「ユンホ、もう遅刻するわよ!」



母親の声がどんどん近付いてきて、
ついに俺の部屋の扉に手が掛かった



「まだベッドの上なの?
せっかく最近やる気出してたのに…」



仰向けで寝転がる俺を見て口を尖らせて
「もう…」と呟いている



「ごめん、母さん…ちょっと具合悪いみたい…
1日だけ休ませて」

「あら、風邪?季節の変わり目だからかしら…
分かったわ、学校には連絡を入れるわね」



「ちゃんと寝ているのよ…」
そう声を掛けられて、パタンと扉が閉められた



風邪を引いた訳じゃない
けれどきっと俺は今、あまりにも沈んだ顔をしているから、具合が悪く見えたんだろう

…風邪の方がよっぽど良かったな…

昨日までの俺なら、体調が少しくらい悪くても
登校してチャンミンに会いに行っただろう
保健室には堂々と行けるし、
心配してもらえるかもしれない

でも、今は出来そうにないんだ





昨日、まるで天国から地獄へ落とされたみたいに、
俺のチャンミンに対する自信は萎んでしまって、
どこにあるのか今はもう、見つからないみたいなんだ


好きな人が出来て、毎日会えて、
嫌われて無いって思えてメールも交換して…

誰にも素顔を見せようとしない彼の『特別』に
少しはなれたんだと、そう思っていた
チャンミンが素の自分を見せてくれるのは、俺だけなんだって、勝手にそんな自信を持っていたんだ

同性同士だとか、生徒と教師だとか、年齢の差だとか…
そんな事は想う気持ちの強さを前にしたら関係無いって…そう思っていた



けれど、想いが強いからこそ、
好きで好きで堪らないからこそ…
失う事が怖くて、自信は儚くも崩れ去るものなんだと知った

好きだから幸せで、好きだから何でも出来る
そして、好きだから怖くなるんだ




......................................................




昨日の朝、女子に人気だというモデルの『マックス』が載っている雑誌を見ていたら、
チェ先生に『MAXの事を知りたければ教えてやるよ』
そう言われた
マックス、はいつもと雰囲気は違うけれど、
チャンミンに見えた

それから、チャンミンに会いに行ってないし
メールもしていない
俺がメールを送らなければ、
チャンミンからのメールも無い



俺からアプローチをしなければ、
簡単に繋がった糸は切れてしまう



「こんなに儚い物なんだな…」



それなのに、あなたへの気持ちが薄れる事なんて
これっぽっちも無いんだ



寝転がったまま腕を伸ばし、
枕元に置いたスマホを手に取る
フォルダを開いて昨夜保存した写真の1枚を眺めた

ネットで見つけた『彼』の写真は、
どれも驚く程に美しい、けれどどこか淋しげに見えた
まるで、心を閉ざして誰にも覗き込ませまい、としているようで…
初めて出会った時のチャンミンを、
少しだけ思い出したんだ



「なあ、チャンミンだろ?
MAXなんて、俺は知らないよ…」



そこに写る、昨日まで俺が知らなかった筈のモデルには
チャンミンと同じ右耳の中のほくろがあった

チャンミンの顔や首には特徴的なほくろが何箇所かあって、特に耳の中は珍しい…と思う
何枚もの写真に写るMAXを見て、それと自分が知っているチャンミンの特徴とを頭の名で照らし合わせると、全部一致したんだ



大事な人の事を、チェ先生からなんて聞きたくない
2人の間に何があるのか…そんな事も知りたくない
だけど今はまだ、あなたに直接聞くのが怖くて、
怖気付いてしまうんだ



俺はただチャンミンの事が好きで一緒に居たいだけ
毎日のように会いに行って少し近付いた気がしていた
それなのに、まるで、気が付いたら俺ひとり蚊帳の外にいた、そんな風に思ってしまう



「強くなりたいよ…」



あなたを全部受け止めて、俺の知らない全てまでひっくるめて守れる強さが欲しい
写真に写る最愛の人のほくろを上から順になぞらえて、ゆっくりと瞳を閉じた




......................................................




「よく寝た…」



結局昨日は考え過ぎたせいか本当に熱が出たけれど、
元来健康体だからか午後にはそれも引いて
じっとしているのは性分じゃ無いから、
こどもの頃から続けている合気道の道場に出向いて、
精神統一をして自分自身と向き合った



