チャンミンと外で会う約束をした



正確には『約束』じゃなくて俺が勝手に決めただけだけど…嫌だ、とは言われなかったから



チャンミンの事、まだまだ知らない事だらけだけど
好きな所はたくさん挙げられる
いつも、どこか人目を避けて
気を張っているように見えるあなたが、
俺の前で笑ってくれたら嬉しい
なんて…そんな事は烏滸がましいのかもしれない



けれど、俺と居る時だけでもほっとしてもらえたら、
そのままのシムチャンミンで居てくれたら良いなと思うんだ



知らない事と言えば、当たり前だけれど
俺はチャンミンの連絡先も知らなくて…
赴任して直ぐの、まだ頬を掠める風が冷たかった春の日
『ID教えてよ』そう言ったら、けんもほろろに無理だと
あしらわれた



あれから2ヶ月が経ち、チャンミンが俺に話し掛ける声も雰囲気も柔らかくなった
俺と同じ気持ちだなんて、それは思わない
けれども断られたって諦める気なんて無いから…



「チャンミン、あのさ…連絡先交換して欲しい…
お願い」



いつもの昼休み
保健室で話も弾んで、
チャンミンが俺を見て笑ってくれる
今がチャンスだと思って切り出したんだ



「ここで会えるし、充分話してるじゃないか…」

「足りないよ、俺には…
学校にいる間しか会えなくて、それだって毎日じゃなくて限られた時間だけ
周りにもばれないようにして、なんて…」

「会いに、はチョンが勝手にでしょ
ああ違う…会いたくないって訳じゃ無い
ばれないようにしてって言ってるのは君の為、だから」

「分かってるよ、チャンミンが先生として
俺の心配をしてくれてるって」



『会いたくない訳じゃ無い』
それはきっと、天の邪鬼なチャンミンの
『会いたい、話したい』
なんじゃないかな、と思えた
まあ、俺の願望が多分に含まれているんだけれど…



「連絡先を知っていれば、
会えなくても少しは我慢出来ると思うんだ
そうすれば、俺が人目を避けて保健室に来る事も
減らせて、チャンミンの心配も減るだろ?」

「…ここに来なくなるの?」



眼鏡の奥の瞳がどんな表情をしているかは分からないけれど、心なしか寂しそうな声



「俺は来たいよ、毎日だって会いたい
でも、チャンミンの迷惑にはなりたくない」

「………分かった」



下を向いて、少し考えるような素振り
それからそう言ってチャンミンが取り出した物は
年季の入ったガラケーで…



「IDは無いからね…」



その声は少し、いや、少しむくれている



「もしかして…
前に聞いた時不機嫌だったのはIDが無いから?
そんなの、チャンミンと連絡が取れるなら、
アドレスでも番号でも何だって良いのに」

「別にそんな事言ってない」

「可愛い」

「かわ…っ…チョンってやっぱり変わってる」



「こんな眼鏡なのに…」なんてぶつぶつ言っていて、
そんな姿が可愛いんだと言ったら眼鏡から覗く頬が赤く染まった



初夏の風が優しく保健室に吹き込むこの日、
俺は漸く愛おしい人の電話番号とメールアドレスを手に入れたんだ




......................................................






7時50分
『おはよう、朝飯はなにを食べたの?』


8時15分
『ラーメン3人前とチャーハン』



返信しようとスマホを触っていたら
腕組みをした母親が目の前に立っていた



「ユンホ、もう遅刻するわよ?準備出来たの?」

「やべ、行ってきます」

「気をつけてね
最近、あなたが生き生きしているから母さんも嬉しいわ」

「え…そうかな…俺頑張るよ」

「ふふふ、期待してるわね
行ってらっしゃい」




8時17分
『さすがチャンミン
成長期の俺だってそんなに食べないよ』



普段は使わないけれど、笑っている顔の絵文字をつけて
文章を完成させる
『送信』をタップして、自転車に飛び乗った

 

日課になったチャンミンとのメール
まあ、いつも俺が送ってばかりなんだけど…
メールなんて送り合う事が無いから新鮮で、
毎晩寝る前に保護したメールを見返すのが
最近の俺の楽しみなんだ



少し前までは学校でしか話せなかったのに、
今では朝から話せるのが嬉しくて、
つい時間を忘れてしまう
緩んでしまう頬を何とか引き締めようとするけど
無理みたいだ



好きな人が出来る、その人が居てくれる
それだけでこんなに力が湧くものだったなんて知らなかった



今まで、俺に告白してくれた女子がどんな気持ちか、
なんて想像した事も無かったけれど、
彼女達も今の俺みたいな気持ちだったんだろうか…
もう少し傷つけないように断れば良かったかな
初めてそう思えるようになったのは、 チャンミンのお陰で、恋をしたお陰で成長出来ているのだと思った



少し湿気をはらみ出した風を切って自転車を走らせて、
予鈴が鳴り終わる前に学校の門を潜った
視線の先に居るのは…



「チャ……じゃない、先生おはよう」



グレーと黒の地味なボーダー柄Tシャツに
カーキ色の薄いカーディガンを着た、撫で肩の後ろ姿
丸い後頭部にはぴょこん、と髪の毛がひと房
重力に逆らっていて…

 

「おはようございます、早く教室に入りなさい」

 

振り向いた僕の好きな先生は、
俺を見て一瞬口元が緩んだ、ように見えた
けれどもそれは一瞬で、直ぐにきゅっと真一文字に結ばれてしまう
  


自転車を急いで停めて、駆け寄る
不自然じゃない程度にチャンミンに並んで
「返事くれないの?」
そう尋ねたら一瞬こちらを振り向く



「話は終わってたでしょ、それに…
こうやって、会えるんだから」



無表情でそんな事を言ってのける可愛い人
引き離すような事を言った次の瞬間には、
俺を喜ばせる事をいとも簡単に言うんだ
素でこんな事言うなんて、これがツンデレってやつなのかな?

