Side C







身体全部がまるで鉛になってしまったよう
全身が、全てが怠いし身動ぎしようとすると鈍い痛みを感じた



「ん…」



ゆっくりと覚醒していく頭のなか
昨夜の記憶が段々とクリアになっていく
そうだ、僕は昨夜、ユノヒョンに…

記憶は有るし、身体はいつもの寝起きと違う、まるで自分のものでは無いような感覚
だから、きっと夢じゃ無い
だけど、確認しないと確証は持てないから、そうっと瞼を持ち上げた



「…っ…」



左隣に顔を向けたら、仕事中に仮眠する姿だったり、昔一緒に生活していた時だったり…
幾らでも見慣れている筈なのに、けれども初めて見るユノヒョンの寝顔があった



手に入れたかったひとを、身体だけだけど手に入れた 
いや…彼に支配されて、彼のものになれた
これで良いと思っていた
だから、幸せなのに…
けれども、胸が苦しい



手に入れた筈、それなのに、きっとこれ以上は手に入れる事の出来ない事実を突き付けられた
だって、ユノヒョンは
『気持ちを伝えられたら冷める』
そう、はっきりと告げたから
ヒョンが普段抱いているのは、選ばれた女性ばかりなのだろう
そんな、男からすれば隣に居るだけで自慢になるような女性が想いを告げても玉砕してしまうなら、そもそも男である僕に可能性なんて無い

身体の痛みなんて、それがユノヒョンを受け入れたものに拠るものであるのなら、幸せでしか無い
それよりも心の痛みが余りに大きくて、涙が滲んで来る



「…痛…っ」



隣で規則正しい寝息を立てるユノヒョン
彼を起こさないように、そうっと上半身を起こした
動かすと思ったよりも身体は軋む
けれども、それだって受け入れた…
ヒョンに確かに抱かれた証拠だから、消えないで欲しい



「…寒い…」



僕も、そして見た所布団を被っているユノヒョンも何も身に付けていない
昨夜抱き合ってそのまま、シャワーも浴びずに眠った事を思い出した



目を覚ます迄は何とも無かったのに、起きると、身動ぎすると、受け入れた場所が熱を孕んだように熱くて仕方無い
まだはっきりと覚えているユノヒョンの体温や熱さ、吐息や僕を見る瞳
それらを思い出すと奥がじくじくと疼く



「ユノ…」



抱かれている間だけ、まるで恋人を呼ぶようにユノヒョンの名前を呼んだ
もう朝だし、夢は醒めた
けれども、まだヒョンは眠っているから、吐息混じりに声にならない位小さな声で名前を口にした



本当の気持ちは伝えられない
だから、ヒョンへの気持ちを口にしない代わりに、名前に、僕の想いを込めたんだ



「…ん…」



小さな声は、声にもならない程の声は、耳には届いている訳が無い
それなのに、まるで僕の声に応えるように端正な眉がぴくりと動いて、閉じられた瞼の下で眼球が動いた
そうして、ゆっくりと瞼が持ち上げられた



「あ…ユノヒョン…」



一連のその動きはまるでスローモーションのように僕の目に焼き付いて、瞳を逸らす事も出来なかった



「ん…チャンミナ?おはよう」

「おはよう、ございます…」



瞼を手の甲で擦ってぼんやりと…
寝起きだから、いつもよりも幼く見える
整い過ぎた顔はともすれば冷たくも見えてしまうけれど、だからこそギャップにくらくらする

ユノヒョンが起きたら、軽蔑の視線を向けられるかもしれない
そうして、昨夜の出来事は夢のように消え去ってしまうかもしれない
そんな怖さもあったけれど、優しい笑顔はいつものユノヒョンだったから、ほっと胸を撫で下ろした