チャンミンとモデルのMAX、
顔や体型、ほくろは勿論だけど…

『MAXって知ってる?』
チャンミンにそう尋ねた時の違和感

春に、俺が授業を抜けて保健室に通っていた事を知っている担任のチェ先生…彼の言った意味深な言葉
『MAXの事を知りたければ教えてやるよ』

何より、チャンミンが教えてくれない…
サイズの合わない服や眼鏡を使って、まるで変装するように自分自身を隠している、その理由

ひとつひとつなら気にならなかっただろう
でも、点と点は繋がって線になったんだ



ずっと考えて、けれどもそれを直接聞く勇気も出なくて
考え過ぎて熱まで出てしまった
けれど、チョン・ユンホ、お前の強みはちょっとやそっとで諦めない信念の強さだろう?
人が言う事や人の行動に惑わされるな
俺自身が見て聞いた、感じた事を信じるんだ…
そう、自分に言い聞かせた



MAXはとてもキラキラしていて綺麗で
こんな人がもしも自分だけの恋人だったら、
世界中に自慢したくなってしまうと思う
それでも、俺は……
チャンミンが良いよ

サイズが合った服を着て素顔を晒しているのに
窮屈そうに見えるMAXよりも、
あなたがあなたらしくいてくれる姿なら、
何だって好きだと思う自信が有るし、好きなんだ



チャンミンとMAXが同一人物かもしれない、
そう思った時は今まで知っていた事が…今まで築き上げた関係が、全て崩れてしまったように感じた

チャンミンが俺に嘘を吐いている…
俺だけが知っていると思っていた素顔が
そうでは無かった
そんな嫉妬心から、まるで裏切られたような気分になっていたんだと思う



だけどもう大丈夫
何を聞いても何を知っても傷つかない、後悔しない
…なんて事は無いだろうけど、
チャンミンを好きな気持ちだけは絶対に変わらない

そう確信したから…



「よし、行こう」



制服を着て、気合いを入れた





「もし具合が悪くなったら、
保健室で休ませてもらうのよ?」

「もう大丈夫だよ
心配掛けてごめんね、母さん」

「…一昨日帰って来てから、
なんだかいつものあなたじゃないみたいだったから…
元気になったのなら良かったわ…」

「母さん…ありがとう」

「今日のユンホはすっきりした顔をしているわね
行ってらっしゃい」

「うん…行ってきます」



チャンミンへのメールはまだ送ってない
メールよりも、ちゃんと向かい合って話したい

チャンミンからも連絡は無いけれど、
元々俺の勝手な片想いなんだ
今更失う物なんて無いよ



自転車を漕ぐ足に力を込めて、
少し温んだ風を切って走った







「ユノ!お前めったに風邪引かないのに…
大丈夫だったか?」

「おいおい、馬鹿は風邪ひかないって言いたいのか?
まあもう完治しんだけど」



教室に入るや否や、心配した友人達が駆け寄って来る



「今日は快気祝いに皆でカラオケ行かないか?
最近お前付き合い悪かったし…な?」

「…そうだなあ」

「いいだろ?みんなお前と遊びたがってるし」



本当は、放課後チャンミンに会いに
保健室に行こうと思っていた
でも、友達が言うように春からずっとチャンミンに会う事を優先していて、誘いを断ってばかりだったんだ

それが今更だけど何だか申し訳無いのと、
こんな俺を誘ってくれる気持ちが傷付いた心に沁みて、今日だけは友達を優先しようかと思った



それなのに、OKの返事をしようと思ったその時
後ろから聞き覚えの有る低い声が降ってきて…



「チョン、元気そうだな、もう体調は大丈夫か?
進路の事で話をしたいから、
放課後職員室に来て欲しいんだが…」

「チェ先生、俺は…」

「先生、ユノは今日俺達と約束してるんです」

「そうそう、カラオだよな?」

「へえ、残念だな…先生もその話わ聞いていたから、
まだ約束はしてないって知ってるぞ?
大事な話だから先生に譲ってくれ、な?」



男らしくて人懐こい、きっと皆にはそう見えるであろう笑顔を見せる
でも、俺には…
人を支配して従わせようとする笑顔に見えるよ、先生



「分かりました」そう、顔を向ける事なく返事をした




......................................................




