チャンミンが倒れて、そしてそのまま入院してから10日
俺の『計画』が終わって、チャンミンが処方されたまま飲まずに隠し持っていた多量の薬を飲んだあの日から、5日が経った



仕事に関しては周りのスタッフの方達が調整をしてくれて、俺ひとりで出来るものを進めている
新たな仕事を入れたり、そして俺ひとりに負担がいかないように、と配慮されている
それは勿論優しさでも有るし…
俺達は商品だから、ふたり共が使えなくなったら困る、という部分も大いにあるのだろう
そのお陰で仕事に忙殺される事は無い
チャンミンが隣に居ない事がストレスでは有るけれど



いつだってずっと、当たり前に隣に居たチャンミンが居ない
そんな事は想像すらした事が無くて…
仕事中にチャンミンの意見を聞きたくて振り返っても、右側を見ても、そこにチャンミンは居ない
まるで世界に自分ひとりしか居ないような、そんな有り得ない錯覚に陥ってしまう



俺の半身で、俺の全て
愛しているだなんて、言葉にしたら陳腐かもしれない
けれども、それ以上に伝える術が無いんだ
チャンミンが居ない世界なんて、俺にとってはまるで意味の無いものなのだと、失うかもしれない危機を迎えてはっきりと自覚した



「こんなに嵌るだなんて、出会った頃は思ってもみなかったよ」



仕事を終えてチャンミンの病室へと向かう特別棟の暗い廊下を歩きながら呟いた
今はもう、これから会える…
チャンミンと過ごす時間が一日のなかで唯一俺の心が動く時間

仕事も順調に進んで…
と言うか、少しでも早く会いに行く為に早く、けれどもしっかりと終わらせたからまだ時刻は夜の10時
白い扉の前に立って左手でこんこん、とノックをした
いつもおきていても返事は無くて…
それはやはり、片耳が不自由になってしまっているからなのだろう

それでも、聞こえないからとノックをしない、なんて事はしたくないから、一瞬待ってからそっと扉を押し開けた



ベッドに向かって歩むと、仰向けに横になっていたチャンミンがゆっくりとこちらを向いた
それだけで疲れなんて全て飛んで行ってしまう



「今日は体調はどう?」

「少し寝不足かもしれないですが…ユノヒョンが来てくれたから、もう大丈夫です」



薬の多量摂取から目を覚まして直ぐは、感情を無くしてしまったように虚ろな瞳で俺を見ていた
でも今は、俺を見ると瞳に光が宿るし微笑んでくれる
それだけで安堵出来るし、愛するひとに求められているのだと、そう思う事が出来る



「チャンミナには俺がついているから、何も心配しなくて良い」

「本当に?どこにも行きませんか?」



ベッドサイドの椅子に腰掛けた
柔らかくて、横になる時間が長いからだろうか
普段よりも癖づいた髪の毛を指で梳いたら、まるで悪戯をするこどものように俺のシャツの裾を引っ張った



「あはは、どうしたの?」



尋ねたら、今度は蠱惑的な瞳で上目遣い
そして、俯いてから、か細い声で言った



「僕の事を…愛してくれていますか?」

「…当たり前だ
チャンミナが居ればそれで良い
何度でも言うよ、お前を愛してるんだって」



チャンミンは身体の繋がりを求めるだけでなく、以前よりも言葉を欲しがるようになった
俺の言葉を聞くと、ふっと息を吐いて、まるで花が綻ぶように微笑む
それから安心したように瞳を伏せて噛み締めるようにじっとする
気持ちを伝えていないとまるで不安なのだと言うように、俺に縋る



「お願いだから…もう俺の前から居なくならないでくれ…」



ベッドから出た、俺のシャツを掴む白い手を逆に掴んで離して、そのまま両手で包み込んだ
何度愛を囁いても、その時だけは安心したように微笑むのに…
その笑顔は直ぐに、まるで砂嵐に攫われるように一瞬で消えてしまう



笑顔は見られるし、俺を求めてくれるようになったチャンミン
けれどもやはり不安定で、また失ったらという恐怖が俺を襲う
チャンミンの手は確かにあたたかい
呼吸も落ち着いていて…
だから、唾を飲み込んでから口を開いた



