ホメーロス研究会だより 714 | ほめりだいのブログ

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2024年度春季号 その5

 

5月18日の「ホメーロス研究会」の様子です。今回は『イーリアス』第二歌99行目から122行目までです。

 

兵士達が集合するとアガメムノーンが皆の前に立ちます。

 

・・・ ἀνὰ δὲ κρείων Ἀγαμέμνων

ἔστη σκῆπτρον ἔχων τὸ μὲν Ἥφαιστος κάμε τεύχων.

Ἥφαιστος μὲν δῶκε Διὶ Κρονίωνι ἄνακτι,

αὐτὰρ ἄρα Ζεὺς δῶκε διακτόρῳ ἀργεϊφόντῃ:

Ἑρμείας δὲ ἄναξ δῶκεν Πέλοπι πληξίππῳ,

αὐτὰρ ὃ αὖτε Πέλοψ δῶκ᾽ Ἀτρέϊ ποιμένι λαῶν,

Ἀτρεὺς δὲ θνῄσκων ἔλιπεν πολύαρνι Θυέστῃ,

αὐτὰρ ὃ αὖτε Θυέστ᾽ Ἀγαμέμνονι λεῖπε φορῆναι, (2-100~7)

 ・・・ アガメムノーン王は

錫杖を執って立ち上がった、それはヘーパイストスが骨折って作ったもの

ヘーパイストスはそれをクロノスの御子たる王ゼウスに奉り

そしてゼウスは使いの神たるアルゴスの殺し手に授け

ヘルメイアース神は馬を駆るペロプスに授け

そして今度はペロプスは人々の王たるアトレウスに授け

アトレウスは死ぬときに羊多きテュエステースに残し

そして今度はテュエステースはアガメムノーンに持つようにと残した

 

102行目から四行、いずれも第三脚に δῶκεδῶκεδῶκενδῶκ᾽ と連ね、105,6行目には ἔλιπενλεῖπε と並べ、定型的詩行をもってアガメムノーンにつながる錫杖=王権の系譜が語られています。

104、5行目にある Πέλοψ はペロポネソスの地名の由来となる王名です。

アガメムノーンの王権については、ネストールがアキレウスとアガメムノーン間の諍いの仲介に立ったとき、アキレウスに対してこう言っていたことが想起されます。

 

μήτε σὺ Πηλείδη ἔθελ᾽ ἐριζέμεναι βασιλῆϊ

ἀντιβίην, ἐπεὶ οὔ ποθ᾽ ὁμοίης ἔμμορε τιμῆς

σκηπτοῦχος βασιλεύς, ᾧ τε Ζεὺς κῦδος ἔδωκεν. (1-277~9)

そなたぺーレウスの子よ、王と争おうとなさるな

力尽くで、というのも同じ名誉を与えられているのではないのだから

ゼウスが誉れを与えられる錫杖持つ王というものは

 

このように σκηπτοῦχος βασιλεύς たるアガメムノーンは格別の地位を占めていました(もっともアキレウスはその体制を肯んじてはいませんが)。

 

アガメムノーンの全軍を前にした演説がはじまります。

 

ὦ φίλοι ἥρωες Δαναοὶ θεράποντες Ἄρηος

Ζεύς με μέγα Κρονίδης ἄτῃ ἐνέδησε βαρείῃ,

σχέτλιος, ὃς πρὶν μέν μοι ὑπέσχετο καὶ κατένευσεν

Ἴλιον ἐκπέρσαντ᾽ εὐτείχεον ἀπονέεσθαι,

νῦν δὲ κακὴν ἀπάτην βουλεύσατο, καί με κελεύει

δυσκλέα Ἄργος ἱκέσθαι, ἐπεὶ πολὺν ὤλεσα λαόν. (2-110~5)

おお仲間達、ダナオイの勇士達、アレースの伴達よ

大いなるゼウスは私を重い迷妄におとしいれられた、

酷い方だ。彼の神は、前には約束し承諾された

私に構えよきイーリオスを攻略して帰還することをだ

しかし、今や悪しき欺瞞を企まれた。私に命じられるのだ

多くの兵士達を失った揚げ句不名誉にアルゴスに戻ることを 

 

113行目の ἐκπέρσαντ᾽ は、同行の不定法 ἀπονέεσθαι の主語として、対格形ἐκπέρσανταμε=アガメムノーン)と考えられます。

114行目から次行にかけて、「(ゼウスは)私に命じられるのだ/多くの兵士達を失った揚げ句不名誉にアルゴスに戻ることを」と言っています。勿論これは嘘です。ゼウス(の使いである夢)は逆に「(ゼウスは)そなたに命ぜられた、髪長きアカイア勢を武装させよと/すぐさまにだ、というのも今こそ道広きトロイア人の町を攻略するであろうから」(2-65、6)と言っていたのでした。

アガメムノーンはゼウスのお告げを偽って嘘をついているのですが、実は自分がゼウスの嘘に騙されていることを知りません。そのアガメムノーンが「(ゼウスは)今や悪しき欺瞞 κακὴν ἀπάτην を企まれた」(114)と言っています。この「悪しき欺瞞」の言葉をアガメムノーンは何を指して使っているかというと、続く115行目のδυσκλέα Ἄργος ἱκέσθαι, ἐπεὶ πολὺν ὤλεσα λαόν を指していると思われます。すなわち「偽りの夢」のことではありません。しかしアガメムノーンは知らず知らずゼウスに騙されていることを言い当てています。この点に関して研究会では「事情を知っている聴衆・読者がアイロニーを感じ取る箇所だ」との指摘がありました。

 

アガメムノーンは演説の中で更にこのようなことを言っています。

 

ὃς δὴ πολλάων πολίων κατέλυσε κάρηνα

ἠδ᾽ ἔτι καὶ λύσει: τοῦ γὰρ κράτος ἐστὶ μέγιστον.

αἰσχρὸν γὰρ τόδε γ᾽ ἐστὶ καὶ ἐσσομένοισι πυθέσθαι

μὰψ οὕτω τοιόνδε τοσόνδε τε λαὸν Ἀχαιῶν

ἄπρηκτον πόλεμον πολεμίζειν ἠδὲ μάχεσθαι

ἀνδράσι παυροτέροισι, τέλος δ᾽ οὔ πώ τι πέφανται:  (2-11722)

彼の神(ゼウス)は多くの町の頂を滅ぼされた

これからも滅ぼされるであろう、彼の神の力は最強である故

後世の人に知られることは恥ずべきことだ

無駄にこれほどの強力で多くのアカイアの軍勢が

成果無き戦闘を戦うことは

少数の者に対して、(戦いには)終わりが見えないのだ

 

最強のゼウスは多くの町を滅ぼす、しかも我軍は質量共に相手を圧倒している、云々。これらの言辞は、演説の目的としているはずの退却の呼びかけに(すんなりとは)つながりません。アガメムノーンがこんなことを言うのは何故でしょうか。この疑念については、演説はまだ続きますので、次回に改めて検討したいと思います。

 

次回ホメーロス研究会は5月25日(土)で、『イーリアス』第二歌123行目から146行目までを予定しています。