大切な仕事のパートナーで弟のような存在であるチャンミン
彼の身体が大きく変わって、そしてそれを目の当たりにして…
いや、そんなのは自分のした事から目を背けているだけだ
実際は、オメガになってしまったチャンミンのフェロモンに我慢が出来ずに本能のまま彼を何度も抱いた日…
から、一週間が過ぎた



信じられない事実を身をもって知った翌日、彼の通院に着いて行った
前夜、チャンミンを抱いている最中に
『オメガになったんです』
そう言われた
いや、それを聞く前から本能でチャンミンがオメガなのだと思っていた
だけど、医師から確かにそうであるのだと…
とても珍しいけれど、チャンミンが大多数の一般人であるベータからオメガに突然変異したのだと聞くと、事実がずしりと重たくのしかかった



それでも、医師は、割合で言えば世の中の10人にひとりが男女どちらかのオメガである
だから決して珍しい訳では無いと言った
突然訪れて俺達のようなアルファを誘うフェロモンを発してオメガ自身も妊娠する為に発情する期間、つまりヒートに以前のオメガ達は悩まされて日常生活に支障を来たしてきた
けれども今ではヒートを人工的に抑える『抑制剤』が良く作用して、更に妊娠が可能になるヒート期に望まぬ妊娠を避ける為のピルも有る
だから、以前は特に生き辛いとされていた男性のオメガも、今ではベータのなかに混じって、ベータ達と変わらずに普通の生活を送っている、だから問題は無いと言われた



アルファ、ベータ、オメガは皆同じ人間だ
見た目でも分からない…
と言いたいところだけど、アルファに関しては外見も、知能や体力も他の人々よりも優れていると言われている
だから、芸能界やスポーツの世界、企業のトップや政治家にもアルファが多い
その事からアルファ信仰、なんて言葉も一昔前迄は当たり前のようにあった

ベータは所謂昔から居る普通の人間
と言うか、ある時にベータの一部が突然変異を起こしてアルファとオメガに分類されたらしい
普通、だけれど普通だと言う事は特別な事にも大きく影響を受けないという事
つまり…
アルファは人々を従わせるような圧力を無意識に出している事もあるらしいけれど、それにあまり左右されない
それでも以前はアルファに恐れをなすベータも多かったらしいけれど、最近は人類は皆平等だ、という考えが根付いて来た

とは言っても、結局社会の上位にアルファが居るからベータ達の本当の胸中なんて…
アルファの俺には分からない事がもどかしい

オメガは、ヒートの時に特にアルファに作用するフェロモンを放出する
だから、アルファ、ベータ、オメガという二次性の歴史はアルファとオメガの歴史でもあるのだと思う
人間に備え付けられた種の保存という使命
オメガはその為にフェロモンで、優秀な遺伝子を持つアルファを誘う
そこに感情は必要無く、ヒートによって結ばれたり…  
番、という解ける事の無い契約を結ぶ事で夫婦になり家族になり、そうして人類は今日まで絶える事無くこの地球で生き抜いて来た



男であっても出産が可能なオメガは、以前は無作為にアルファや、時にベータを誘惑するから、と疎まれたり蔑まれる事もあったらしい
けれども、今は薬が進化した事や少しずつ二次性についての研究が進んで来た事で、オメガを実際に目にした事の無い人々も彼らに対して差別意識を持つ事は少なくなったと言う

むしろ、人類の二割しか居なくて珍しいと言われるアルファよりも少なく約一割しか存在しないオメガはドラマや映画、漫画の世界で持て囃される存在でもある



だから…俺だって、最低限のそれくらいの知識しか無かった  
単純に10人にひとりが男女のオメガであるならば、学生時代にベータだと思って接していたなかにもオメガは何人も居たのだろう
それでも、少なくとも俺も、周りのベータもアルファからも
『あいつはオメガだった』
なんて聞いた事は無いから、確かに薬や知識が積み重ねられてオメガにとって生きやすい世の中になったのだろうと思う