「どうして、あんな事をした…?」



聞きたくて、知りたくて、けれども聞けなかった5日前の事
左耳だって治療中で完治の可能性は100%だとは言われていない
心の傷も身体の傷も癒えていないであろう今、尋ねる事は禁忌なのかもしれない
でも、もしも俺が聞いた事でまた不安定になったとしても、今度こそチャンミンの闇も苦しみも、全て俺が…
俺だけが一緒に背負いたいんだ



「話せるだけでも良い、教えて欲しいよ」



逃げられないように、怖がらせないように
優しく、けれどもしっかりと手を握った
逸らされるかと思った瞳は、けれどもしっかりと俺を捉えていて…



「さあ、どうしてでしょう…」

「チャンミナ…」

「聞きたいですか?
でも、きっと…あなたには抱えきれません」



真っ直ぐで透明な、またしても感情を無くしたような瞳
俺には背負わせてくれないのだろうか
俺達はふたりでひとつだと、そう思っているのは俺だけなのだろうか



「俺は…何だって出来るよ
あの女の事だってお前が望むのなら…
あんな女、そもそもどうなっても良いと思っているんだから」

「ユノヒョン…」



握る手に思わず力が入ったからだろうか
今にも泣き出しそうにチャンミンの顔が歪む
眉が寄せられて…
ああ違うか、チャンミンはこんな思いを抱く俺を恐れているのかもしれない
でも、それだって全てはチャンミンを思うが故の事
だから…



「どんなチャンミンだって…
どんな辛い思いも、苦しみも全部俺が抱える、そう誓うよ」



両手でチャンミンの右手を握ったまま祈る形に手を組んだ
自分自身を終わらせてしまおうとまでしたチャンミンの闇はどこまでも深いのかもしれない
けれども、ただお前だけを想う俺の気持ちも…
いつの間にかこんなにも膨らんで、底なし沼のように俺自身を飲み込んでいく
こんなにも幸福で、そして…
こんなにも甘美な想いはきっともう、他の誰に抱く事も無いだろうし、チャンミンにしか向かう事は無い



もしもチャンミンがこんな俺の気持ちを知ったなら、俺の手のなかから逃げてしまうかもしれない
だから、これは俺だけが抱える事の出来る想い



だけど、チャンミンの抱えるものは別だ
全て、ひとつ残らずに俺のものにしてしまいたい
優しく愛して、全てを受け入れて赦したい
そうすればもう、俺のもとから居なくならないだろうから



「俺が抱え切れない、だなんて…
そんな事有ると思うか?」



少し挑発的に言ってしまったけれど、これくらいの方がチャンミンも安心するだろう
じっと見つめてから、今度は怖がらせないように殊更優しく見つめた
チャンミンは逡巡するように視線を泳がせて、それから薄く唇を開いて小さく息を吸った



「どうして僕があんな事をしたか、を話しても……
僕から離れて行きませんか?」

「誓うよ、ずっと傍に居る」



以前よりも血管が浮き出て、点滴の針の痕が幾つも残る手の甲に、
誓いの意味を込めてそうっと口付けた
チャンミンは一瞬、びくりと震えてから、手の力を抜いた



「……ユノヒョン…
僕は…ミヨンに従って応じる事で、あなたとミヨンの写真が出回りスキャンダルになってしまう事を防げると…
あなたを守れるのだと思いました」

「うん…チャンミナは俺を守ってくれたよ
それに、あの女にそうやって言われたんだろう?」



『応じる』のはつまり、呼び出されるままにあの…
若いボーイに身体を差し出し好きにさせていたという事
考えるだけで奥歯がぎりぎりと軋む程怒りが湧き上がる
それでも必死に堪えてチャンミンを見つめたら、彼はゆっくりと上半身を起こした



「違う…結局僕は中途半端でした
ユノヒョンに迷惑を掛けたくなんて無かったのに、ミヨンの考えも行動も知られてはいけなかったのに、あなたに知れてしまって…」



そう言うとチャンミンは首を小さく横に振った

違う、そもそも俺が不特定多数の女と遊んで、抱いて来たからだ
恋も愛も必要無いと思い信じて来なかったから、だから罰が下ったのだ
更に、その罰は俺自身では無くて、俺が愛したひとに降り掛かる事になってしまった
そう思うと成程、俺が何に一番苦しめられるかを神様はしっかり分かっているのだと思えた

