side C
暗い、暗い
出口の見えないトンネルの中を歩いている
光も届かないし
音も無い
ここはどこなんだろう
ひとりは寂しい、傍にいて欲しい…
途方に暮れていたその時、脳裏に浮かんだ人
救いを求めるように手を伸ばして、
たったひとり浮かんだその人の名前を呼んだんだ
それは、確かに呼んだ筈なのに声にならなくて、
けれども何か音が僕の耳に届いて、
暗くて寂しいこの場所から出られるんだと分かった
必死に音の鳴る方へ走ったんだ
「はぁっ…はぁ……」
目が覚めて夢から現実に引き戻される
息は上がっていて、悪夢にうなされていたみたいだ
「………ゆめ……か……
うるさいなあ…」
音が聞こえていたと思ったのは、電話の着信音で…
その音は、右の掌の中から聞こえている
どうやら、携帯電話を握り締めたまま
眠ってしまったらしい
夢見が悪かったせいか、
なんだかあまり眠れた気がしない
遮光カーテンを閉めているから時間も分からない
誰からの電話が知らないけれど、
眠いし気分も優れないから人と話す気分じゃなくて…
けれどもいつまで経っても音が止まないから、
電話に出て直ぐに切ってやろう、と思った
だらん、と伸ばした右手の中、
手探りで通話ボタンを押した
まだ力の入らない腕をゆっくり持ち上げて
携帯電話を耳元に持っていった
「…チャンミン?」
僕を名前で呼ぶなんて誰なんだろう
それに、まだ僕は眠いのに…
「……早いよ…今何時だと……」
寝惚けた頭で、声の主は誰だったっけ?と考える
けれども何だかこの声を聞くと安心するんだ
「10時だけど…って、俺のせいだよな
あんな夜中にメールさせてしまったから
ごめんね、寝不足にさせちゃったかな…」
瞬間、一気に目が覚めた
「…え?『俺の、せい』…?…っ」
僕は、昨夜チョンから逃げたばかりじゃないか
その上、更に突き放すようなメールを送って…
全てが思い出されて、思わず通話を切ってしまった
心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思うくらい速く脈を打っている
僕は君を避けて、それなのに追い掛けて来てくれて…
思い出すとたくさんの感情が綯い交ぜになり
じわりと涙が溢れてくる
こんな僕なのに、
それでも…
電話をくれた君の声は、あんなにも優しい
まるでこどものようで、自分の愚かさを恥じた
人を信じる事が出来ない
自分から閉じこもって人を求めようと思わなかった
でも、今確かに僕は君を求めている
だから、君の優しさを信じて、
答えられる自分になりたいと…そう思った
電話…メール… どうすれば良いだろう
通話を切ってしまった事、
そして昨日の事も謝らないとだよね
けれど、どう伝えれば良いか分からなくて、
自分がまるで無力なこどものように感じた
ふたつ折りの携帯電話の
小さな液晶画面を見つめ考えていたその時…
「あ…」
新着メール1件、の文字
『起こしてごめんなさい
チャンミンの事が、変わらず好きだよ
会って話がしたい 』
僕は君と出会って、感情が揺り動かされるような
そんな気持ちを初めて知った
自分のこの気持ちに、名前を付ける事はまだ出来ない
けれど、君の事が大切だって事は
いくら鈍感な僕だって分かるんだ
『謝ったから許す
本当に?
僕は、ユノが居ないと寂しいよ』
これが、今の僕の精一杯…
狡い大人でごめんね
少しずつ歩み寄って行きたいって、そう思う
だから、許されるのなら…
もう少し待っていて欲しいんだ
......................................................
