『お付き合い』
をするのなら、きちんと分別をつけなきゃって思っていた
だから、高校時代に一応彼女が居た時だって彼女の意思を尊重したいし順序立てて進みたくて、彼女の気持ちが固まるまではキス以上はしないって決めていた

結局、そのまま彼女の気持ちは固まる事は無く、僕は振られてしまったのだけど



彼女には他に好きなひとが出来て、それで僕はお役御免になった
それでも、もしも次に好きなひとが出来ても同じように大事にしたいと思っていた
ふたりでしっかり気持ちを育んで付き合って、そういう事になっても優しくリードして…
恋だけに溺れないように勉強だってしっかりしよう、なんて考えだけはしっかり持っていたんだ



「…それが、こんな事になるなんて…」

「え?」

「あっ…いえ、何でも」



朝の通学電車
もう『いつも通り』と言っても良いのだけど、隣にはユノヒョンが座っている
そして、普段歩く時だったりは左利きの彼は僕の左側に居る

でも、今は僕の右側で通路側に座っている



「落ち着かないです
いつもユノヒョンは僕の左にいるから…」

「だって、向こう側はもう席が埋まっていただろ?」



そう言うと、視線だけで通路を挟んで反対側の二列シートを見る



「別にここだって、座る場所を変えたら…」

「それじゃあチャンミンが通路側になって、変なやつに目を付けられたら困るから」

「目を付けるって…
僕、別に誰にも喧嘩を売ったりしないです」



一体ユノヒョンは僕を何だと思っているのだろう
窓側に押し込まれてしまったし、電車は動いているし…
別に電車のなかくらい、普段と反対側にいても良いんだけど、ユノヒョンの言葉が少しだけ引っかかってむっとした
それなのに、僕の右側に座るとてつも無く格好良いひとは面白そうにくすくすと笑うから、もっとむっとした



「失礼です、いくらその……付き合ってるからって…」



初体験、の翌朝なのに、甘い雰囲気というよりも馬鹿にされているみたい
人相が悪いつもりは無かったけれど、人見知りだから喧嘩を売っているように見えるのだろうか…
だとしても、そんな言い方って無いと思う



唇を尖らせてじとりと睨んだ
こんな顔をしたら、余計に喧嘩を売っているようになるかもしれないけれど、これはユノヒョンが悪い
じっと、真っ黒で吸い込まれてしまいそうな切れ長の瞳を見ていたら、その目が細まって弓なりになる



「チャンミン」

「…はい」



隣に座り肩は触れ合っているし、ただでさえ近い
それなのに、顔を近付けて来た
恥ずかしくて前を向いたら、耳元に吐息が掛かって首を竦めた



「本当に分かっていないの?
チャンミンの色気や可愛さに、他の男も女も…
夢中になられたら困るから
だから、守っているんだけど」

「は?え…っ…」



驚いて、思わず右を向いたらキスしてしまいそうなくらい近くに整い過ぎた顔があって仰け反った
仰け反ったら右手を掴まれて引き寄せられる
朝の電車は急いでいるからか、頻繁に揺れていて、その度にユノヒョンの方に身体が傾いてしまう

ただでさえ、お尻が痛い…
と言うか、違和感があって真っ直ぐに座り辛いのに



「わっ、…すみません」



少し左側のお尻を持ち上げるようにして違和感を解消しようとしたら、揺れと共にユノヒョンに右手をまた引かれて、Tシャツの胸元に左手をついてしまった



「何で謝るの?俺は彼氏なのに」

「…っ聞かれるから止めてください
それに可愛いとか、その、色気、とか…」



Tシャツ越しの厚い胸板にどきどきした
昨夜触れた素肌の感触を思い出してかあっと頬が熱くなる
胸から手を離して、それから無理矢理右手も引っ張って離して両手を揉むようにして握った



「別に俺は誰に聞かれても良いけど…」

「僕は駄目です…!」



恥ずかしくて仕方無くて反論したら、しゅん、と眉を下げて悲しげな表情
そんな顔をされたら僕が悪い、みたいな気分になってしまう



「あの、違います…
ええと、僕達だけの秘密にした方が特別感が有るかなあ、と…」



俯くユノヒョンの力無く垂れた左手にそっと触れて言ったら、ちらりと僕を見る
昨夜、僕を何度も抱いたユノヒョンは肉食獣みたいでもあったのに、今は子犬みたいにも見える
そんな顔をされたら可愛く見えてしまって…



「これで我慢してください
あ、いや、我慢とか変な意味じゃ無くて…
見えないように、なら人前でも大丈夫なので…」



少しだけ身体をユノヒョンの方に傾けてお互いの太腿で隠すようにして、その下で手を繋いだ



「見えないように…」

「はい、そうです」



少し考えるように僕の言葉を反芻するユノヒョン
今度はその顔が可愛いくて、胸がぎゅう、と締め付けられる
愛おしいってこういう事なんだなあ、と…
勿論今まで女の子に対して思った事は有る
でも、身体を繋げた所為か…
もっと愛おしさが増しているんだ



