電車で隣に女の子が座っていても、
部屋のなかにどう見ても隠すように可愛いぬいぐるみを幾つも隠し持っていても、それでも彼女は居ない、だなんて言われた



「俺は何回も言ったけと、チャンミンが好きだよ
だから、もしチャンミンに彼女が居たらショックだ
でもチャンミンは俺に恋愛感情なんて無い筈だよな?
だからゆっくり行こうと思ってた
でも、もしそうなら…
どうして俺に彼女が居ると、そんなに…」

「そんなの知らない、何も分からないよ…」



ユノヒョンが何を言っているのか分からない
分かるのは、掴まれた肩が熱くて、僕を見つめるユノヒョンの瞳がまだ正体も知らない頃のようで、少し怖いという事

それに…怖いと思うのに、それ以上に
『彼女が居ない』と言われると心のつっかえが取れていく事



「結局彼女は居るんですか?居ないんですか?
『もし俺に彼女が居たら…』とか、そんなの知らない
僕は嘘を吐くひとは嫌いです」



右手で左腕の肘辺りを掴んで少しだけ視線を逸らした
折角ユノヒョンと楽しく過ごせると思っていたのに、
自分の気持ちが分からないしこのひとの事も分からない



「嘘?俺も嘘は嫌いだよ」

「だったら何でぬいぐるみがあんなに…!」



肩に置かれた手を払い除けて振り向いた
扉を開けたままの棚のなかには可愛らしいぬいぐるみが見えたまま
見ているだけで胸がちくちくと痛い
彼女の為に買ったのだろうか
それとも彼女が置いて行ったのだろうか
一緒にしよう、と言っていたゲームだって彼女ともしていたのか…
それとも、彼女とは趣味が合わないから僕を呼んだのか



「…とにかく帰ります」



『彼女とお幸せに』そう口走りそうになったけれど
そんな事を言う意味も無いし、彼女無しの僕が言うと捨て台詞みたいで虚しいから止めた
リュックをしっかり背負って歩き出した、のに…



「…っもう、離してください!」

「駄目、折角ここまでの仲になったのに」



後ろから右腕を掴まれた
ユノヒョンの腕を掴んで離そうとした
けれども力は強くて敵わない
顔も力も敵わない、男として悔しい



「…もう、お願いだから離して…」

「チャンミン、泣かないで
泣かれたら困るよ」

「…っ、泣いてなんか…!」



泣いてなんか無い
それなのに何故か涙が滲む
楽しみにしていたのに
優しい兄のような先輩が出来たと思ったのに
あまり友人を部屋に呼ぶ事なんて無い、とキュヒョンから聞いたから自分は特別なんだって思ったのに…



「チャンミン…俺は嘘なんて吐いて無い
ずっと、最初から言ってるよ」

「…何を……っ…」



腕の力が緩んで逃げられる、そう思った瞬間に厚い胸板のなかに抱き留められた
途中下車した駅の階段の踊り場で抱き締められた事を途端に思い出した
あれはもう、間違いだって思っていたのに…



「チャンミンが好きだ、一目惚れなんだ
何度見掛けても勘違いじゃない、どころかどんどん好きになっていった
何もしなかったら気付いてもらえないから行動した」



ユノヒョンの声が耳の直ぐそばで聞こえる
少し焦ったような、熱の篭ったような声
いつだっておとなで平凡な僕と違ってイケメンで、
人望だって有るらしいしモテるらしい
そんなの、暇潰しで僕で遊んでいるようにしか思えない



「だったら何で最近は『好き』とか言わないんだよ
だから僕は…
普通に友達みたいになれるって思ったのに…」



腕のなかから逃げなきゃいけない
男にこんなに強く抱き締められて、
普通なら不快な筈だから拒まなきゃいけない
それなのに、心のざわつきはまた少し軽くなるんだ

ユノヒョンが怖いのに落ち着くだなんておかしい
離れたいのに離さないで欲しいだなんておかしい
しっかりと筋肉のついた胸に手を置いて、Tシャツをぎゅっと握った



「チャンミン」

「何ですか」

「さっきも言ったけど、怖がらせたくないから…
ゆっくり仲良くなりたいから、好きになってもらおうと思って我慢してたんだよ」

「何をですか…」



ユノヒョンの話は抽象的で分からない
分かりたくないのか分からないのか…
自分でも分からない
分かる事は、彼女が居ると思うと何故か嫌で
抱き締められると…
嫌だって思わなきゃいけないのにそう思えない事

ユノヒョンの心臓の鼓動が、少し速い気がする
ドッドッと響くそれを感じると何故か落ち着く
けれども俯く僕の頭の上で、はあ、と溜息が聞こえて途端に怖くなる
どうして?そんなの分からない



「我慢してたのはチャンミンに好きだって言う事
それに、こうやって抱き締めたり、も」

「え…」



きつく抱き締めていたユノヒョンの腕の力が少し弱まって、背中を優しく擦るように大きな掌が這わされる
右肩にユノヒョンの顔が乗って、また溜息が聞こえた



「…好きだって言うなら…
どうして溜息ばかりなんですか」



僕を好きだと言うユノヒョンの言葉を信じたくたって、それならばどうして溜息を吐くのか
どうしてぬいぐるみがたくさん隠されているのか
やっぱり分からない事だらけなんだ