「朝食、用意しますね
トーストとサラダでも良いですか?…あっ…」



痛みなんて何も無い振りをして上体を完全に起こしたその時、何かが奥からとろりと溢れ出て、思わずふるりと震えた



「どうした?
ああ…まだ残ってたんだな
チャンミナがそのままで良いって言うから…」

「…っ…」



何でも無いのだと首を振って、右手を尻に当ててシーツを汚さないようにした
けれども、布団を僕の上から剥いだユノヒョンには直ぐに見つかってしまった
いつもよりも幼く見えた笑顔はふっと消えて、まるで夜に見たような笑顔を見せる

くすくすと悪い顔で笑うヒョンを見ても、確かに征服された悦びが、例え一夜でもヒョンのモノになれた喜びが勝るだなんて、僕はおかしいのかもしれない



「寝起きで忘れていて…少し驚いただけです」

「ふうん、ちゃんとシャワーで洗っておけよ」

「…ありがとうございます」



軋む体に、沈むベッドのスプリングは優しくない
負荷を掛けないように殊更ゆっくりと、そして余裕が有るように起き上がって、やっとの事でベッドから抜け出た



「…っふう…」



ベッドに横たわるユノヒョンには背中を向けているから、ゆっくりと息を吐いて鈍い痛みをやり過ごす
それから、ベッドの下に落ちていたシャツを掴んで羽織った



「先に、シャワーを浴びて来ます
朝食もそれから…直ぐに用意しますね」

「ああ、ゆっくりで良いよ
仕事まではまだ時間も有る」



夜の匂いを纏った男は、ベッドの上でひらひらと左手を振って笑顔でそう言った














「…っん…」



熱いシャワーを頭から浴びながら、ひりつく後ろに指を入れて、まだほんの少し乾かずに残ったものを掻き出した

僕のこの指とは比べ物にならないユノヒョンのモノを受け入れた
だから、指くらいじゃあ違和感にもならない
けれども、熱い内壁に指が触れると、昨日のユノヒョンの感触、それに押し拡げられていく感覚が思い出されて身体がふるりと震えた



頭上から降り注ぐシャワーの湯は、昨日の僕達の秘密事を、全て流して消し去ってしまうような気がする
匂いが記憶と一緒に流れて消えていってしまいそうで、そう思うと切なくて堪らない



「ユノヒョン…僕は、あなたを…」



その先は、言葉は、口にしたけれど、シャワーの音に呑み込まれて僕の耳にも届く事無く流れてしまった









┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈












「どうぞ、待たせてしまってすみません」



朝食を作って…なんて、作った、という程では無いトーストとサラダ、それから刻んだ野菜を入れたスープをテーブルに並べた



「急に泊まったのに用意してもらって悪いな
チャンミナ、ありがとう」

「いえ、僕が誘ったので…」



まるで太陽のように笑うユノヒョン
ベッドのなかに居たひととはまるで別人のよう
今のヒョンも、色気に溢れた悪い顔で僕の身体を求め応じてくれたヒョンも
どんなヒョン…ユノだって僕は…
その先はもう、頭のなかでは見ない振りをした

だって、『この先』が有るかなんて分からない
数多の女性を抱いて、女性に困っていないユノヒョンが、こんな固い身体に満足するだなんて思えない
だけど…



「また誘ってくれるだろう?
先約さえ無ければ、チャンミナならいつだって歓迎だ」



目の前に座るユノヒョンに優しく囁かれて、心臓が飛び跳ねた
まだ、僕にもチャンスは有るのだろうか
だけど、動揺は外には出さずに余裕のある振りで微笑んで見せた



「ふふ、気に入ってもらえましたか?
僕も良かったので…またお願いします」



緊張で乾いた唇をひと舐めした
それは無意識だったのだけど…ユノヒョンの喉がごくりと上下した

例え身体だけでも、求めてくれているという事実に僕の体温は急上昇していく



「それにしても…
チャンミナ、どこで仕込まれたんだ?」



冬だけど、外はきっと凍てつくように寒いけれど、部屋に射し込む今朝の日差しはとても柔らかだ
そして、ユノヒョンの笑顔も美しくて…
それなのに、紡がれる言葉は、僕の身体以外には興味が無いのだと告げているようで、身体は冷えていく



