無事に年末の仕事納めをした翌日、
もう年に一回か二回程しか帰る事の無い実家へ
一泊しに帰った

縁を切っている訳では無い
だけど、俺が同性愛者である事は知られている
面と向かって罵られたり否定された事は無いけれど、
両親からは距離を置かれている事が分かるし
俺だって理解してもらえるとも思っていない



だからいつしか自然と距離は開いていって
年末年始の挨拶くらいでしか顔を見せなくなった
それだって、大体が日帰り
親を憎く思っている訳じゃなくて気まずいから
そして、両親も俺を悪くは思っていない、と思っている

そんな俺が一泊するなんて、
今までじゃあ我ながら考えられない事
だけど、どうしてそうしたかと言うと…



「チャンミン、疲れたか?」

「座ってるだけだから疲れる訳無いだろ
女扱いするな」



窓の外を見ていたら反対側から声を掛けられて、
視線だけで振り返って答えた

気を遣ってくれているのだと分かる
ユノは意地悪だけど、悪いやつじゃない
それなのに相変わらず可愛く無い答えしか出ない俺



「女扱いなんてした事あったかな?
やっと俺の手のなかに落ちてくれた…
じゃなくて大事な恋人だから大切にしたいだけ」

「…ユノの作戦に嵌ったようで悔しい」



何だか少し、俺達を取り巻く空気は、クリスマスイブの日からほんの少し柔らかくなった気がする

抱かれる事を心から納得している訳じゃ無い
だけど、これまでの自分を曲げても
ユノになら良いか、と思えるようになった
そんな心境の変化が訪れた事で
両親にもちゃんとこれまでの感謝を伝えたり
後悔しないように生きていきたい
そう思えるように、少しずつだけどなって来たんだ



「作戦、なんて言い方がなあ…
でも好きなやつがいたら何としても手に入れたいのは
当たり前の事だろ?
チャンミンにそれだけ真剣だったって事だよ」



ハンドルを握りながら口笛でも吹きそうなくらい
上機嫌なユノ
やっぱりこいつのペースに嵌るのは悔しいから
言い返してしまう



「『真剣だった』って…
今はもう真剣じゃないって事か?」

「落とすまではチャンミンを今程知らなかったからね
物凄くタイプな男で、だけどタチはしないと聞いたから真剣に落としたかった
今はチャンミンをもっと知って、真面目に愛してる
真剣、だとちょっと軽いかな…」

「…もう良い」



俺が言葉で何を言っても結局負けて
丸め込まれてしまう
それを嬉しいと思ってしまうから、
ユノには敵わないんだ



「イブにもデート出来たし、
年越しもチャンミンを独占出来る
嬉しくて仕方無いよ…ありがとう」

「俺がユノを独占してやってるんだからな」



肘をついて狭い車内で脚を組む
だってそうしないと、幸せで緩む頬を抑えきれないから

今日は大晦日
そして、俺達はもう直ぐ
ユノが2泊3日も予約したのだという温泉宿に到着する
車もユノのものだし運転もユノ
幾ら口で強がってもこれじゃあ女と一緒だ

この旅行はサプライズで用意されていて
クリスマスイブの時に教えられたんだけれど、
だからと言ってサプライズされっぱなしじゃ男として…
今までタチとして生きてきて余りにも情けない



「部屋に着いたらマッサージでもしてやるよ
運転、疲れただろ」

「ん?ありがとう
マッサージって…期待して良いって事だよな?」



にやりと笑っても、ユノは余りに綺麗な顔をしているから俳優のようにしか見えないし、目が離せなくなる



「普通のマッサージに決まってるだろ
ああ、でも気持ち良くなって抱かれたくなったら
いつでも抱いてやるよ
時間はたっぷり有りそうだから」



飲み込まれてたまるものか
俺だってユノを振り回してみせたい
真っ直ぐに見つめ返してそう言ったら
ユノは何かに気付いた様子で…



「ああ、ここだな…旅館に着いたよ」



雪がしんしんと降る整備された山道
少し奥まったところにあったのは、
いかにも秘湯、という雰囲気の温泉旅館だった







......................................................