だけど、それは結局、俺が部外者だったからそんな風に呑気に思っていたのだと思い知らされた
誰よりも隣に居て良く知っている男
元々線が細く中性的でもあったけれど、25になって最近はめっきり男らしくなって頼もしくなったと思っていた

そんなチャンミンのフェロモンが…
チャンミンなのに、まるで知らない誰かのようだった
そして、俺は全く抗う事なんて出来ずに獣のようにチャンミンを抱いた
例えばフェロモンによって急に恋をした、だとか感情に変化があった訳では無い
そうで有ればどんなにか良かっただろうと思う

感情なんて何も無く、ただフェロモンに惹き付けられて抗えなかっただけ 
それなのに…
結果、チャンミンに妊娠という不安を与えてしまった



『念の為調べただけで…大丈夫ですよ』
あの日チャンミンと処置室に消えた後、医師は言った
確かにチャンミンは妊娠しておらず、それを聞いた時にどっと全身の力が抜けた

けれどもそれ以上に…
俺の元に帰って来たチャンミンは少し消沈していて精神的に疲れているように見えた
そんなの当たり前だ
男に生まれて…普通であるベータに生まれて、25年経って妊娠する身体になってしまったなんて… 
しかも、家族のような俺と、なんて
彼にとっては消したい過去になってしまった筈



そんな風に、この一週間ずっとぐるぐると考えている
チャンミンをヒョンとして守りたい気持ちは何も変わっていない
けれども、それをこれ迄通り出してしまったら…
もしかしたら『身体を狙われている』なんて怯えられるかもしれない
いっそ、例えば抱いた事で俺の気持ちが変化して、チャンミンに恋愛感情を抱く事が出来たなら『守る』と強く言えた
だけど、ずっと傍に居たのに今更そんな気持ちにもならない
だって、あの夜は不可抗力だったのだ



「…なんて、最低だな」



目の前の机に両肘をついて頭を抱えた



医師は、俺とチャンミンが関係を持った事は気付いていたと思う
けれどもそんな事を追求をれる事は無かった
ただ、現時点で俺だけが、あの医師以外でチャンミンの『新しい二次性』を知っている人間だから…
チャンミンが秘密を守る事が出来るように、変わらずベータとして過ごせるように協力を、と進言された



「守りたいよ、ちゃんと…俺はヒョンだから」



恋愛感情なんて無い
だって仕事のパートナーだ
チャンミンに彼女が出来た時だって自分の事のように嬉しかったし幸せになって欲しいと思っていた

チャンミンを抱いた後も、確かにそれは変わらないのだ
それなのに、そんな感情とは裏腹に未だにあの夜のチャンミンの身体や熱が忘れられない
女性とは違う、低く掠れて甘い声や男らしいと思っていたのに抱いてみたら薄くて絶妙な曲線を描く身体も
俺を、俺が知るどんな女性よりも…
確かに愛した事のある元彼女だったり、よりも熱く包んで来た粘膜も



「…あと少し…時間が経てば忘れられるよな…」



医師は、突然変異の場合抑制剤を服用していても二次性が変わった直後はヒートが安定せずに訪れる事がある、と話していた
だから、いつまたチャンミンにヒートが訪れるか分からない
もしもそれが仕事中で有れば…
そう思うと恐ろしいし、俺はその時にチャンミンを守らなければならない
だけど、それを想定して備えようと思う以上に、あの夜の事が頭を占める
 
だから、いっそ恋で有ればどれだけチャンミンに頭のなかが占拠されたって良いし…
もしもまたヒートが来て、彼を求めても『理由』になるのに
そんな事を思った



「ユノヒョン?入ります」

「…っあ、ああ…」



後ろから聞き慣れた声が聞こえて、そして俺の返事と同時に扉がノックされた
直ぐに扉は開いて、マネージャーとチャンミンが入って来た



「お待たせしました
すみません、僕の方が長引いてしまって…
あれ、ユノヒョン顔色があまり…疲れましたか?」



俺は先に終わってこの控え室で休んでいたのだけど… 
秋に発売する雑誌の撮影を行っていたから、衣装のニット姿のチャンミンは暑そうに裾をはためかせて仰ぎながら俺に近付いて来る

