Side C







『気持ちを告げられたら冷める』

そう、悪びれる事も無く、さも当たり前だと言わんばかりに僕に話したユノヒョン
それを最初に聞いたのは、もういつだったか覚えていないし、多分何て事の無い会話のなかで出て来た言葉だった



そして、その言葉は僕の心の奥底に鉛のようにずしりと居座り続けていて、だからこそユノヒョンが望む
『誰とでも関係を持つ』
そんな人間を誰よりも好きなひとの前で演じて来た



だって、ユノヒョンを恋愛対象として見ている事に気付いたのはヒョンの考えを聞いた後だったから
つまり、僕は恋愛感情を自覚したと同時に報われる事は無いのだと、失恋をした



まるで、僕では無い誰かを演じながらユノヒョンに抱かれ続けた
他の女性を抱いている事を知っても、
『他の男にも抱いてもらえよ』
『チャンミナも遊んでるんだろ?』
だとか言われても好きな気持ちは一度足りとも消える事なんて無くて、身体だけの繋がりを持ち続けた



僕はきっと、とても往生際が悪いのだと思う
報われないと分かっていながらも飽きられないように、ユノヒョンの望む遊び慣れた僕を演じながら…
いつか、ヒョンの気持ちが僕に向いてくれる日が来るかもしれない
そんな、有り得ない夢を見ていた

もしもそんな有り得ない事が現実になれば、気持ちが叶って同じ想いを向けてもらえたならば、その時は封じ込めて来た気持ちを伝えよう
そう、勝手に思っていたんだ



けれどもユノヒョンを求めるあまり本当の自分が分からなくなっていった
心と身体は乖離して、身体では繋がれても心はどんどん臆病になるばかりで…

『チャンミナが好きだ』
そう、ずっとずっと夢に見て来た言葉を告げてもらえた時には、叶う筈が無い…それこそ『夢』だったから、信じる事が出来なくなってしまった
信じられない事は確実では無い
頑なになってしまった僕の心は怯えるばかりで、自分の気持ちを言葉にして伝える事すら出来なくなっていた



遊びで誰かと、なんて考えた事の無い
ユノヒョンを好きになってから自分を偽ってまで彼だけを見て来たのに
僕とは反対に遊び人だったユノヒョンは、僕の葛藤や苦しみなんて知る由も無いのだろう
僕に恋をしたのだと言って、他の女性と遊ぶ事も無くなった

そして、僕は、何だかまるでユノヒョンの居た場所に取り残されてしまったようで…
ユノヒョンのところまで落ちていった僕を裏切って真面目になったヒョンを振り回す事で、歪んだ気持ちを落ち着かせていた



それでも、時間が経てば歪んだ気持ちも穏やかになって、
『好きだ』
『愛している』
そう、僕に真っ直ぐ伝えてくれる気持ちを心から信じる事が出来る日が来る
そう思っていたのに、僕には自分を偽り続けて、ユノヒョンを振り回した罰が下ってしまったのかもしれない



このままもうずっと、ユノヒョンの前で演じて来た僕に本当になってしまって、そしてヒョンは自分を想ってくれる女性と幸せになる
それを一番近くで見る事が僕への罰
だけど、僕は苦しくたってユノヒョンが幸せになれるならそれで良いって最近はもう、毎晩のように自分に言い聞かせて来た



それなのに、弱った僕の元にユノヒョンはまたしてもやって来た

ひとりで帰ろうと思っていたのに、ユノヒョンはミヨンの腕を解いて僕を選んでくれた
本当は誰よりもユノヒョンに見られたく無かったのに、またしても抱かれた後の姿を見られて、それでも僕が好きで…
傷付く姿を見たくない、守りたい、だなんて言う



縋りたい
縋ってはいけない
だって、まだ僕の身体にはついさっき抱かれた男の匂いが残っているし、下半身は怠くて…
バーが面している通りは人通りも少なくて、偶に大通りから漏れて来る車のヘッドライトがユノヒョンの顔を照らしている