チャンミンの一挙手一投足から目が離せなくて
今日も、好きな気持ちが更新されていくんだ



「また後でね、先生」

 

逸る気持ちを抑えて、でも可能な限り近づいて
耳元に小さく囁く

チャンミンを追い越して、
振り返らずに教室への道を急いだ





チャイムが鳴り終わる直前、何とか教室に滑り込んだ
遅刻をしたり授業をさぼると内申に響く
けれども何より、チャンミンに心配を掛けてしまって
一緒に居ることが難しくなってしまうから、去年までは月に何度もあった遅刻も今年はまだ1度も無いんだ



本当なら、何もかも投げ捨ててチャンミンの傍に居たい
けれど俺はまだまだ子供で…
せめて少しでも大人に近づけるように、チャンミンに頼ってもらえるような存在になりたい、そう思った



教室を見渡すと、一限目の先生はまだ来ていなくて
クラスメート達は自由に過ごしていた
話し掛けて来る友人達を適当にあしらって、
自分の席にカバンを置いて、隣の女子に問いかける



「おはよう、先生は?自習?」

「チョン君おはよう
チェ先生ね、道が混んでて少しだけ遅れるんだって
自習だったら良かったのにね…残念」



小さく舌を出したその子は、
雑誌のページを嬉しそうに捲っている

自習なら早速チャンミンの所に行けたのにな…
しょうがないからスマホを取り出し、チャンミンからのメールを見返していた



「わあ…ねぇ、これいつ買ったの?」
「私も見たい、見せて?」
「ほんとにイケメン…」
「こんな人、本当にいるのね…」
「一目で良いから会ってみたいな」



遊ぼう、と言ってくるいつもの面子を追い払って、
俺とチャンミン、ふたりの世界にひっそり静かに耽っていたのに…
俺の隣には、いつの間にかクラスの女子数人が集まっていた



うるさいなあ、邪魔するなよ…
自分勝手な言い分かもしれないけど、チャンミン以外の人になんて興味が無いから、理不尽な怒りが沸いてくる

けれど、女子が集まった時の勢いは物凄い
俺の席だけど、ここに居たってゆっくり出来ないだろう
溜息と共に渋々席を立ったんだ
けれど、俺の方がその場を立ち去るのが何だか悔しくて…
睨みを効かせてやろう、と思い隣を一瞥した

その時、俺の視界に入って来たのは…



「は?え……」



飛び出た声は思いの外大きくて、
クラス中の視線を集める事になった



ちょっと待ってくれよ
思考が追いつかない…




女子達の熱い視線を集める雑誌



そこに写っていたのは、
光沢のある深い紫のスーツを身に纏って
美しく輝く、大きな瞳でこちらを見つめる、
俺の大好きな先生、チャンミンだったんだ



「ユノ、朝からどうしたんだよ?」
「弁当でも忘れたか?」
「何があったか知らないけど、
まあとりあえず落ち着けって」



立ち尽くしている俺の肩を友人達はぽん、と叩き
なんだか憐れむような視線を寄越してくる



弁当じゃねぇよ…

弁当なら忘れたって、チャンミンにお願いしておかずをもらえば良いし、そうすれば、あわよくばチャンミン手作りのおかずを食べられるんだから
それに、例え昼飯くらい食べなくたって、チャンミンが美味しそうに食べる顔を見れば、お腹いっぱいになる自信が俺には有るんだ



…いやいや、そうじゃない
混乱して脱線してしまい現実逃避しようとする思考を、必死に取り戻そうと頭を振った



隣にいる女子達は間抜けな俺の声に一瞬こちらに意識を向けたけれど、すぐに雑誌の中の人物に夢中になっている
大きく深呼吸をして、それから彼女達の興味の中心になるであろう雑誌を覗き込んだ



雑誌の中でこちらを見つめるのはやはり、
素顔のチャンミンにしか見えない
撮影用にメイクをしているのだろうか
俺が知ってる素顔よりも、少し派手ではあるけれど
見間違う筈が無い

いや、でも双子とか…?



「…なあ、これって誰?」



確かめないと始まらないから意を決して聞いてみた
緊張で声が掠れて、こほんと咳込んだ



「え?チョン君も気になる?」
「やっぱり男子から見ても素敵だと思う?」
「王子は目の保養になるよね」
「悔しいけど、女子よりも美人なんだよね…MAXって…」



女子はどうしてこう口々に話すのだろう…
彼女達は興奮していて、それは、それだけ雑誌の中の人が魅力的だから、なんだろうけど…



「……マックス…」



聞き逃しそうになったけれど、確かにそう言ったよな…



どこかで聞いたフレーズだと思ったら
つい先日、俺に告白してきた女子、その子が好きだと言っていたモデルの名前…



あの日、チャンミンに何の気なしに
『マックスってモデル、知ってる?』
そう聞いた時に感じた違和感



勘が良い方じゃない俺だけど、
当たっている気がしたんだ



そう言えば、今朝、テレビから流れるニュースでは
梅雨入りが発表されていて…

湿気を孕んで重たくなった空気が俺の体に纒わり付いて、じわじわと侵食されていくように感じる



俺に見せてくれたあなたは、
あなたの中のほんの断片だったのかもしれない
けれどそこに偽りなんて無いと思っていたんだ



チャンミン…先生…
あなたの本当の姿は一体何なんですか?
心の中で、届かない問いを小さく吐き出した








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