人数合わせだって事くらい分かっている
だって、僕にとっての学生生活は華のあるものでは無かったから



「シム!久しぶりだな」

「…あ、うん」



それでも、僕なんかを覚えていてくれるひとが居た事にほっとしたし、僕もそろそろ適齢期ってやつ…
いや、そろそろ、では無くて充分、だから何か良い出会いが有ればと思ったのだ



「俺の事覚えてる?」

「うん、でもあまり話した事は無かったよね」

「そうそう、でも昔よりシムは雰囲気が柔らかくなった気がする
たまに大学仲間で集まったら、けっこうお前の話になってたんだぜ?」

「僕の?そうなんだ…」



久しぶりに再開した同級生は会わなかった約10年なんて無かったかのように笑う
いつも誰とも群れずに過ごしていたから、何だか不思議だ
だけど、『僕のどんな話で?』なんて聞いたら、きっとその質問を後悔してしまいそうだから聞く事は止めた



「そうそう、シムっていつも前髪を伸ばして下ろしてたから…
そうしていると何だか印象が変わるよ」

「…そうかな」



本当は今直ぐに隠してしまいたい
10年以上前の『あんな言葉』に囚われている自分が馬鹿みたいだって分かっている
けれども、突き刺さった言葉は小さな棘のように刺さって未だに抜けない

結婚式だから、いつも伸ばして目の上ぎりぎりまで隠している前髪を上げて来た
だけど、本当ならば早くこんな顔を覆ってしまいたい
そんな事をしているから出会いもなかなか無いし、有っても恋に発展しないんだって事くらい分かっているのに
やはり、あの言葉は僕のなかの抜けない棘なんだ



気まぐれに声を掛けて来た元同級生も、僕の反応が薄かったからか直ぐに離れて行った
気付けば10年以上前と同じで 、僕だけがひとり
周りは何だか僕に距離が有る気がして…
なんて、そんなの被害妄想だって分かっている
僕だって棘のような言葉が気になって、自分から他人に近付けないのだから


 
「とにかく、今日は出会いに繋がるような…
いや、出会いを見つけるんだ」



大学時代の、殆ど話した事も無い同級生からの結婚式への参列の誘い
迷ったし、そもそも人数合わせだって分かっているけれど出席したのは自分を変えたかったから
僕を縛る言葉の呪縛から逃れたかったから



「…何だか完全に場違いだな」



もう32だし、結婚式には流石に出席した事が有る
けれども、それだって仕事の付き合いで披露宴に出席した事が有るくらい
そして、ホテルウェディングだったから、こんな風に雰囲気の良い専用結婚式場で、なんて初めて

場所や雰囲気を事前に調べてタキシードを選んだから、何とか浮かずには済んでいると思う
僕は新郎側の友人…では無くてただの同級生
だけど、新婦側の友人だって沢山居るのだから、チャンスはこれからだ

なんて、自分を鼓舞して…
けれども気合いを入れたら時間より幾分か早く到着してしまって、結婚式開始には時間がまだ有りそう
広い控え室に居ても、僕だけが何だかひとりで居る事が居た堪れなくて外へと出た



「…ここ、出ても良いのかな」



少し廊下を歩いたら、中庭に出られる扉を見つけた

『ご自由にご利用ください』
そう書いてあるから、問題無さそうだと判断した



「…うわ…凄い」



磨り硝子の扉からではなかの様子があまり分からなかったんだけど、足を踏み入れみたらそこは綺麗に作られた庭だった

生花と、それからドライフラワーが入り混じっている
何だか別世界に来たみたい
そして、何よりも…
普段あまり見る事の無い青い花が多くて、吸い込まれてしまいそうな美しさを感じた



「……」



辺りを見渡してみたけれど、誰も居ない
こんな綺麗な場所、見つかれば皆の写真スポットになりそう
けれども、控え室からもチャペルからも少し離れていたから、意外と知られていないのかもしれない



「なんて、皆友人や知り合いと一緒だから、わざわざ控え室を出て行くのなんて僕くらいだよね…」



少しの寂しさも有るけれど、ひとりは気楽
それに、こんな綺麗な景色を独り占め出来るなんて、何だか得したような気分

タキシードスーツのスラックスからスマートフォンを取り出して、カメラアプリを起動する
ゆっくり辺りを見渡して、それから青い花に向かって向けて写真を撮った



「…一眼持って来れば良かった」


 
なんて思ったけれど、友人も居ないのに本格的なカメラを持って来て写したって虚しいだけ
でも、こんな景色なら幾らでも残しておきたい

スマートフォンのなかを覗き込んで、何度も何度も撮影した
それから、誰も居ないなら、と思って動画を撮影し始めた



「……」



作られた空間とは言え無機質では無くてあたたかみが有る
青い世界は何だか落ち着いて、そして見ていると思わず感嘆の声が出てしまいそうになる
それを必死に堪えて、口を噤んでスマートフォンをゆっくりと動かしながら奥へ奥へと歩いていたら…