「ユノヒョン、ありがとうございます
何だか過保護ですが…
リーダーにそんな風に言ってもらえるなんて僕は幸せ者ですね」



『助けて』
そう言いそうになるのを堪えて、まるで手のかかる弟のような僕を演じてみせた
またこれで、ユノヒョンが傷付けば良い
そんな顔がもしも見られたら、僕の気持ちも少しはすっきりするかもしれない
なんて、僕は本当に悪い男だ

それなのに、ユノヒョンはこんな汚い僕から視線を逸らそうともしない



「他人行儀だよ
どうしてそんな…
離れていかないでくれ、お願いだから」

「…っ……」



バーの店内のように薄暗がりならば、表情なんて見えなければ良かったのに
何度も照らされるユノヒョンの表情があまりにも優しくて…
僕の狡さも汚さも全て受け入れてくれるんじゃあ無いか、なんて思ってしまった
そうなったらもう、理性で止める事は出来なくて…



「一度しか言いません
……ユノヒョン、あなたを、愛しています」



結局、抑えきれない、押し込め続けていた想いを口にしてしまった
今はユノヒョンの耳だって塞いでいないのに

こう言えば、想いを告げたらきっと、優しいユノヒョンは僕のこんな汚れた身体も癒してくれると思ったのかもしれない



これがもしもミヨンに知られたら、彼女の怒りを買ってユノヒョンの事を守れなくなるかもしれない
それなのに、僕は自分の気持ちを、自分が癒される事を優先させてしまった



強くなりたい
好きなひとを守りたい
傷付けたい訳じゃ無い
けれども身体は他の男に慣れていって、心は身体に耐え切れずに悲鳴を上げて、どうすれば良いのか分からなくなってしまった

結局、何を選んでも僕は貫く事すら出来ない



その後の事はもう頭が混乱してしまって…
嬉しそうな顔をしたユノヒョンを見て我に返った
焦りながら、
『僕達が関係持って世間に知られたら困るからお互い別の相手を探しましょう』
なんて言った

僕の言葉に動じないユノヒョンに腕を引かれ、大通りに連れられてタクシーに乗って…
結局、抵抗もせず嫌がる素振りも大して出来ないまま、ヒョンの部屋へと向かった














部屋に着いた途端キスされて、心も身体も震えた

求めてもらえる
そう喜ぶ自分

拒絶しなければならない
そう、警鐘を鳴らす自分

本気でヒョンを傷付けようと思えばどれだけでも…
言葉なら、態度なら、演じれば拒絶する事は出来た筈

それなのに、結局形ばかりの抵抗をして、愛するひとに優しくて抱き抱えられて浴室の脱衣場までやって来た



「チャンミナ、痩せたんじゃ無いか?
これじゃ軽過ぎるよ」



そう言うと困ったように眉を下げる
だって、何を食べたって美味しく無いんだ

ユノヒョンを裏切り続ける事
それが守る事だって思ったって、身体は慣れたつもりでも、本当はそうじゃ無いって事

遊び慣れた男でいるなら心配なんて掛けたらいけないのに、上手い言い訳ひとつ言葉に出来ない
僕は本当に、弱くて狡くて、最低だ



「ユノヒョン!自分で脱げるから…っ」

「駄目」

「シャワーを浴びるから…出て行ってください」



ぼんやり考えていたら、ユノヒョンが僕のダウンを脱がせようとするから慌ててその手を掴んだ
けれども、僕の反応なんて気にする事無く、簡単に脱がされていく
インナーごとニットも剥ぎ取られて、外気に身体がふるりと震えた



「なあ…チャンミナ」

「…ひっ…冷た…っ」



胸に添えられたのは、冷たい掌
見下ろして、初めて…
今日もこんなにも沢山の痕を付けられていたのかと気付いて吐き気がした



見られたくなんて無い
だけど、助けて欲しい
僕がただひとり愛する目の前の愛おしいひとに上書きしてもらえれば…
そんな事を思うなんて、僕はなんて狡くて悪い男なのだろう

そして、そんな悪い男を前にしてもユノヒョンは…
まるでひとが変わったようにどこまでも優しい



「言葉にはしなくたって、誰よりも仕事を大事にしてるって知ってるよ
だから…見られるかもしれないのに『こんなもの』をチャンミンが許す訳無いって分かるよ」

「……」



ゆっくりと手を持ち上げて、胸に添えられた手に重ねた



「どうして…駄目なのに…」

「チャンミナ?何が…」



拒んでくれなきゃいけない
そうじゃなきゃ、今の僕はもう、縋ってしまうから
それなのに、どうしてそんなに優しい顔で、優しい言葉を掛けるの?