今の僕の精一杯、でメールを送ったら、
チョンからの返事はメールじゃなくて電話で来たんだ
歩み寄ってくれる事が嬉しくて、
そして自分が情けなくも有るけれど
このまま疎遠になったり、保健室で会えなくなるのは悲しくて、通話ボタンを押した
学校ではプライベートな話はなかなか出来ないし
時間だって限られている
今日会えないか…と勇気を振り絞って、チョンを誘った
ふたつ返事でOKを貰い、電話越しでも分かる嬉しそうな声に安堵した
僕だって、君に会いたかったんだ
学校では…とか
時間が限られてるから…なんて言い訳して情けないよね
でも、本人を前にしてそんな事
どんな顔で言って良いのか分からない
だから、今はまだ、君の優しさに甘えさせて欲しい
ここ数日、チョンのせいで何もやる気が出なくて
家の事を放っていたから片付けをしたくて
待ち合わせの時間を午後にした
『何時でも良いよ
チャンミンに会えるなら今すぐでも行ける』
そう言われたけれど…
「僕が良くないよ…」
家に招き入れて汚い、なんて幻滅されたら
嫌に決まっている
…何で生徒ひとりに僕がこんなに気を遣って
どう思われるかを気にしてるんだよ、もう…
強がってみても、もう駄目なのかな
そう薄々感じているけれど
僕だって直ぐには変われない
久々に晴れたから窓を開けて換気をする
洗濯機をまわして、ダイニングを片付けた
空気が入れ替わると気持ちも少し軽くなる
空気だけのせいじゃない気もするけれど、
考えないでおこうと思った
顔を洗おうと洗面所の鏡を覗くと、
なんだか浮腫んで瞼も腫れぼったくて…
顔が崩れれば、どうでも良い他人に言い寄られる事だって無いだろう
見た目で判断されたくない僕にとっては、
喜ぶべき状態なんだけど…
チョンに見られると思うと恥ずかしかった
家では人目が無いから眼鏡を外している
でも…
「これじゃ今日は外せないよ
あ、そう言えば…」
ふと思い出して
洗面所の収納棚を開けて目当ての物を探す
「あった…」
『仕事』で貰ったカッサ用のプレート
必要無いと思って、けれど貰い物を捨てる事も出来なくて仕舞い込んでいたんだ
なんだか、僕…チョンに良く見られようと
必死じゃないか?
人に良く思われたいって
こういう気持ちなんだろうか…
今まで邪険にしてきた人達に対して
少しだけ申し訳無いことをしたと思った
......................................................
これから会える事、顔を見て話せる事
避けられていた事実が有るからまだ少し怖いけれど
やっぱりチョンと会えるのは純粋に嬉しいと思う
歳だって離れているのに、
何故か弱みをさらけ出す事が出来る
今の僕にとっては唯一の人だと思うんだ
いつものようにサイズの大きな野暮ったいチノパン、
丸首のカットソーにシャツを羽織り眼鏡を掛けて
準備は完了
家から待ち合わせの駅までは歩いて10分も掛からない
「12時半…まだ早いけど、遅れるよりは良いよね…」
準備も終わったし
家でじっとしているのも落ち着かないから…
そう自分に言い聞かせて、約束の場所へと向かった
待ち合わせには、まだ20分以上有る
着いたら、チョンに何から話そうかゆっくり考えよう…
そう思いながら足早に歩いた
コンビニを通り過ぎた先にある角を曲がると、
バスロータリーがある
折り畳み式の携帯電話を開けた
時間は12時40分
バスロータリー手前の角で一旦立ち止まって深呼吸する
チョンはまだ来ていないだろう
念の為、知り合いや生徒が居ないかを確かめる為
ゆっくり歩みを進めた
駅の方から死角になる柱を見つけて、
そこからロータリーを覗いた
「え…僕、時間間違えた?」
ロータリーの端に座っていたのは
私服でいつもより大人びているけれど、
見間違う筈なんて無い、僕の待ち合わせ相手で…
自分の方が早いだろう、と思っていたから
気持ちの準備か出来ない
鼓動が早くなる
まるで、体中が心臓になってしまったみたいだ
僕がすぐ近くに居る事に気付いていないチョンは
スマホを覗き込んで、なんだか嬉しそうにしている
何を考えているんだろう
誰か、女の子と連絡でも取っているのかな
愛おしくて堪らない、そんな顔をさせるものが有ると思うと、何故だか胸が苦しいんだ
僕に気付いて欲しい
子供の我儘のようなどうしようも無い感情が込み上げて、携帯電話を開いた
『早い』
メールを送信して数秒、チョンはここから見ていても分かるくらい驚いた表情で…
それからきょろきょろと辺りを見渡した
勢いでメールを送信したものの、どうしよう…
そう思っていたら、彼の瞳に捕えられた
一瞬でぶわっと熱が顔に集まる
さっきよりも嬉しそうに笑う君を見て
さっきまでの僕のもやもやなんて、
あっという間にふきとんでしまったんだ
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