「チャンミン、帰らないで?」



イケメンで、モテて、人望もあって優しい
そんなユノヒョンが僕を抱き締めて囁く



「帰るつもりじゃ無かったです
僕だって楽しみにしてたし…」



だって、新作のゲームを持っているって言うから
キュヒョンが言うには、人付き合いは多いけれど
周りのひとを部屋に呼ぶ事なんて無いらしいから
僕がユノヒョンにとって特別な友人であるようで
それが嬉しかったから



「うん、だから…
誤解ももう解けたよね?
彼女は居ないし、棚のなかのぬいぐるみは俺のもの」



少し困ったように僕を見つめて笑う
何故かその顔を見ると胸がぎゅっと…どきどきする
いや、違う、どきどきするのはユノヒョンが
僕に変な事をするから



「誤解は解けましたけど…
キスみたいな事、勝手にしないでください
困ります」



腕のなかから抜け出るようにして、
まだ柔らかな感触の残る唇の上を両手で押さえた
目を見るのが恥ずかしいから、少し目線をずらして俯きがちに睨んでみたけれど、ユノヒョンは何だか嬉しそう



「何で笑ってるんですか」

「だって…嫌だって怒られたり軽蔑されるかもしれないって思ったけど、そうじゃ無かったから」

「…っ勝手になんて嫌に決まってます」

「そうなの?
でも…じゃあ、どうしてそんなに顔が赤いの?」



もう腕のなかからは抜け出したから、
どこも触れ合ってはいない
それなのに、そっと覗き込まれただけで恥ずかしい
何だか全部見られているようで…



「そんな風に揶揄うから赤くなるんです、もう!」

「あはは、揶揄ってなんか無いよ
それに、どうして口を隠してるの?」

「また…キスみたいな事、勝手にされたら困るので」

「勝手にはしない、だから許してくれる?
チャンミンに避けられるのは辛いから」



揶揄っているのかと思えばそうでは無いと言うし、
困る、と言ったら僕より余っ程困っているような顔で
『許して』なんて言う

キュヒョンから聞いているユノヒョンの姿は
頼りになる先輩
それなのに、甘いものを好きだとかぬいぐるみを好きで、しかも僕に知られないように隠しているだとか、
僕なんかに避けられるのが辛い、なんて言って眉を下げる

もしも僕だけにそんな姿を見せてくれているのなら、
何だか嬉しいし…反省しているのならキスだって…
口に当たった訳じゃ無いから気にするのも大人気ない気がする



「分かってもらえたなら良いです」

「…ありがとう!許してくれるって事だよな?」

「別に許すも何も…あれくらい」



言いながら口の上を押さえている手を外した
まだ感触は残っているけれど、口じゃないからキスでは無いし、事故のようなもの

口が当たったと思うから、だから動揺したけれど、
抱き締められる事とさ程変わらない…かもしれないし、
ユノヒョンも反省してくれているのなら気にし過ぎる必要も無いかと思った



「とにかく、今日はゲームをしに来たので
一緒に楽しみましょう、ね?」

「うん、帰らないでくれる?」

「…折角ここまで来たので」



リュックを下ろしたらユノヒョンが嬉しそうに笑った







┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈







「何だか…ぬいぐるみが有るだけで女の子の部屋みたいですね」

「そう?可愛いものが好きなんだ
でも、ぬいぐるみくらいだよ」

「へえ…」



僕だって、見るひとから見ればゲームを好むから所謂オタクのようなもの
でも、そうやってひとつの事を切り取って判断される事はあまり好きでは無いから、ひとに対しても先入観無く接したいと思っている



「ユノヒョンは見た目が男らしいしかっこいいから…
ひとに拠ってはぬいぐるみがアンバランスに見えたり、理想と違う、と思われるのかもしれないですね」



結局、ユノヒョンがゲーム機を出して準備してくれた
ついでに棚のなかに押し込められていたぬいぐるみ達もソファや部屋のあちこちに置かれていて、不思議な感じ



「そうなのかもな、悪気も無いかもしれない
だけど、好きなものを否定されるのは悲しいだろ?
だから…チャンミンが見つけても嫌がらないでいてくれて、本当に嬉しいんだ」

「別に普通です
それに、ユノヒョンとは趣味も合うみたいで僕も嬉しいし…」



ソファに座って渡されたコントローラーを握った
ゲームを始めなきゃ、何だか変に良い雰囲気になってしまいそうで怖かった
良い雰囲気って、それが何なのかは分からないし
考えないようにしようとは思うんだけど…



「とにかく、始めましょう、ね?
僕、いつもスマホではプレイしてるんですが…
ルールとかって同じですか?」



左側のユノヒョンを見てみたら、コントローラーを持って首を傾げている



「ユノヒョン?」

「え?あ…うん、俺も実は買ったばかりでまだ試して無くて…
だから、チャンミンが先にやってみたら良いよ」

「え…対戦しないんですか?」



流れる音楽、リズムに合わせてボタンを押す
単純だけれど反射神経の試されるゲーム
別に相手が機械でも良いんだけど、それじゃあ普段スマホで遊ぶのとあまり変わらない



「折角一緒に…って楽しみにしてたのに…」



何だかちょっと寂しくてこどものように唇を尖らせたら、頭を優しくぽんぽんと撫ぜられた



「先にチャンミンのお手本を見せて?
俺、あまり上手くないから教えて欲しい」

「…仕方無いですね」



年上の、しかも僕なんかより余っ程色々と長けてそうなひとに頼りにされたようで嬉しくて、コントローラーを握る手に力を込めた
ユノヒョンも嬉しそうに笑ってくれたから
「じゃあ見ててくださいね」
と意気込んでゲームを始めた