今迄と変わる事無く、当たり前に俺の真横までやって来て顔を覗き込む
大きな瞳に俺が写るのまで分かって思わず顔を引いてしまった



「いや、大丈夫だよ
今さっきまでうたた寝していたから…そう見えるだけじゃないか?」

「ユノがうたた寝なんて珍しいな 
最近毎日男連中の誘いを断らずに食事に出てるんだって?
面倒見が良いのはユノの良いところだけど、それで自分が疲れたら元も子も無いよ」



マネージャーもチャンミンの隣から俺を覗き込んで心配そうな顔
そんなに疲れた顔でもしているのだろうか
だけど、体調は問題無いし、今日の撮影も、それ以外の仕事だって順調だから疲れている訳でも無い 
思い当たる事と言えば、チャンミンの事を考えていた事くらい



「マネージャーもチャンミナも心配性ですね 
本当に寝ていただけで…
それも、この部屋の温度が快適だったからです
男だけで集まるのは楽しいし息抜きになるから良いんですよ」

「まあ、ユノがそう言うなら
あ、俺はちょっと挨拶に行って来るよ
チャンミンは着替えて出る準備をしておいてくれ」



そう言うと、マネージャーは慌ただしく控え室を出て行った
俺はもう着替えたし、特にする事も無い 
以前ならこんな時、どちらからとも無く会話が始まって… 
いや、大体が俺からなのだけど
そうして、ふたりきりの空間はそれなりに居心地の良いものだった

だけど、今は何だか…  
あの夜のように甘い匂いが漂って来そうで怖い

スマホを取り出して溜まっていた友人達からのカトクに目を通して、意識をチャンミンから避けるようにした



「撮影だと思うと大丈夫なのに…」

「え…」



俺が避けようとすると、チャンミンから話し掛けて来るから一瞬声が上擦ってしまった
顔を上げて前を向いたら、鏡越しにニットを脱いでいるチャンミンの白い肌が見えた
裸なんて見慣れているのに、見てはいけないものを見てしまったような気分だ



「撮影が終わると一気に暑くなります
でも、そのうちに秋になりますね」

「ああ…外で今ニットなんて着ていたらどうかしたのかって思われそうだな」



チャンミンは上半身に何も身に付けないままぱたぱたと手で仰いでいる
一週間前に俺がつけてしまった痕はもう消えて、まるで何事も無かったかのようだ
だけど、確かに俺は…  
この身体の、もっと奥の奥まで知ってしまった



「幾ら暑いからって、エアコンも効いているんだから…
早く着替えないと身体を冷やすぞ」



前を向いたまま、チャンミンに背を向けてそう言って、もう一度スマホに視線を落とした 
友人達からのカトクは何気無い日常の会話
こんな面白い事があった、とかこの日に食事に行こう、とか…
返事を返そうと思うのに、そんな簡単な事にも直ぐに返事が出来ないくらい集中出来ない



顔を上げたら、鏡を見たらチャンミンの裸を見てしまう
そう思うとどうしたら良いか分からないのだ
だからもう、兎に角スマホを見ている振りでチャンミンの着替えを待とうと思った
それなのに… 



「ユノヒョン、あの…」

「…っ…!」

「…驚き過ぎじゃないですか?ちょっと傷付きます」



直ぐ後ろから声を掛けられてびくりと震えた
それから振り向いたら、相変わらずチャンミンは上半身裸のまま
薄いけれど鍛えられた筋肉に覆われた身体は、まだ決して男らしいとは言えないけれど、当たり前に男だ

