔を垣間見ているようでぞくぞくする
それに、心を許されているようでもあるから


「ひとりでするくらいなら俺を呼べば良いし…俺の部屋に来れば良い」

「…ひとりでも足りている
足りないのはユンホなんだろ?」

「頑固だな」



これがきっと、最後の攻防
攻防にもなっていないから睦言なのだろうか
チャンミンは俺の中心に手を伸ばして触れてきて、腰はもう揺れているから
言葉では強がっているけれど、視線はもう濡れているから



「自由なんて無いのはお互い様だ
折角分かり合える関係なんだから難しい事は考えずに楽しもう」



チャンミンに語るようで、本当は自分に言い聞かせている
だって、何故この男を抱きたいと思うのか分からないから
女よりも熱くて狭くて具合が良い、のは確か
だけど俺に媚びる事も無いし柔らかくも無い

最終的には求めて来たって、触れ合えば心地好くたって、そこに至る迄が面倒
それなのに…



「…ユンホ……あ…んっ…」



生意気な男が俺だけをその瞳に映して甘い声を漏らす瞬間に、ある種の幸福感のようなものを感じる



「チャンミン…」



ついさっき迄、彼が解していたであろう後ろに欲望を突き立てる

この男は隣領地の時期領主
愛する許嫁が故郷で待っている
だけど、この男の身体を知っているのは父と俺だけ
父は一度しかこの身体を抱いていないけれども、俺は何度も抱いていて、その回数はまたこうして増えていく

こどもじみた独占欲のようなものなのだろうか
それならば、チャンミンは俺の事をどう思っているのだろうか



「女なんて抱けなくなれば良い」

「…っ言うな…彼女はもう……」

「『僕にとって大切な存在』とでも?
大切で結婚をしたいのに、後ろを慰めて後ろで快楽を得て…
抱きたいとも思わないのに大切だなんて」

「…っやめ……あぁっ…!」



数回抱いただけでも分かる、彼の好きなところを突いた
それだけで奥は締まって、俺の首に巻き付けられた腕には縋り付くように力が込められる
肩に荒い息が吐かれて、体温はどんどん上昇する



チャンミンの事が知りたい
本当は勤勉では無くて部屋で自らを慰める男を
許嫁を愛しているのだと言いながら俺に抱かれる男の事を
本心を漏らそうとしないし俺に乱暴な口をきく
それなのに、抱き合って繋がりを深めていくと甘い声で俺の名前を呼ぶ男の事を



「チャンミン…知りたいんだ」

「…僕の事を?それなら…っん…ユンホが見つけてよ
何も考えられないくらいにしてくれれば……」



腰に長い脚が絡み付いてぐっと力が込められる
繋がりはまた深くなって、奥に持っていかれそうになる
チャンミンの本心を見つける事が出来れば、本当の俺も見つかるのだろうか



自分なんて、自我なんて持ってはいけないと思い生きてきた
俺は未来の領主で、俺の肩には多くの民の人生が、生活がかかっているから
だけど、チャンミンの事が知りたいし彼に触れていたい
それは確かに俺の意思で、その理由が分かれば、立場はあっても自分が無い、そんな空虚な自分の事も少し分かりそうな気がするから














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