「分からないの?」

「分からないから聞いてるんです…」



困ったようなユノヒョンの声
僕の方が困っているのに
唇を尖らせて、少し顔を引いて間近にある驚く程小さな顔を見たら、もう一度溜息を吐かれた



「ユノヒョン!もう…」

「そんなの…好きだって言ったり、こうやって触れたら…余裕なんて無くなるからに決まってるだろ」

「…あっ……」



ぐいっとまた強く抱き締められて、唇が触れ合いそうなくらい近付いて思わずぎゅう、と目を瞑った
何とか顔を逸らしたけれど身体は密着していて、
ドッドッドッと響く心音はどちらのものなのか分からない

女の子を抱き締めた事は勿論有る
だけど、僕は身長が高いから抱き締めるといつも彼女の頭は僕の顎の辺りだったりに有って…
だけど、ユノヒョンに抱き締められると身長が変わらないから、胸も顔も腰も、全部全部合わさるように重なる

逃げ場が無くてどうしたら良いのか分からなくなる
だけど、ユノヒョンが話した事が本当なら…



「…今は余裕が無い、んですか?」



何とか少しだけ顔を引いて、至近距離でユノヒョンを見つめる形で問い掛けた
そうしたら、また溜息を吐いて俯く
それからがばっと頭を上げて僕をしっかり見つめた



「チャンミンにはこれが余裕の有るように見える?
どうしたら良いのか分からないんだよ
安心してもらって部屋に呼んで…
少しでも印象を良くしたいから、好きなぬいぐるみも全部仕舞った
なのにばれて、しかも女なんて居ないのに疑われて…」

「え…?」



少し早口で捲し立てるユノヒョン
その勢いに圧倒されていたけれど、確かに言ったよね?



「ぬいぐるみ…ユノヒョンの趣味なんですか?」

「……ああもう、そうだよ
可愛いものが好きなんだ、変わってるって馬鹿にする?
今までの彼女にも…男なのにって言われて呆れられて来た
だけどぬいぐるみに罪は無いし可愛いし癒されるし…」

「…何だ…だから隠して…」



ユノヒョンは更に焦った様子で少し頬が赤くなっているけれど、僕は安堵で力が抜けてしまった
肩を落としたらリュックがずり下がったから慌てて直そうとしたら、強く抱き締められていて、ユノヒョンの胸から手が動かせない



「あの、ちょっと離してください…リュックが」

「俺が直す」

「…あ、ありがとうございます」



腰にまわされていた腕が上に上がって、まるでこどもにするようにリュックを整えられた



「チャンミンは撫で肩だからリュックは大変そうだな」

「…慣れているので」



何だかずっと抱き締められていると、それ自体に慣れて来た
今までとは顔の位置も何もかも違うし、女の子とは違って胸も固いし力も強い
抱き締める訳じゃなく抱き締められている
それなのに、何故か安心出来るような不思議な感覚

多分、彼女が居ない事が分かって、ぬいぐるみの謎が解けて、僕を好きだってまた言ったから…
…って、どうしてそれで安心するのだろう



「チャンミン、ぬいぐるみ…気持ち悪く無いのか?」

「え…何でですか
確かに僕もぬいぐるみと言えば女の子と思いましたけど…今のユノヒョンを見たら嘘じゃないって分かるし…勘違いしてごめんなさい
あと、あんな所に閉じ込めていたら勿体無いです
ちゃんと飾ってあげてください」

「…うん、普段はソファに飾ってる
後、ベッドにも
でもひとには見せられないからあまり部屋にはひとを呼ばなかったんだ」



眉を下げて困ったように話すユノヒョンは、何だか年下みたいにも見えて可愛い、なんて思ってしまった



「じゃあ、どうして僕を呼んでくれたんですか?」

「…そんなの、それだけ好きだからに決まってる」



真っ直ぐ見つめられて、また逸らせなくなる
可愛い、なんて思ったけれど、やっぱり僕より男らしいし、男から見てもかっこいい
そんなユノヒョンの、周りには隠している可愛らしい好みを知った僕はまた、他のひとよりも特別だっていう誇らしい気持ちになったんだ



「チャンミンを好きになって正解だ
俺は見る目が有る」

「何を急に…」

「だって、ぬいぐるみの事を知っても嫌な顔をしないから」

「ギャップがあって良いと思います」



むしろ、そんな事で嫌になるひとがいるのか、と思っていたら、ユノヒョンはくしゃっと整った顔を歪めて…



「どうしたんですか?」

「ごめん、一度だけ…」

「……っん…」



覗き込んだら急にキスされた
と言っても、僕の唇のほんの少し上にユノヒョンの唇が当たったから…キスでは無いのかもしれないけれど

だけど、その瞬間に心臓は壊れてしまったように速くなって…



「…ちゃんとキスにならなかったかな
俺、恥ずかしいな」

「…そんなの許して無いです…」



漸く緩んだ腕のなかで、口元どころか熱くなる頬も全部全部両手で覆って、ひと言返すのがやっとだった








ランキングに参加しています
お話のやる気スイッチになるので
読んだよ、のぽちっ↓をお願いします
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村