いや、オメガだって妊娠出来るだけで男で…
俺は何を考えているのだろう



「悪い、まだその…寝起きでぼうっとしていたんだ」



一度だけ振り返ってチャンミンの向こう側を見て、それからまた直ぐに前を向いた
見てしまうと余計に思い出してしまうから
チャンミンに『そんな目』で見ているなんて思われたく無いから
だけど、彼もそんな俺の気まずさに気付いていたのだろう



「ユノヒョン、あの…
今迄通り普通にしてください
僕は、ヒョンに傷付けられた、とか何も思っていないです
むしろ…この間も言いましたが、巻き込んで申し訳無いと思っていて
僕は薬のお陰で何も不自由していません
また彼女も作ろうって思っているし…」

「彼女…そうか…」

「そこは、『彼女よりもまずは仕事をしっかりする事』ですよね?ユノヒョンがいつもと違うと僕まで調子が狂うから…
あれは事故です
確かにヒョンにはこれから…僕の事がばれないように協力してもらう事もあると思います
でも、あの夜の事は気にしないでください、悪いのは僕だから」



椅子に座る俺を覗き込んでそう言うと、後はもう、背中を向けて着替え出した
二メートルくらい離れたのを確認して、顔を上げて鏡越しにチャンミンを見た
そうしたら、彼の背中が以前よりも…
少しだけ小さくなったように見えた
そして…


 
「そう言えば…」

「どうした?」



Tシャツを着たチャンミンがこちらを向いたから、やっと鏡越しに顔を見る事が出来た
チャンミンは困ったように首を傾げてから、顎を右手で撫ぜた



「髭が少しだけ薄くなったみたいで…
これが『あの』所為なら悔しいなあって
でも、アイドルは濃いのは良くないとも最近言われるので…
丁度良かったのかもしれませんね」

「チャンミナ…そんな事…」



無いし、チャンミンは変わらない
そう言いたかった
だけど、確かにチャンミンはほんの少し変わった
髭が薄くなって、最近やっと男らしくなって来たのに…
何だか纏う雰囲気が変わった
それは、近くに居る俺だから分かる程度で、他の誰かがチャンミンにそんな事を話しているのはこの一週間聞いていない

だけど、やはり彼本人は分かっているのだ



「そんな事有るんですよね…
でもまあ、女性にも髭の男はあまり好評じゃ無いと聞くので…
前向きに考えます」



チャンミンはそう言って朗らかに笑った

アルファの俺はあの夜からずっと悩んでいる 
だけど、ベータからオメガになったチャンミンは俺の何倍も強い



俺だけがあの夜から進めずに居るようで、俺だけが理性では無く本能に踊らされているようで…


 
「俺もいっそ…オメガだったら良かったのにな…」



思わずそんな事を呟いた
けれどもその瞬間、視線を感じて顔を上げたら…



「……っあ、…ごめん…」

「謝るくらいなら…せめて僕の前で言わないでください
オメガになんて…ならないと気持ちは分かりません」

 

チャンミンの強い視線、強く握られた拳
雰囲気が柔らかくなったと思ったけれど、やはりチャンミンは当たり前に男だ
そして、怒りを孕んだような瞳に、俺は彼の強さとそして… 
自分の愚かさを恥じた



『薬が有るから不自由していない』
『悪いのは僕だし巻き込んで申し訳無い』
そんな風に語っていたチャンミン
だけど…
『前向きに考えます』
それがきっとチャンミンの本音
必死に己に降り掛かった…
彼のこれまでの男性としての人生を覆すような運命に抗おうとしているのだと分かった



俺が、チャンミンの身体を、あの夜を忘れたいと思うのとは大違いだ
どうしてこんなに情けない俺はアルファになんて生まれてしまったのだろう
せめてベータであれば、チャンミンを傷付けずに済んだのに
















ランキングに参加しています
お話のやる気スイッチになるので
足跡と応援のぽちっをお願いします
        ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村