放課後、重たい足取りでやって来た職員室の扉を開く



「失礼します」



部活動を担当する先生方はそれぞれ活動中だから、
広い職員室は閑散としている


奥の方に有る職員机
座って仕事をしているチェ先生に声を掛けると
「待ってたよ」
そう言って、読めない顔で微笑まれた



「座って」

「いえ、このままで…」


横にあった椅子に掛けるように促されたが断る
机の前に立ち、入口に背を向ける格好で話を聞いた

先生の話は本当に進路の事で、
もしかして…?と思っていたチャンミンの話は全く出なかったので、少し拍子抜けだった



「大学受験はしないのか?」

「早く働いて、家族を助けたいので…」

「後で後悔するぞ…
合気道だって進学すれば続けられるだろう?」

「合気道はたまにやる趣味程度です
それに、もう決めてるんです」

「…今度三者面談をしよう、な?」



親は関係ない、そう口を開こうとするよりも早く
右腕をひらひらと掲げた先生が笑顔で口を開いた



「シム先生、お疲れ様です
もうお帰りですか?」



不意打ちに、体が、小さくだけれどビクッと震えた
1秒が、とてつもなく長く感じる
体が固まってしまったように動かなくて…



「チェ先生…はい、お疲れ様でした」



背中から聞こえる、3日ぶりに聞いたチャンミンの声は、なんだか疲れて憔悴しているように聞こえる
後ろにいるから顔は見えないけれど、どこか痛々しい



「俺もなんですよ
たまには親睦を深めに飯でも行きませんか?」



やっぱりチェ先生は…俺の気持ちを知っているし
チャンミンと何かしらの関係が有るんだろう
止めたい、俺が攫ってしまいたい
でもここは職員室で、俺達以外にも人がいて…

チャンミンとはちゃんと2人で話をするって決めたんだ

今は耐えろ…
ぐっと拳を握った



「じゃあ先生、帰ります」

「おい、話はまだ途中だろ?」



もう帰るところだ、ってあんたが言ってたじゃないか…

苛立ちを抑えて「また明日聞きます」
そう告げて足早に職員室を出た



チャンミンは職員室の中ほどに立っていたようで、
顔を合わせる事なく外に出る事が出来た
俺の事は…背中しか見えていなかっただろうから、
気付く訳なんて無い



でも…職員室の扉に向かう間に、
確かに、名前を呼ばれたような気がしたんだ…



あなたの事が恋しすぎて、
都合の良い幻聴でも聞こえたのかもしれない

それでも良いよ
例え幻聴だって、チャンミン、
あなたを想い続ける勇気をまた一つ貰えたんだから







職員室を飛び出て、廊下を駆けた
外は雨が降っていて空気は重たい
俺の心だって、ついさっきまで沈んでいた



けれど、チャンミンの声が聞けた
顔を見る事は叶わなかったけれど、
すぐそこにチャンミンを感じる事が出来た



もしかしたら、チェ先生と特別な関係かもしれない
俺の事なんて、何とも思っていないかもしれない
悪い事を考えればキリが無い
でも、チャンミンがそこに居るだけで力が湧いてくる
これは俺の真実だから、その気持ちを信じて進んでいこうと思うんだ



廊下の端まで走ったら息が上がったけれど、
それだって心地好くて、神様に感謝したくなる



息を整えながら、軽くなった足取りで教室に戻った
リュックを背負って帰ろうとしたら、
部活を終えた友人が教室に入ってきた



「ユノじゃん!先生の話、もう終わったの?」

「まあな」

「予定は?」

「帰るだけ」

「じゃあカラオケ行こうぜ」

「最近行ってないし、TVXQの新曲歌いたいな…」



「決まりだな」
そう言うと、
友人は荷物を纏めて楽しそうに肩を組んできた



......................................................





校則が厳しい訳じゃない
けれど、学校の最寄り駅だと
カラオケ帰りに先生に見つかるかも…そう話し合って、
二駅隣の、普通電車しか止まらない通過駅を選んだ

俺は自転車通学だから、筋トレがてら
ふたり乗りで交互に自転車を走らせた



駅前にある小さなカラオケBOXで3時間、
気の置ける友達と過ごした



歌い疲れてドリンクバーのメロンソーダを飲んでいたら
ふいに、真剣なトーンで友人が話し掛けてきて…



「最近さ、あまり俺達と遊んでくれないだろ?
最初は付き合い悪いなあって思ってたんだけど…
お前、もしかしなくても恋してるんじゃないのか?」



声は真面目なのにちょっと茶化すように言うのは、
多分、だけど、俺が話しやすいようにって思ってくれているんだろう



「なんで?」



まさかチャンミンが相手だとは思われていないだろうから、聞いてみた



「いやいや、お前分かりやすいじゃん
にやにやしてたかと思ったら、
この世の終わりみたいな顔してたり
休んだ前日もなんだかおかしかったし…
って、恋じゃないのか…?」

「あはは、そんな分かりやすい?俺って」

「チョン君♡を狙ってる女子達が残念がってるぜ」

「へぇ、でも好きな人以外は興味無いから…」

「やっぱり!
悩みがあるなら聞くし、振られたら慰めてやるよ
お前には俺や皆がいるんだって、忘れるなよ…」

「…ありがと」



今は話せないけど、いつか…
話せる時が来ると良いなと思った







電車通学の友達を駅の改札前で見送り  
自転車に乗ろうと足を上げたその時だったんだ







「あ…」

「あ!」






改札から出てきた姿を見て、思わず声が出た
それは相手も同じだったみたいだ



3日ぶりに、俺を見るあなたの姿が見える



声にはならなかったけれど
チャンミンの唇が
まるでスローモーションのように、

『ユノ』

そう動いたように感じたんだ





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