「お部屋の直ぐ外には、
専用の源泉掛け流しの露天風呂がございます
24時間いつでもお好きな時にどうぞ」



40代半ば程に見える仲居が
俺達が2泊を過ごす部屋のなかで簡単な説明をする



「……」



正直、詳しい事は聞いておらず
『温泉旅行』とだけしか聞いていなかったから
露天風呂のある良くある温泉宿で、
部屋はベッドにしても布団にしても
それが有るだけだろう、なんて思っていた

けれども、今俺達が向かい合って座る机も
ゆうに4人は座る事が出来るし、
和洋室のような部屋は低めのベッドのある寝室と、
それからテレビと机の有るこの…
リビングのようなスペースで分かれている

そして、極め付きは部屋付き露天風呂



「ありがとうごさいます
食事は部屋で良いんですよね?」



ユノが笑い掛けると、仲居は頬を赤くして俯いて、
「はい」と答える



「今到着したばかりで…少しゆっくりしたいので、
7時頃でも大丈夫ですか?」

「承知致しました
ではその頃に伺いますね
ごゆっくりお寛ぎください」



まだ赤い頬のまま、俯いた顔をゆっくり上げる
俺をちらりと見て、そして部屋を出て行った



「…おい、ユノ…」

「ん?どうした?
気に入ってくれた?
人気の部屋だから…実は秋の初めに予約していて…」



立ち上がり嬉しそうに両手を広げて俺を見下ろす
人気だろう事は分かる
だって、旅館の雰囲気も良いし、
そのなかでも露天風呂がついている客室は
少ないのだと説明を受けた
しかも年末年始
こんな所に泊まるのなんて、
家族やカップル、夫婦…が普通で
男同士で数ヶ月前から予約、なんて
きっと俺達くらいに違いない



立ち上がってユノの前まで歩いて、
胸ぐらを掴んだ



「おい、変な噂でも立てられたらどうするんだよ
あの仲居だって最後…俺の事をちらちら見てたし」

「変な、って?
俺達は付き合ってるんだから
きっとここに泊まれば友人じゃなくて
『そういう関係』だと思われるだろうけど…
チャンミンは自慢の恋人だから大歓迎だ」


 
ユノの左手が伸びて俺の右頬を擦る
何を言っても敵わない
ユノは俺の何歩も上手なのか、
それともある意味天然なのか…



「余計な詮索なんてされたくないって分かれよ…」



胸ぐらを掴んだ手を離して斜め下を向いた
ユノの手はついてこなかったから安心した
だけど、ゆっくり顔を覗き込まれて…



「本当は世界中に自慢したいくらい
チャンミンの事が自慢だし、好きなんだ
だけどさすがにそれは出来ないし、
お互いサラリーマンだから世間体も有る
ちゃんと弁えてるよ
でもそのなかで…偶には普通の恋人と変わらず、
自慢の恋人を自慢したいしふたりで楽しみたい
駄目か?」

「…っ…」



ユノは狡い 
『真剣に落とそうと思っていた』時は
意地悪で俺を振り回してばかり
俺がずっと築き上げてきた
タチとしてのアイデンティティをぶっ潰したやつ

それなのに、俺が手に入ったと思ったら
掌を返したように優しくしたり…
いや、違う
ユノは意地悪だけど初めから優しかった

受け取る俺の気持ちが変わって来ているんだ



「…駄目な訳無いだろ
温泉なんて…大好きだし」

「良かった
チャンミンが行きたいって以前話していたから
こっそり探してたんだ」

「…何か旅館の人達に言われたら…
ちゃんとフォローして誤魔化せよ」

「…考えておくよ」



肩を竦めて…だけど嬉しそうに微笑むから
まずは運転の労をねぎらうのに
『普通』のマッサージをして、
それからもう少し文句を言ってやろう、と思ったんだ










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読んでくださりありがとうごさいます
クリスマス編に引き続き、
数話完結で年末年始の温泉編です
少しの間お付き合い頂けたら嬉しいです



そして、ひとつ前の記事の質問に
コメントで答えてくださっている皆様、
本当にありがとうごさいます
何件か、「シム先生の続きを」と有りましたが…
年末年始で他のお話を挟んでしまっているので
止まっていますが、更新は続けますので
お待ち頂けましたら幸いですニコニコあせる