考えているような様子のユノヒョンの顔を覗いたら、ぎゅっと強く手が握られた



「本当は見せつけたいんだけど…
でも我慢するよ」

「目を付けられたら…とか守るとか言っていたのに…
それと見せつけたい、は何だか真逆な気がします…」

「あはは、そうかな?
俺だけしか触れられないようにして…
でも、自慢したい
真逆なんかじゃ無いよ」

「…っん…」



指の股を指先で擦られてぞくりとした
思わず声が漏れてしまって唇をぎゅっと閉じたけれど、視線を感じて…



「チャンミン、また思い出してる?」

「また、って何ですか」

「俺は朝から何度も思い出してるけど、チャンミンは違うの?
起きたら隣にチャンミンが居て、凄く嬉しかったよ」

「………違わない、です」



僕が『秘密に』と言ったからなのか、耳元で囁かれる
低くて甘い声に、昨夜何度も何度も甘く囁かれた事を思い出してしまう
でも…



「泊まるつもりじゃ無かったのに…
今度は、ちゃんと帰ります」



そう、初めて『そういう事』をして…
それなのに、初めてなのに、結局ユノヒョンに何度も抱かれて、気が付いた時にはとっくに最終電車は終わっていた

タクシーで帰る、と言ったけれど、身体が心配だから…
そう言われて、優しく微笑んで抱き締められたら僕だって離れたく無くて…
そのまま、朝をユノヒョンの部屋で迎えたんだ



「引っ越して来たって良いくらいだけど…
そうすればずっと一緒に居られるだろ?」

「駄目です、そんなの…
ちゃんと分別をつけなきゃ…」



握った掌からあたたかい体温を分け合うようで心地好いし、慣れなくて少し恥ずかしい
触れ合ったところに神経が集中してしまう



「チャンミンは真面目だな
でも、そんなところも好きだよ」

「…っあ…ユノヒョン!」

「あはは、聞かれないように…と思ったら近付き過ぎたみたいだ」



右の耳に囁かれて、そのまま唇が触れた
慌ててユノヒョンの方を向いたら嬉しそうに笑うから、また胸が苦しくなる

分別なんて…本当は無い
本当はずっと一緒に居たい
ユノヒョンにどんどん溺れている
でも、どこかで制御しなきゃユノヒョンでいっぱいになってしまいそう
それくらい、僕の恋人は魅力的なんだ



「今日は、朝から一緒に電車に乗れて嬉しかったです
でも、また明日からは電車のなかで会いましょう、ね?」

「チャンミンがそう言うなら…
毎日席を開けて待ってるよ」



やっぱり少し悔しそうに言う
そんなユノヒョンが好きで仕方無い



「ユノヒョン…」
 
「ん?」

「可愛いです」

「は?可愛いのはチャンミンだよ」

「ユノヒョンの方です」



意味が分からない、という顔をするから、きっぱり言ってみた
だって、格好良くて可愛いくて愛おしい
不思議そうな顔をするユノヒョンに何だか満足して窓の外を見ていたら、また耳元に熱い吐息



「俺の下で泣いていたチャンミンの方が可愛かったよ」

「泣いてなんて…っ、もう、これ以上言ったら手を離します」



頬どころか顔全体が熱くて、折角忘れかけたのにまた思い出して…
手を離そうとしたら、ユノヒョンから先に離されてしまった



「あ…」

「そんな悲しそうな顔をしないで
違うよ、嫌な訳じゃ無い
もう、駅に着くから」



その言葉にもう一度窓の外を見たら、いつの間にか大学の最寄り駅のホームへと差し掛かっていた



「…寂しいです」

「うん、俺も
たくさんメッセージして
俺もするから」



そう言うと、離した僕の右手をもう一度そっと手に取って、指先にキスされた
見られたら…そう思ったけれど、それ以上に嬉しくて胸が苦しくて、恋は盲目になるのだと知った



ユノヒョンの全部が欲しいと思った
抱き合って…ユノヒョンを受け入れて、全部を手に入れたって思った
でも、そうしたらもっと欲しくなる、もっと傍に居たくなるだなんて…
そんな事、今まで生きて来て知らなかったんだ



好きなひとと身体を繋げて幸せ
同じ気持ちでいられる事が嬉しい
でも、この恋はどんどん深みに嵌って、抜け出せなくなるような怖さも少しだけ感じる
けれどもそれは気付かない振りをしておいた











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読んでくださりありがとうございます
「immoral」が終わったので、またこのお話を進めていこうと思います
またお付き合い頂けましたらとても嬉しいです


そして、昨日頂いているコメントのお返事が間に合っておりません
immoralとシム先生に嬉しい言葉をたくさん掛けて頂いているのに申し訳ございませんしょぼん
全て有難く拝見しております
本当に本当にありがとうございますしょぼん