チャンミンはきっと、俺の被害者だ
それを申し訳無く思う
けれども、それでこの病室に閉じ込めて俺だけを縋らせる事が出来るならそれで良い
そうして俺だけをもっともっと求めてくれれば良い
なんて…こんな事を思っていたら、また罰を受けてしまうだろうか
次に罰が下るならば、チャンミンでは無くて俺に向けてくれれば良い


 
「チャンミナ…」



あたたかい手を離してそうっと背中を抱き締めた
びく、と震えるけれど抵抗される事は無い
怯える必要なんて無いから全て俺に預けて欲しい

ゆっくりと身体を離して見下ろしたら、チャンミンは長い睫毛を震わせながら下を向く
視線だけで今度は俺を…窺うように見て瞳を揺らす



「僕は…あなたを守る為と思って耐えてきた事が…まるで意味が無くなってしまったように感じたんです
それに、耳もこんな事になってしまって仕事も出来ない
その上ユノヒョンはここに来てくれなくなって…
もう、ひとりなんだと思ったら…っ…
情けない、ですよね…だからってあんな事をしてしまうなんて」



自嘲するように、吐き捨てるように語られたあの日の理由
チャンミンは『理由』を話したら俺が離れていくのではないか、そう言った
だけど…



「俺が来なくなってひとりになったから…
あんな事、をしたのか?」

「…だとしたら、呆れますか?」



下を向いて、ほんの少し左側の窓の方に背けられた顔
背中から肩に滑らせた右手で彼の左頬を包んでそうっとこちらを向かせた
俺が触れる度に小さく震える
そんな事さえ愛おしいだなんて、チャンミンは知らないのだろう



指を顎に向けて滑らせて、痩せても薬漬けになっても、変わらずに滑らかな肌の感触を味わう



「…ユノヒョン…あっ……んぅ…」



身を乗り出して、かさついた唇に己の唇を重ねた
押し当てて、そしてゆっくり離したら潤んでゆれる瞳が俺を捉えた



「なあ、チャンミナ」

「…はい」

「俺がそんな事で呆れると思う?
俺が来なかったから、なんて…
それだけ俺を必要としてくれている、そういう事だろ?」

「…改めて言葉にすると本当に情けないですね
嫌になりませんか?」



直ぐに視線を逸らして俺から逃れようとするから、両手で頬を包んだ
眉を下げて涙を滲ませておずおずと俺を見る
その顔にぞくぞくして、もっと見たくなる
チャンミンと居ると、自分は生きているのだと実感出来るような、そんな不思議な感覚



「愛してる、誰にも渡さないし俺がずっと傍に居る
だからこれからは…
例えチャンミナ自身でも、生きる事を諦めるだなんて許さない」

「…っあ……ユノ…っ…ふ…」



きつく抱き締めて首筋に顔を埋める
病院の匂い、科学的な匂いが外にも内にも染み付いてしまった
それでも、俺にとっては何よりも甘い匂いが確かにする



ここに居ればチャンミンはずっと俺だけを見て、俺を必要としてくれる
そんな、危うい思いを抱いてしまうんだ



ステージで隣り合って歌いたい、踊っていたい
ふたりで走り続けて、夢の先にある光景を一緒に見たい
けれども、そう、強く思うのと同じくらい…
ここでこのまま一生、誰にも見せる事無く、俺だけのものにして閉じ込めてしまえたら良いのにと思う
どちらも俺の本音で、後者はチャンミンには言えない



「愛しているよ、チャンミナ」

「…ユノヒョン、もっと…」

「チャンミナは?教えて欲しい」



確実に聞こえるように右の耳元に囁いた
けれども答えは無くて…



「……早く、もう…欲しい」



俺の言葉を求める
けれども、頑なに言葉をくれないチャンミン



それでも視線で、瞳で、身体全てで俺を求めてくれているのだと分かる
繋がった部分から、チャンミンがどれだけ俺を求めてくれているかが伝わって来るんだ



チャンミンの、彼だけの白くて広くて寂しい病室
ここは、俺達ふたりだけの甘い甘い『箱庭』なんだ












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