「………っうわっ!」



思わず大きな声を出してしまった



「…驚いた」

「あ、すみません、誰も居ないと思って…失礼します」



そう、誰も居ない筈の僕だけの空間だったのに、奥に座っていたのは男の姿
スマートフォンのなかを覗き込んで、少しずつ左右に動かしながら撮影していたから、気が付いたら直ぐ目の前に居て驚いた



一瞬、花に囲まれたその男があまりにも美形だから、何か幻だったり…
ひとでは無い何か、なのかと思ってしまった
けれども、勿論そんな訳は無さそうで、僕と同じように黒のタキシードを着ているから招待客なのだろう



慌てて動画の撮影を停止して、それから頭を下げて後ろに向き直った
折角良い場所を見付けたと思ったけれど、先客が居たなら仕方無い

まだ式の開始には時間が有るけれど、控え室に戻って名前も顔も殆ど覚えいない同級生だったりに話し掛けられるのも疲れそうだから、何処かで時間を潰そうと肩を落とした



「待って!」

「…え……っあっ…!」



別に運動神経が特別悪い訳では無い
だけど、急に後ろから腕を掴まれたからよろけてしまって…



「…痛…っ…」

「大丈夫か?悪い、急に引っ張って…」

「え……っわぁっ!ごめんなさい!」



よろけた瞬間、抱き留められたような気がした
そのまま世界はくるりと回って、どすん、と落ちた
衝撃に「痛い」と言ってしまったけれど、本当は痛く無い
どころか、多分痛いのはこの男



「あの、退くので離してください…」

「駄目、折角捕まえたんだから」

「え…っちょっ!」



どうやら、男が座っていたのはソファベッド
そして、男に引き寄せられた僕は、後ろ向きにソファベッドに倒れた男の上に乗って腰を抱き寄せられて…
まるで、キスしてしまいそうなくらい間近に精悍な男の顔



「離せよ、もう!何で僕を掴んだんだよ!」



男を見下ろす形になっているんだけど、どんどん腰を引き寄せられるから右側に顔を背けた

男とキス、なんて勿論する訳は無い
だから…それよりも嫌だったのは、男の顔が僕の理想のように精悍で、そして男らしかったから
理想、というのは勿論、男を好きだという事では無くて、僕自身がそうなりたいという事だ

だって、昔から気にしていたんだ
童顔で、そして男らしく無い顔立ちだと言われる事を
それなのに、気にしていたのに大学生の時にあの男は僕に…



「…シムチャンミンだろ?直ぐに分かったよ
今日、シムも来るって聞いていたから会えるのを楽しみにしていて…でも、ここでこんな風に会えるなんて運命だ」

「は…何で僕の名前…」
 
  

顔を背けて身を捩っても、細く見えるのにがっしりしている男の腕から逃れる事が出来ない



「あんまり暴れたら折角可愛くセットした髪の毛が乱れるよ」



その声に、その言葉に漸く気が付いた
いや、もう忘れてしまいたかったのに
掛けられた言葉の数々は忘れられないけれども、その存在は長い時間を掛けてやっと僕の記憶から無くす事が出来たのに…



「…チョン…先輩…」

「覚えていてくれたの?嬉しいな
チャンミンにまた会えて嬉しいよ」



まるで自分の物だ、と言うように僕の腰を抱き寄せる
それは、あの悪夢のような大学時代から変わっていない

オールバックに固めた前髪なんて可愛い訳が無いのに、まるで女の子を褒めるような言葉を僕に掛ける
同じ髪型なのに、この男は信じられないくらい似合っていて、同じ男として虚しくなる



「あの頃も凄く可愛かったけど、今のチャンミンも可愛い
やっぱりチャンミンが一番だ」

「……」



僕はれっきとした男だ
あまり活動的では無いし人見知りだし…
友人が少ないのは、だから仕方が無いと思っている

けれども、大学時代、僕が何よりも不快だったのはこの男
誰よりも目立っていて、男らしくて、女の子達にもモテていて…
それなのに、いつも僕に
『一番可愛い』
『女の子より好み』
『俺の彼女になったら良いのに』
そんな、有り得ない言葉を掛けて揶揄い馬鹿にして来た先輩

その所為で僕は余計に孤立した
チョン先輩が卒業した後はやっと自由になれると思ったのに、周りには『チョン先輩の彼女』なんて言われて…
結局、大学時代に親しい友達を作る事も、女の子と親しくする事も出来なかった



「先輩の所為で僕がどれだけ…!」

「どれだけ?怒ってるの?そんな顔も可愛い」



ああもう、怒りたいのにこれだ
いつもこのひとのペースに掻き乱される
卒業してもずっと、先輩の
『可愛い』
が僕の頭にこびりついて、先輩が僕に微笑む顔が脳裏に焼き付いて…
それなのに、先輩は僕が卒業した頃に彼女が出来たのだと噂で聞いた



振り回されて、やっと忘れたのにまた再会して…
こんな出会いが欲しかったんじゃあ無いのに

















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突発SSです
アルバムジャケットのホミンちゃんがあまりにも素晴らしすぎて…