Side C






どうして?
いつから?
もしもそんな質問をされるのであれば
そんな事僕にだって分からない



普通で在りたいと、きっと誰よりも思ってきた
普通では無い世界に身を置いてしまったけれど、
そのなかで必死に無我夢中で
振り落とされないようにしがみついて生きて来た



ひとりが気楽
だって仕事ではいつも周りにはたくさんのひとが居る
ファンが、カメラが、僕達を常に見ている
それを『監視』だと思ってはいけないけれど、
10代の頃は窮屈で仕方無かった

そしてひとりが気楽だけれど、
時には寂しくもなる
恋愛ドラマも経験したし周りで色々な話も聞く
だけど、こんな仕事をしていて…
騒ぎになんてなりたくないしリスクを冒したくない
そもそも、さ程興味が無い



だけど…普通になりたい、なんて思いながら
結局は普通の人間だから性欲は少なからず有る
女の子を勧められたり、知っているヒョンの彼女のツテだったり…
『交際』をして関係を、と思ってみたけれど
いざとなると身体は全く反応しなかったんだ
初めはどうしてか分からなかった
いや、分からない振りをしていたかった
だけど認めないと仕方無かった
男にしか反応しないのだと









「……ん…」



誰か、自分以外の体温を感じて夢から醒めた
それとも夢の続きなのだろうか



「何であんな…」



思わず呟いてしまった
だって、初めて男に抱かれた時の事を夢に見るなんて、
そんな事最近はもう無かったから

何だか身体が重くて…
寝返りを打って瞼を持ち上げようとしたら
動けなくて慌てて目を開けた



「…っ…ユノヒョン…」

「おはよう、チャンミナ」

「…おはようございます」



横向きに横たわっている、僕の目の前にヒョンの姿
何だかいつも以上にじっと見つめられている気がして
寝起きから落ち着かない



「…忘れていました
昨夜は僕がヒョンの毛布になったんでしたね」

「あはは、『あたためてくれ』って言ったから?
上手いね、チャンミナ」



同じベッドで眠った事もあった
10代の頃…少し寂しくなった時は
だけど共同生活を送っていても
勿論部屋は別々だから同じベッドで朝を迎える、
なんて変な感じがする



「…眠れましたか?」

「…うん、そうだな…
実は夜中あまり寝付けなかった」



少し困ったように… 
でも目を細めたその表情は少し嬉しそうにも見える



「じゃあもうこんな…
良く分からない添い寝は必要無いと分かりましたね
今夜こそちゃんとひとりで眠ってください」



僕だって昨夜は人肌であたたまろうと思っていたのに、
急に現れたこのひとに半ば連れ攫われるようにして、
ここ…ユノヒョンの家で眠る事になった

まだ頭はぼうっとしているけれど、
上半身を起こした



「チャンミナ、頭が綿菓子みたいだ」



肩肘をついてベッドに寝転んだユノヒョンが笑う
慌てて両手で頭を押さえてみたけれど、
思った程膨らんでいない



「え…いつもはもっと跳ねてると思います」

「あはは、そうなの?」

「普段はひとりで寝てるので…
でも今日はユノヒョンが居たから
あまり寝返りを打たなかったから、じゃないですかね」



キングサイズの、大の男がふたりでも問題無い大きさのベッドから抜け出ようとしたら、腕を掴まれた



「…っ何ですか?…ヒョン?」

「…少しだけ……うん」



振り返った瞬間に抱き締められて驚いた
ヒョンは寂しくて眠れない、なんて言っていたけれど、
本当に僕を抱き枕のように抱き締めて眠ったのだけれど…



「気持ち悪く無いんですか?」

「何が?チャンミナの恋愛対象が男、だから?」



あっけらかんと言われた気が抜けてしまった
言う必要も無いと思っていたから
ユノヒョンにゲイである事は話していなかった
それに、やっぱり…尊敬するヒョンに嫌われたり
冷たい目で見られたくないから
それだけでひとを判断するひとだなんて
勿論思っていない
でも、もしかしたら僕に狙われるのでは…
なんて思われたりしたらスムーズに活動する邪魔になる

だから、やっぱり言う必要なんて無いと思っていた



「驚いたよ、勿論
と言うか、チャンミナは恋愛に興味が無いと思っていたから…」

「興味なんて無いです
ただ、僕も普通の人間なので…
その、人肌が恋しくなる時もあるだけです」



もうお互い30を迎えたのに抱き締められる、
なんて気恥ずかしくてそっと肩を押して離れた
ユノヒョンは何故か傷付いた顔をして…



「チャンミナは誰か…
ひとと一緒に居たいとは思わないのか?」

「ひとりが一番気楽です
でも、ひとりじゃ紛らわす事が出来ない時もある
恋愛は必要無いですが、欲求は有るので…
ヒョンもそうじゃないんですか?」



ベッドから降りて、背を向けた
だって、ユノヒョンはいつも特定の相手なんて作らずに、複数の女性達と遊んでいる
だから、僕達は対象が違うだけで
似たようなものだと思っていた



