「チャンミン、おはよう」



チャンミンと毎日顔を合わす事の出来る
そんな当たり前だった日常が戻って来て十日が過ぎた
夜はそれぞれの部屋で眠り、
チャンミンの寝台で裸のまま、ふたりで眠る事は無い



「おはようございます、ユノ」



朝、俺が顔を見せるとほっとしたような顔をする
儚く笑うのは変わらない
けれども、こうやって距離を置いていれば
以前のようにチャンミンを閉じ込めてしまわずに済む

そうすれば、チャンミンは自由でいられるし
不安な気持ちがあっても気持ちの持って行き場が
義父上やたくさんの従者達…
チャンミンを大切に思うひと達と
思いを共有する事が出来る筈



「勉強は当分しなくても良いと義父上に言われたんだ
だから、この部屋で書物を読んでも良い?」



チャンミンに招き入れられて
部屋の奥に進みながらそう言ったら
「勿論です」そう、少しだけ寂しそうに微笑む



チャンミンの部屋の大きな本棚
俺達の身長よりも高い、その本棚を見上げて
何か呪いを解く鍵になりそうな表題のものを探す

少し気になり、目に付いた背表紙があったから
背伸びをして右腕を伸ばそうとしたら…



「あっ、ごめんなさい…」

「あはは、気付かなかった
良いよ、このままで」



俺の右側に立っているチャンミンは
両手で俺の右の袖をそっと、掴んでいた



「邪魔だから離します、ごめんなさい…」



ぱっ、と手を離して頬を染める
申し訳無さそうに俯かれると
どうすれば良いか分からない



「邪魔な訳無い
チャンミンは俺の妻だろ?」

「…そうですね」



悲しげな笑顔を見てしまった、と思った
本当は『好きだから』そう言いたかった
けれども、ふたりきりで想いを告げたら
それに対してチャンミンが想いを返してくれたら、
また、閉じ込めてしまいそうなんだ

もう、チャンミンを追い詰めたくない
これ以上、チャンミンの遺り時間を減らしたくない



「座って読もう
チャンミンも何か読む?」



これくらいなら許されるだろうか、と
細い肩を抱いて見つめると迷うように視線を泳がせて、それから「一緒に覗いても良いですか?」
そう微笑んだ







......................................................







窓の外、広い庭では
今日も変わらずに桃の花が咲き誇っている
風は今日は穏やかで、窓硝子も揺れる事が無い
穏やか過ぎるくらい穏やかで、
このまま時が止まってしまいそう



書物に集中していたけれど文字を追う目が疲れて
窓の外の桃色の世界を眺めていたら、
右肩に何かが当たった



「ん?…チャンミン…」



呪いを手掛かりを見付ける為、読む事に集中していて…
チャンミンもずっと静かだったから
隣で一緒に読んでいた事を忘れていたんだ

チャンミンはすう、と穏やかな寝息を立てていて
俺の肩に丸い頭が乗っかっている



「前は書物を読んだり勉強していたら
俺の方が飽きて欠伸ばかりだったのに…
チャンミンが眠ってしまうなんて珍しい」



俺が動いても一向に起きる気配が無い
チャンミンの寝顔を見るのは
この部屋でふたりきりで過ごしていた頃以来だ
もう、二十日も経ってしまって
あの頃が幻のようにも感じる

けれども、確かにあの頃俺は
一日中、何度も何度もチャンミンを抱いて
その身体の隅々まで見て来て…



「やっぱり痩せた…
せっかく俺から解き放たれたのに、
不安で食欲も湧かないのか?」



呪いは絶対に解く、そう心に誓っている
けれども確証がある訳でも方法が見つかった訳でも無い
俺だって焦っているし
チャンミンを失うなんて考えられない
けれども、一番怖くて不安なのはチャンミン本人で…



