『おやすみなさい』
を言ってから、少しの間見つめ合っていた
暗闇でもその内に目が慣れて来る
それでも暗いから、明るい内よりは恥ずかしく無い



ユノは最初の内は「目を瞑って」と微笑んでいて…
僕も何度か目を瞑ってみたけれど、
緊張と、それから…
慣れないテントと寝袋、という環境に
なかなか落ち着かなかった



でも、ユノと、この旅にいつ終わりが来るか分からないという不安が少し解消されたから心は落ち着いて、ゆっくりと意識を手放す事が出来た








「………ん…」



がさがさという音で覚醒した
何の音だろうと思ったら、風がテントを揺らす音のよう
『朝焼けを見よう』とユノがアラームをセットしていたけれど、静かだからまだ起きる時間では無いようだ



眠ってしまえば気にならないくらいの音
けれども、一旦起きてしまうと気になって眠れない



「…動物とか入って来ない、よね…?」



都内で暮らしていて、必要時以外は部屋にこもりがち
自然と触れ合う事なんて外で絵を描く時くらいしか無い
野営も30にして初体験だから、勝手が分からない



目が慣れて来て、目の前のユノを見ると
小さく寝息を立てて寝ているのが分かる
その顔を見ると安心出来て、
何だかずっと見ていられる気がする

きっと、これが『好き』と言う事なのだろう



「…描きたいな……」



今のこの瞬間も、紙の中に閉じ込めてしまいたい
僕を見つめる、黒い輝くような瞳が好きだけれど、
眠っていたらどれだけ見つめても、ユノに見つかる事も無いから…



さすがに暗闇では描けないし
動いてユノを起こしてしまう訳にはいかないから
寝袋の中で少しだけ身じろいで、
すぐ左側のユノに近付いてみた



眠くなるまで、
目にユノの寝顔を焼き付けようと思った



「イケメンだな…」



男でもどきり、とするような涼し気で男らしい容姿
それなのに、笑うと少年のよう
優しく見つめられると大切にされているのだと思えて擽ったい



寝袋は別々だけど、隙間無く並べている
顔を近付けると直ぐ目の前にユノがいて、
何だか物凄く幸せで…



「…好き」



吐息混じりに言葉にしたら、瞼がぴくり、と動いた気がして、思わず息を止めた

自分が起きたからって、きっとまだ夜中なのに
ユノまで起こすなんて有り得ない
どうか起きないで、と心の中で願っていたのに…



「続きは?」

「……え」



ユノは目を閉じたままで、でも確かに…



「キスしてくれるのを待ってたんだけどな」

「ユノ…いつから…」



さっきまで閉じられていた瞳はしっかりと開いていて、
しかも『待っていた』なんて…



「僕、起こしちゃいました…よね…」

「ん?俺が勝手にチャンミン寝れるかな?
って心配してて、だから起きただけだよ」

「…じゃあいつから…」

「『描きたい』って言った時かな?」

「やっぱり僕が起こしちゃったんじゃないですか…
ごめんなさい」



ユノの方を向いたまま頭を下げてみたら
「律儀だなあ」なんて笑う



「目は瞑ってたけど、
チャンミンの視線は物凄く感じたよ
いつキスしてくれるかな?って待ってたけど
もう待てないから目を開けたんだ」

「…起こすつもりなんて無いからしませんよ」



見ていた事も全部ばれていた事が恥ずかしくて
寝返りを打って上を向いた
そうしたら、「チャンミン」と呼ぶから
視線だけでユノを見た
次の瞬間にはユノの手が伸びて…



「…あ…」

「………やっとキス出来た」



寝袋から身体を少し乗り出したユノが僕の頬を包んで、触れるだけの、けれども長いキス
至近距離で見つめ合って…瞬きをしたら睫毛が当たって、思わず笑ってしまった



「チャンミンの睫毛、バンビみたいだな」

「…何ですかそれ
ユノみたいなすっきりした男らしい目に憧れます」

「そう?俺はチャンミンの瞳も長い睫毛も好きだよ」

「…ありがとうございます」



もう一度ユノの方に向き合ってみる
ユノと話したら、黒い瞳を見つめたら、
もう暗闇も、風の音も気にならない
安心したら何だか少し眠気もやって来た



「…眠れそう?」

「…かもしれません」

「本当は同じ寝袋で、と言いたいんだけど、
さすがにふたりは入れないからなあ…」

「ふふ、そんな事考えてたんですか」



同じ寝袋で、なんて…
それはそれでどきどきし過ぎて眠れない気がする



「…手を繋いでも良いですか?」



テントの中、寝袋から出ている部分は少し寒い
でも、ユノに触れたかった
手を繋ぐ、なんてまるでこどもみたいだけど
暗闇だから、いつもよりも素直に言葉が紡げるんだ



「勿論」



向かい合ったまま手だけ出した
伸ばされた手を握ると、そのまま引っ張られて
直ぐそばのユノの寝袋の中に手が入った



「これならあまり寒くない?」

「…はい」



ちょうど、ユノの心臓のあたりに手を置くような形になったから心地好い振動と温もりが伝わって来て、それが物凄く安心出来た



「おやすみなさい」