僕はもう、あなたを、ユノヒョンを求めてはいけない
いっそ、こんな僕の事なんて嫌って欲しい
僕の身体に付いた痕を見ているのか、それとも僕の手を見ているのか…俯いているユノヒョンが顔を上げて、視線が絡んだ

ああ、もう駄目だ
今はもう、ひとりでは抱え切れない



「ユノヒョン…お願い…消してください…」



あなた以外からの痕跡なんて全て上書きして無くして欲しい
今だけにするから
今度こそ、ちゃんと突き放すから



「全部全部、こんなの…消してやるから
だから、チャンミナは俺だけを見ていれば良い」

「ユノ……んっ…」



伸ばした腕は受け止められた
ユノヒョンが性急にコートと、それからニットを脱いで、脱衣場で裸で求め合う

タオルで拭いただけの他の男に触れられた場所
それなのに、躊躇うこと無く唇が触れていく



「愛してる、好きだよ」



僕を癒すように優しく何度も囁かれた
その度に、喜びと…
それからこの先の、底なし沼のような恐怖が僕を襲う
ユノヒョンの幸せを一番近くで見る
それをいつか幸せだと思えるようになるのだろうか



「ユノヒョン、あなたが嫌いです
だから抱いてください…」



『愛しています』
そう、漸く伝えられた
だけど、残ったのは結局後悔や恐ろしさ
嫌いだと言うのも胸は痛むけれど、この言葉に…
今までして来たように『好き』を込めて音にしたら、少しばかりは自分が癒されるような気がした

本心はもう、胸の奥に閉じ込めてしまおう



「チャンミナ、愛してる…愛してるんだ」

「…っあ、ん…っユノ…」



ボトムスも下着も全て奪われて、大きな掌が僕の全てを覆っていく
深く口付けながら、縺れ合うようにして浴室のなかへと入った



「俺だけを見ていれば良い
チャンミナを抱いているのは俺だよ…忘れないで」

「ユノ…ユノでいっぱいにして、お願い…」



いつものように『嫌い』と言えば、心と身体の均衡が取れて、『嫌い』と言えば抱き合っている時にだけは甘える事が出来る



シャワーの湯を頭から浴びながら、隙間なんて無いくらいに抱き締める
激しく流れ落ちるシャワーに溺れそうになっているのか、それとも愛するひとに溺れているのか、どちらなのかも分からなくなる

息が出来ないくらいに、今だけは僕の全てがユノヒョンだけになれば良い



「好きだよ、チャンミナ…」



何度も何度も優しく、まるで幼いこどもに言い聞かせるように伝えてくれる
胸に沁みて幸せで、泣けるくらいに嬉しい
それなのに、僕達に『この先』なんて無い



「…嫌い…」

「うん…でも、俺は好きだよ」

「…っ…んぁ……っ」



もう、あなた以外に慣れてしまった
そう思っていたのに、触れられるとどこもかしこも驚くくらい敏感に反応してしまう
愛されたいって、身体中がそう叫んでいるみたいに



「ユノ…もう……欲しい」

「…っチャンミナ…」

「…っあ、…っん……ふっ、…」



嵐のように激しくされたいのに
痛みで良いのに
そうして全てを忘れてしまいたいのに

それなのに奥はゆっくりとユノヒョンで満たされて…
全てを暴かれてしまいそうで、幸せで怖くなる



「ユノっ…ん…」



あなたを、あなただけを愛しています

心のなかで、もう二度と伝えてはいけない想いを告げて、揺さぶられるままに身を任せた















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