「……ん…」



今は、安心しきったような穏やかな顔で
俺に凭れて眠っているけれど、
周りにどれだけ優しいひと達が居ても
簡単に心穏やかにはならないのだろうか



「ここじゃ身体が痛くなるよな…」



肩にそっと触れると、
やはり以前よりも骨張っている
このまま小さくなって消えてしまいそうで
怖くて仕方無い

触れると欲しくなりそうで、
また、チャンミンの意思も関係無しに身体を求めてしまいそうで、この屋敷に戻って来た十日前から口付けすらしていない

でも、今は…



「寝台に連れて行くだけだから…」



言い訳をするように、理由を作るように呟いて
そっと、細い身体を横抱きにして抱き上げた



「……んぅ…」

「起きちゃ駄目だよ」



鼻に掛かったような甘い吐息
『あの時』が思い出されて狼狽えてしまうけれど
頭の中からそんな考えを必死で追いやって
ゆっくりと寝台に歩いていく  
 


腕の中で穏やかな顔で眠る俺の妻を見下ろしたら
俺の着物に顔を埋めるようにして、それから
ふわり、と微笑んだ



「……っチャンミン…」



きっと、何か良い夢でも見ているのだろう

大きな瞳は瞑られているけれど、
普段の儚く消え入りそうな微笑みよりも
もっともっと幸せそうに見えて
その笑顔を見られたらもう、それだけで幸せなんだ



「いつか、俺にその笑顔を見せて欲しいな」



触れ合っているから
甘い匂いがするから
チャンミンの身体を知っている俺の身体は熱を帯びる
けれども、この笑顔を見れば胸が締め付けられて、
身体で繋がらなくとも良いんじゃあないか、
とも思えるんだ



幾らチャンミンの部屋に広さが有ると言っても
もう寝台の前に着いてしまった
このまま、腕の中で眠る顔を見ていたいけれど
チャンミンだって熟睡出来ないだろうから、
そっと、桃の花の匂いのする寝台におろした



「ここに座ってるのは許してもらえる?」



眠っているから聞こえていない事なんて分かってる
ただの独り言で問い掛けて、寝台の縁に腰掛けたら…



「わっ……起こしちゃったか…」



くんっ、と着物の背中を引っ張られて振り返ったら
寝かせたばかりのチャンミンが潤んだ瞳で俺に手を伸ばしていた



「寝ちゃってすみません…」

「大丈夫だよ
でもチャンミンがうたた寝なんて珍しい
昨夜は眠れなかった?」



腰掛けたまま少しだけ寝台の中央によって
チャンミンを覗き込んだら、
上目遣いで困ったように俺を見上げて
薄く唇を開いた



「ユノが戻って来てからずっと…
別々に眠っているから、寂しくて
あまり寝付けないんです」

「…あはは、そんな事…
もしかして、キュヒョンとも一緒に寝てた?」



ふと思い出してそう言って、自分で傷付いた
顔を逸らして頭を掻いたら
チャンミンは強い声で
「そんな事はしていません」
そう言った



でも、俺が居ない間にふたりは…
考えないようにしていたのに、
自ら蒸し返してしまって落ち込んでしまった

このままではチャンミンに辛く当たってしまいそうだし、今さっきの穏やかな笑顔だってまた失ってしまう



「…部屋に戻るよ
眠れていないなら、もう少しゆっくり眠って」



立ち上がろうとしたら、
チャンミンの腕は俺の腰にまわされた



「チャンミン…?」

「ユノとずっと一緒に眠っていて
それが当たり前になっていたから…
ずっとずっと、よく眠れないんです
今はきっと、ユノが隣に居たから眠れて…
だから、行かないでください」

「……」

「隣で眠ってください
今だけでも…お願いします」



ゆっくり振り返ると
俺だけを求めてくれているのだと勘違いしてしまいそうな程、真っ直ぐ俺を見つめる瞳と視線が絡む

けれども、それで閉じ込めたら
また、チャンミンから笑顔を奪ってしまう



「でも…」

「お願いします
隣で添い寝だけ…
ユノを求めたりしないので…」



違うよ、俺がチャンミンを欲しいんだ
チャンミンは我慢していただけだろう?
だから、あんなに辛そうにしていたんだろう?

こんな風に我慢させたくない
でも、求められて、少しでも傍に居られるなら
その機会を逃したくない俺がいて…



「チャンミンが眠るまで…
眠ったら俺も部屋に帰るよ」

「…ありがとうございます」



ほっとしたように、けれども儚く微笑む
チャンミンの望みが俺にはまだ見えない



けれども、口付けすら交わさずに隣に居れば
それで安心して眠ってくれるのならば
このまま穏やかに過ごしてチャンミンが笑ってくれるのであれば、きっとそれが一番良いんだ



昼間は暖かくて掛け布団を掛けるには少し暑い
だから、着物の上掛けを脱いでチャンミンに掛けてやると、嬉しそうに微笑む



「さあ、眠って…」



着物の上から背中を擦るとふう、と息が吐かれる



「口付けはしてくれないのですか?」



窺うようにそう聞いて来る
きっと、俺がそれを求めているから
応じてくれようとしているのだろう

でも、口付けたら止まれなくなってしまうから…



「今は眠って、ちゃんと隣に居るから
好きだよ、チャンミン」



一度言い逃した言葉を、想いを今度こそ伝えて
チャンミンの視線から逃げるように細くなった肩を見つめながら背中を撫ぜた



寂しげな視線を感じたけれど、
その内に規則正しい寝息が聞こえて…
チャンミンが眠ったのを確認して、
漸く頬に口付ける事が出来た








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