「うわ、音も凄く良い…!」



普段は小さな画面のなかで目を酷使している
通学途中や大学の休み時間にする事が多いんだけど、普段は勿論音を出せないからイヤホンをしている
大きな画面で臨場感溢れる動きや、最新チャートに反映されている流行りのアイドルの曲もたくさん入っていて、やり始めたら熱中してしまった

身体を前のめりにして必死で指を動かして、
気が付いたらユノヒョンの存在を忘れていた事に気が付いた



「あ…ひとりで夢中になってすみません…」



そうっと左後ろを振り返ったら、ユノヒョンはくすくすと笑っていたからほっとした



「そうやって、電車のなかでも楽しそうに夢中になっているチャンミンを見て好きになったんだよ」

「え…」



電車、と言われて固まった
確かに、朝の通学電車でゲームをする事も有った
ゲームをするか、講義の予習をするか…
だけど最近は大学にも慣れて来たから寝るかゲーム
初めてユノヒョン…チョンユンホという存在を認識したのが、隣に座っていたユノヒョンに凭れて眠った日
だけど、ユノヒョンは僕をずっと見ていた、と言っていた



「ゲームしているのも見てたんですか…?」

「ええと……うん、隣で一所懸命になっているから可愛くて見蕩れてた」



目眩がしそうだった
僕が必死にゲームをする姿なんて、
可愛い、と形容出来るものでは無い筈
それなのに、ユノヒョンは少し恥ずかしそうに、
ばつが悪そうに頭を掻いている



「見蕩れていた…は良く分からないですが…
同じゲームをユノヒョンも好きだから見ていた、
じゃあ無いんですか?」



ちょっとユノヒョンの言い方が不思議だったけれど、
同じゲーム好きならそういう事なのだろう
少し、頭のなかで警鐘が鳴り出したから
自分にも言い聞かせるようにしてそう尋ねた

『そうだよ
だから今日もチャンミンを誘ってみたんだ』 
だとか
『ゲーム好きが周りに居ないから誘ったんだ』
だとか…
そんな答えが返ってくれば…
なんて思っていたのだけれど、
警鐘は正しかったようだ



「どうせバレるよな、うん
このゲームはチャンミンが好きだって知ったから買ったんだ」

「…ユノヒョンも好きだって言ったのは…」

「チャンミンが、ゲームをしている姿が可愛くて好きで、もっと見たいって事」

「………」



コントローラーをそっと右隣に置いて頭を抱えた



「ユノヒョンはこのゲーム、プレイした事は有るんですか?」

「チャンミンの為のゲームだから俺はまだ…
チャンミン、怒った?」



俯いているから、ユノヒョンの表情は分からない
だけど、声で困惑している様子なのは分かる
分かるけど、それは僕の方だ



「何で、そんな事をしたんですか…?」



ゆっくり、恐る恐る顔を上げた
目が合うとユノヒョンはほっとした様子で、
けれども困ったように微笑む



「チャンミンが好きだから
何度も言っただろ?
今日は言わないつもりだったけど…
もう、ぬいぐるみの事もバレたし…
好きだって言わなければ言わないで、
俺には彼女が居るって誤解されたくも無いから言うよ」

「どうしてそこまで…僕なんかに…
僕は男なのに」



一緒にゲームが出来ると思った
趣味を共有出来るようで嬉しかった
でも、それは嘘だったのだと分かって、
胸のなかがもやもやする
だけど…僕を好きで、僕の好きなものを知って、
僕の為に用意した、だなんて言われたら怒る事も出来ない



「…それくらい好きなんだけど…
伝わらないかな」



ゆっくりとユノヒョンが手を伸ばして、
両手で僕の手を握る
ソファの上、僕達ふたりの間に有った30センチ程の距離はいつの間にか0に近付いている



「自分から好きになった事が無くて…
しかも同性相手も初めてだから正解が分からないんだ
でも、止まれないくらい好きだから、チャンミンが喜ぶなら何でもしてあげたい」


 
ユノヒョンの、僕より大きな右手ひとつで僕の両手は包まれる
左手は気が付いたら僕の右頬を優しく包み込む
見つめられたら逸らせなくて、文句も言えない



「俺の事…嫌?」

「…そんなの…」



まだ、チョンユンホという名前しか知らなかった時だったら…
顔を知ったって、ただそれだけだったら…
恐ろしいと思っただろう

だけど、僕はユノヒョンが僕と仲の良い後輩に慕われている事も、かっこいいのに可愛いところがあるところも、僕なんかに誤解されただけでそれを必死に解こうとするところも…
知らなかった事を知ってしまったから、そんな風に思えない



「そんな質問狡いです…」
  
「じゃあ…俺の事を好き?」

「……っ…」



まるで少年のように澄んだ黒い瞳に真っ直ぐ見つめられたら逃れられなくなりそう
胸がどきどきして、もやもやは気が付いたらどこかへ飛んで行ってしまった



「チャンミン可愛い」

「…っちょっと、勝手に抱き着かないでください」



答えていないのに抱き締められて、
突き放せない僕
だって、抱き締められても嫌じゃ無いんだ



「早く認めて欲しいな」

「…何をですか……」



ユノヒョンが溜息混じりに囁く
『警鐘』はユノヒョンに対するものでは無くて、
僕自身の、まだ自分でも無自覚な気持ちに対するものだったのかもしれない
















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