抱いてもらえるだけで満足しなきゃいけない
男なのに相手をして貰えたのだから…
そう言い聞かせて滲みそうになる涙を堪えた
想いは告げてはいけないし、悟られてもならない
僕が、ユノヒョンと同じように『遊んで』いるのだと、そう思ってもらえれば後腐れ無く抱いてくれる気がした



「ストレートに聞くんですね
でも…ユノヒョンには関係の無い事です」

「へえ、じゃあ…
次は理性を飛ばすくらい、隠し事なんて出来ないくらい激しくしてやるよ」

「楽しみにしていますね」



遊び慣れている僕、を演じているだけ
これは、ユノヒョンとの関係を一度て終わらせない為には必要な事
そう思えばじくじくと痛む、この胸の痛みだって、きっと気にならない筈



テーブルで向かい合って座る
1メートル程しか離れていない
けれども、ユノヒョンとの心の距離はあまりにも遠いのだと知らしめられた
それでも、何も知らないよりは良い
好きなひとの悪い顔だって、好きだと思ってしまうのだから…









┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈









一度自らの部屋に帰ってから仕事に向かう
そう言ったユノヒョンを玄関で見送った途端、全身からどっと力が抜けた
ずるずると壁に凭れかかりながらしゃがみ込んで、握った拳を見下ろした



「手が…震えてる」



ユノヒョンが居なくなると、まるで白昼夢のような…
急に現実味が無くなって、全ては僕の幻だったんじゃあ無いかと思えてしまう

だけど、身体に残る幾つもの痕跡が、確かにユノヒョンに抱かれた事が現実なのだと教えてくれる



「片付けないと…」



立ち上がって、震える脚で廊下を歩いて寝室へと向かった

扉を開けると、性の匂いが漂って来た
それはきっと、ユノヒョンと僕の匂いが混じり合ったもので、そう思うと胸の奥が締め付けられるようなんだ

ここで、僕はユノヒョンと…
それを思い出すだけで身体が熱くなっていく
自分の身体がこんなにも簡単に作り変えられるものだなんて思ってもみなかった



「…っあ…」



本当は、痕跡を消したく無い
匂いだって…このまま残れば良い
だけど、そんな訳にもいかないから、シーツをクリーニングに出そうと布団を捲ったら、目に飛び込んで来たのは生々しく残る、茶色く変色した箇所だった



「初めて、だったから…」



『どこで仕込まれた?』
そう尋ねて来たユノヒョン

だけど、きっと…
身体を重ねたヒョンには僕が『初めて』なのだと分かった筈
男を抱くのは初めてだと言っていたけれど、男同士でも慣れたらそれなりに容易に関係を持てる事は性に疎い僕だって知っていて…
夜の世界を僕よりも良く知るユノヒョンが知らない訳は無い、から



それでも、ユノヒョンが遊び慣れている後腐れの無い僕を…そんな相手を望むのなら
いつか来るかもしれない、僕自身を求めてくれるその日まで、ヒョンよりも悪い男を演じて、ヒョンの望む男で居よう、そう思ったんだ














ランキングに参加しています
お話のやる気スイッチになるので
足跡と応援のぽちっ↓をお願いします
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村




おはようございます


単発や突発のお話をここ最近更新していたので…
今後の更新は、「Reveal」を一旦終わらせて、通常の連載のお話の更新を再開させようと思います


「悪い男」はこのまま加筆修正しながらコンスタントに更新していけたら良いなあ、と…


書きたいお話がどんどん増えてしまって、お話が増えていく一方なのですが、お付き合いくださる皆様に(皆様程居ないよ、の言葉はそっと仕舞ってくださいね)いつも感謝しています


それでは、今日がホミンちゃんにとって、そしてこのお部屋を訪れてくださる皆様にとって素敵な一日になりますように…ニコニコ