「おやすみ」


 
今度は直ぐに眠れたような気がする







「……」



やはり、慣れない環境だと眠りは浅いようだ
けれども今度はすっきりと目が覚めて…



「ユノ?」



繋いでいた筈の手は離れて、
自分の寝袋の中に僕の手はある
目の前には寝袋だけあって、ユノが居なくて…



「ユノ、どこ?」



まだテントの中は暗い
不安で、怖くて、思わず起き上がったら
ファスナー式の入り口が開く音がして…



「え…」



まさか動物だったら…
そう思うと身体が固まって、
上半身を起こしたまま入り口を見つめていた
もう開く、という所でぎゅっと目を瞑って寝袋を握った



「…チャンミン、起きた?」

「……ユノ…?」

「あはは、どうしたの
ん?泣きそうな顔…」



近付いて、中腰で覗き込んで来る
思わず抱き着いたらぽんぽん、と背中を擦ってくれた



「…起きたらユノがいないから、怖くて…」

「ごめん、もうすぐ日の出で…
アラームで起こすのは可哀想かと思って
先に起きたんだ」

「…ユノはどうやって起きたんですか?」


抱き着いたまま見上げると「その顔は狡い」
なんて、意味の分からない事を言う



「体内時計かな?
キャンプは慣れてるし、チャンミンと一緒だから緊張もしているし…だから起きれたのかも」

「ユノも緊張してるの?」

「当たり前だよ
隣に好きなひとが寝てるんだから…」

「そう、ですか…」



起きたばかりなのに何だか頬が緩んでしまいそう
好きな想いがどんどん膨らんで、
まるで自分ばかりユノを好きでいるような気持ちなんだ

でも、ユノも同じようにどきどきしたり
緊張してくれているのなら嬉しい



「起きられる?もうすぐ日の出だから…
ちょうどそろそろ起こそうかと思ってたら、
テントの中から音がしたからタイミングが良かった」



手を差し出されたから、一瞬迷ったけれどその手を取る
エスコートされるように優しく握られて、ゆっくり立ち上がる



「刻々と色を変える空を撮るのが好きなんだ」

「僕も、空は好きです
夕陽をぼうっと眺めたり…
でも朝焼けはあまり見ないので」

「そうか…朝焼けは優しくて、何だか元気が出るんだ」



テントを出ると、少し空は白んでいる
持ってきたスマートフォンで時間を確認すると、
ちょうど明け方の4時



「…こんなに早いんですね」

「ああ、都内より早いみたいだな」

「へえ…」



椅子を組み立てて「座る?」と聞かれた
でも、ユノが脚立にセットしたカメラを覗き込んで立っているから、少しだけ距離を開けて、隣に立った



「僕もスマホで撮ろうかな…」



さすがに寝起きで絵を描こうと思えなくて、
スマートフォンのカメラを起動させた
ユノはこちらを向いて、首から掛けたデジタルカメラで僕を撮った



「…不意打ちは駄目です
しかも寝起きだし…」

「あはは、ごめん
でも可愛いからつい」



カメラから視線を外したユノは
「よく撮れてる」と微笑む



「じゃあ、僕も撮ります」



ユノにスマートフォンを向けて、
僕に向かって笑うユノを何枚も撮った
動くからぶれてしまうんだけど、それでも嬉しくて、
何枚も撮ってしまった



「いつも、絵を描いてばかりで…
スマホでもあまり写真を撮っていなかったから、
何だか新鮮です」

「へえ、そうなんだ
写真も良いだろ?」

「はい」



空を見ると、少しピンクがかっている
朝の、柔らかい光が水面を照らしてきらきらと輝く
それがとても綺麗で、まるでユノの瞳の中のようだと思った



「太陽が登りきったら朝ごはんにする?
それとももう一眠りする?」



脚立のカメラの中を真剣に覗きながら聞かれた
もう明るくなって来て、暗闇じゃないから本音を言葉にするのは少し恥ずかしい
でも、まだ夜明けにはきっとまだもう少しだけあるから…



「少しだけ、ゆっくりしたいです
朝になれば気温が上がって、
寝袋の中に入らなくても寒くないかも、だし…」



暗に、ユノと寄り添って眠りたい
そう言ってみた
伝わるかどうかなんて分からないけれど…

けれども、言ってから恥ずかしくなってしまう



「あの、ええと、やっぱりお腹が空いたから…」



慌てたけれど、ユノにはばれていたみたい



「襲いたくなるから、あんまり可愛い事を言わないで」

「…襲って、なんて言ってません」



それに、可愛いくなんて…
と続けようとしたら、あっという間にキスされた



「…空と同じくらいピンクに染まってる」



もう、多分僕は今、
耳までピンク、どころか真っ赤だと思う

ユノも緊張している、なんて嘘なんじゃあ…
そう思って、もうカメラに向かってしまったユノの横顔をちらりと見たんだ
そうしたら、ユノの耳も少しだけ朝焼けの色をしていたから、スマートフォンをそっと向けて、秘密の1枚をフォルダの中に閉じ込めた








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