side C
保健室での仕事を終えて職員室に戻って来たら
シウォニヒョンに声を掛けられて…
顔を上げてみたらそこにいたのは、
この3日間、声を聞きたくて、話したくて、顔を見たくて…
それなのに僕の前から姿を消してしまった、
僕を悩ませた『子供』
チョンが、ほんの数メートル先にいる
声を掛けたかった、腕を伸ばしそうになった
駆け寄って顔を見たかった
けれど、彼は『生徒』で、僕は『先生』だから
みっともない姿なんて見せられない
以前までの僕なら、自分の為に行動していた
だって…
目立ったら僕の素性がばれてしまうかもしれない
厄介な事に巻き込まれるかもしれない
学校に居ることが出来なくなるかもしれない
けれども今は違う
僕が声を掛けてしまったら
個人的に関係でも有るのかと、先生方や…何よりシウォニヒョンに嗅ぎつけられてしまうかもしれない
チョンは、未来ある生徒だ
そして、僕は…誰かに何かを望んだり受け入れてもらおうだなんて、諦めているんだから
シウォニヒョンが僕の名前を呼んで話し掛けた
こちらに背中を向けるチョンからは僕の姿が見えていなくたって、僕が居ることは勿論分かっている筈で
…それなのに、まるで避けるように去っていってしまったんだ
会いたかったのも、話しをしたかったのも
君を求めていたのは僕だけだったんだ
好きだって毎日のように言われて、
そんな言葉は僕には何の意味も無かった
君に言われるまでは…
余りにも人懐っこく、僕の中にどんどん入り込んで来るから、どうやら僕は勘違いをしてしまったみたいだ
彼なら僕をありのままで受け入れてくれる、って
望まない、そう思っている筈なのに
望みを捨て切れない、
捨てたく無いと思っている僕がいるんだ
自分で自分の気持ちすらコントロール出来ない
こんなの初めてだよ…
泣くな…僕は1人で生きて来ただろ?
「シム先生?どうかしましたか?」
「あ…いえ……なにも有りません」
感情を必死に抑え込む事は得意なんだ
「ご飯、行きましょう、ね?」
ひとりにしてくれ、そう思ったけれど
もしも、シウォニヒョンがチョンに何か仕掛けでもしたら面倒だ
「はい…あまり時間は取れないですが」
「明日は 休みですが?たまにはゆっくり語りませんか
それとも何か予定でも?」
可愛がってくれているし恩もある
だけど、この人の真意はいつも読めなくて空恐ろしい
「疲れているんです、2時間だけにしてください」
「分かりました!じゃあ決まりですね」
あまり職員室で話し込んで目立ちたくないから
「もう行きましょう」
そう小声で促して荷物を纏めた
職員専用駐車場で一際目立つ赤い高級外車
「相変わらず凄いですね…」
「ん?そうか?」
嫌味なんだけど、通じないみたいだ
そういう所が、この人が周りから慕われる理由の一つなのかもしれない
ちょっとおかしくて、気が抜けてしまった
「お前は笑ってる方が良いよ」
助手席の扉を開けて、エスコートするように促された
持ち主と同じで、目立ってしょうがない車に乗り込んだ
本革で体を包み込むようなシートは、
僕には居心地が悪い
「どこに行く?明日は予定無いんだろう?」
「僕の予定、はヒョンには関係無いじゃないですか
本当に疲れているので、近くが良いです」
「分かったよ」
ぽん、と大きくて暖かい掌で頭を撫でられた
生徒と出くわさないように、
少し車を走らせて個室のある中華料理店に入った
シウォニヒョンに気付くと、
オーナーが深く頭を下げて奥へどうぞ、と促す
ふたりだけで使うには広い、6人掛けの円卓
椅子一つ間に挟んで座った
「何でも食べろよ、中華も好きだよな?」
「何でも…良いんですか?」
「ははは、勿論!」
「嘘ですよ…給料日前なので」
「お前に出させるつもりは無いから気にするな
その代わり、酒は無しで良いか?車だからな」
シウォニヒョンとは、
学生時代にこうやって良く連れ出してもらった
僕の顔を見ても特別扱いせず
他の後輩と同じように接してくれるから楽だった
次々と運ばれてくる料理はどれも高級そうだけれど
この3日間、あまり食欲も湧かなくて食べていないから
戸惑ってしまう
急に誘われて身構えてしまったけれど、元気の無いように見えた僕を気遣ってくれているのかもしれない
有り難いって思うべきなんだろうけれど…
今はひとりになりたい
さっき見た、チョンの後ろ姿と声が離れなくて、
ずっと僕に纒わり付いているようだ
明日が土曜日で良かった
学校が無ければ、会えなくてもメールが無くても
『休みだから』
そう言い訳が出来る
休んで、気持ちを整理したらきっと今までの僕に戻れる
そうだろう?
ただの生徒
少し懐かれただけ
きっともう僕に構うのなんて飽きたのだろう
「チャンミン、最近ちょっと痩せただろう?
栄養つけないと疲れも取れないぞ」
「はい…あっちょっと!」
「俺が呼ばなければ誰も入って来ないから気にするな」
「だからって…自分で外せます」
物思いに耽っていたら、
長い腕が伸びてきて眼鏡を取り上げられた
「重っ」
「…レンズが分厚いのでしょうがないんです」
返してください、と手でジェスチャーをする
とぼけるような顔で眼鏡をスーツの胸ポケットに仕舞い込み、急に真っ直ぐ見据えてきた
「なあ、ユノとは?」
「……え?」
「そう呼んでるんじゃないのか?
あいつお前の所に入り浸ってたろ
ああ、今もか…」
冷静であれ、揺さぶられるな
テーブルの下でぎゅっと拳を握りしめた
「チョンは3年生で、多感な時期なので…
今はきちんと授業に出ているようですし、
心配はいらないかと思います」
「…くっくっ、ははは」
「………」
「お前が載った雑誌」
「え…?」
「ユノ…チョンが、随分と驚いていたよ
面白い位に顔が真っ白になって…
……お前のこの綺麗な顔を、
あいつは知ってるんだろ?」
「それ…いつの話、ですか……」
「今週だよ
お前が沈みだした頃」
ずっとひとりで過ごしてきた
外見だけで判断される事が嫌で仕方無い
それを免罪符に、優しくしてくれる人達をも拒絶して、
自分は悪くないんだと、そう思って壁を作って閉じこもっていた
ひとりで居れば誰にも乱される事なく、
ただ時が流れるのに身を任せられる
それなのに、君が僕の心に入り込んできた
いつしかひとりが寂しい、会いたい、話をしたいって、そんな自我が芽生えてしまったんだ
でも君は、違う僕を知って離れて行った
僕自身を見てくれているなんて、とんだ思い違いだったみたいだ…
それでも『出会わなければ良かった』なんて思う事は出来なくて…
『ユノって呼んでよ』
何度もそう言われたけれど
呼んだら僕の負けな様な気がして…
心を開いている、そう思われてしまう気がして
だから、そう呼ぶ事が怖かったんだ
一度くらい、名前で呼べば良かった
胸にぽっかりと大きな穴が開いた
隙間風が通り抜け、僕の心を冷やしていくのを感じた
応援してくださいね
読んだよ、のぽちっ↓をお願いします

にほんブログ村