「…着替えて来ます」



返事が無いから、一度だけ振り返ってそう告げた
リビングに着替えを置いてある
着慣れないユノヒョンのスウェットを早く脱ぎたくて…

だから、どこか寂しげな瞳に見えたけれど、
気付かない振りをして部屋を出た














「あたためて欲しい、なんて…
まさか女性の代わりに僕を抱くつもりかと思ったら
添い寝なんて…
ユノヒョンって本当は僕よりこどもなのかな」



いつも僕を引っ張ってくれる、
導いてくれるたったひとりの大切なヒョン

まさかひとつのベッドで眠る事になるなんて思わなかったけれど、それ以上に僕の事を知られても取り敢えずは軽蔑されなかった事にほっとした



「…ヒョンの匂いがして変な感じ」



スウェットを脱いで、畳もうとして…
鼻先にあててみたら少し甘い匂いがした
でも、畳んでソファの上に置いてもまだ匂いがする



「…ん?……あ…」



俯いたら分かったんだ
伸びた前髪がはらりと垂れると、
そこからもヒョンの匂いとシャンプーの匂いがする事に



「…抱かれる時だって男の匂いなんて付けないようにしてるのに…ふふ、変なの」



前髪を指先に巻き付けてから、耳に掛けた
知らない男の匂いは身に纏わせたく無いけれど、
ユノヒョンの匂いなら…
何だか慣れないけれど、嫌では無い

ヒョンの背中に隠れていた昔の…
10代の頃に戻ったようで、少し胸が擽ったくなった



「チャンミナ、着替えた?」

「あ、はい…あの、これありがとうごさいます
洗濯して返した方が良いですか?」



リビングに入って来たユノヒョンは
寝起きにも関わらず髪の毛はさらりとしていて
綺麗な髪が羨ましいと思った

畳んだ上下のスウェットを持ち上げて尋ねたら、
目を丸くして、それから笑う



「そんなの必要無いよ
そのままで…俺が洗濯するし
それに、またチャンミナが泊まりに来た時に
使ってくれたら良いから」

「…滅多に、と言うか
今まで来てなかったのに、
急に来るようになる訳無いじゃないですか…」

「うん、今まではな
でもこれからは偶にでも…あたために来て欲しい
チャンミナも寂しい時が有るんだろ?
だったら一石二鳥じゃないか?」



僕が両手に抱えたスウェットを受け取って
左脇に抱えてから、右手でぽんと頭を撫ぜられた
例え僕の体温で、人間カイロのようにして
あたたまったとしたって、そんなの…



「寝付けなかったんですよね?僕が居たから
それなら節度を持って頂いて、
今まで通り女性にあたためてもらった方が
ヒョンの睡眠を妨げる事は無いかと…」



別にユノヒョンがプライベートで何をしたって自由だ
きちんとお互いに仕事をこなせば良い
男として欲が有るのも勿論分かるし
自由も少なく追われる事も多いから、
特定の相手を作る事が難しい状況だという事も分かる

だけど、僕からすれば何もせずにただ男と…
しかも尊敬するヒョンと添い寝、なんて
意味の分からない状況
僕だって欲を発散して人肌が欲しい時が有る

そして、そんな事はお互い様な筈
分かってください、と瞳に込めて見つめたら
髪の毛を梳いていたユノヒョンの手が少し降りて来て…



「…こんなの、付けられたら仕事に影響するだろ?
チャンミナこそ節度を守ってもらわないと」

「…っそれは…すみません、気を付けます」



左耳の下、あの日初めて抱き合った男に付けられた痕
もうきっと薄くなっている筈だけど、
そこを、短く切り揃えた人差し指の爪先で
軽く引っ掻かれた



「ヒョンとしてチャンミナを守りたいんだ
だから、夜遊びは控えて…
寒い冬は一緒にあたためあおう」

「…冗談…」

「チャンミナが大切だから心配なんだ」



もう30を迎えた
男と遊ぶのだって…
もう何年も前から
今回付けられた場所だって
隠そうと思えば隠せる場所

偶然ユノヒョンに見つからなければ
こんな面倒臭い事にならなかったのに…



「チャンミナ、ちゃんと俺の言う事を聞いて」

「……気を付けます、だから…っ…ヒョン!」



触れる指先が心地好くて
まるで昔に戻ったみたいで…
抱き締められると甘い匂いに落ち着いてしまう、 
なんて、こんな面倒臭い感情必要無いのに



「寝付けなかったのは、
チャンミナの寝顔が可愛くてびっくりしたから
また俺の毛布になってよ」

「……」



僕は緊張して寝付けなかった、なんて言えなかった
あまり見たくない夢を見てしまった、とも…
だって、ユノヒョンの顔がとても優しくて
胸が何故か締め付けられたから



「気が向けば…」

「ありがとう、チャンミナ愛してる」

「…そういうのは要らないです」



巫山戯てまた抱き着いて来るユノヒョンの胸を押した
上目遣いに睨んでみても
嬉しそうに笑うから敵わないんだ
着替えてもやっぱり、僕の髪の毛からはヒョンの匂いがして、自分の長い髪の毛が少しだけ鬱陶しい



「これからは少しは…プライベートでも話そう」

「…はい」



可愛く無い弟なのに、ぶっきらぼうに答えたのに
満足そうに微笑む
ユノヒョンはもっと、 
プライベートでは冷たいひとだと思っていた
それなのに、ひとを抱き枕のようにしたり
ひとりが寂しいのだと言ったり…
今更知らなかった面を知る事になった



僕は誰よりもユノヒョンを尊敬していて、
このひとに笑顔で言われたら逆らえないんだ

だから、ただそれだけ













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