ホメーロス研究会だより 682 | ほめりだいのブログ

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2023年秋季号 その7

 

10月7日(土)は通常の研究会はお休みし、「ホメーロス研究会(旧称:ホメーロス輪読会)の四〇周年記念会」を開催しました。

 今号ではその記念会の様子の一端をお伝えします。

 

1983年の「ホメーロス研究会」(旧称:ホメーロス輪読会)発足以来、その活動に携わってきた諸先輩や外部の関係の方々から、お祝いや励ましのメッセージをいただき、それが紹介されました。中には、遠くフランスのヘレニストの人達や在日ギリシア大使からのメッセージもありました。

 

次いでメインイベントとして、研究会メンバー・関係者各人による『イーリアス』全巻中最も鍾愛する一節の披露がありました。

以下そこで挙げられた箇所を掲げます。

 

1.第1歌冒頭~ (複数人)

2.3-216~224  アンテーノールの見たオデュッセウス像

3.6-146~149  グラウコスが語る人の世の比喩

4.6-369~502  ヘクトールとアンドロマケーの別れ

5.6-466~481  ヘクトールの兜を怖がる幼児

6.16-1~100   パトロクロスとアキレウスの会話

7.16-702~710 アポローンに立ち向かい退けられるパトロクロス

8.20-1~74    神々の戦い

9.22-442~449 館にいてヘクトールの死を予感するアンドロマケー

10.22-462~476 引きずられる夫の遺体を目にするアンドロマケー

11.24-265~274 プリアモスの馬車の準備

12.24-500~506 アキレウスの手に口づけしたプリアモス

 

ほとんどどれも『イーリアス』の中で特筆に値する名場面・名調子・名科白です。

 

意外なのは(選択したメンバー自身が「意外と映るかもしれないが」と言っていましたが)11番の「プリアモスの馬車の準備」(24-265~274)かもしれません。

ここには、騾馬が挽く馬車を準備する様が詳細に語られています。馬具や馬車の構造に関わる技術的専門的用語が多く、註訳者・翻訳者泣かせの一節です。松平が訳注で「詳細はよく分からない。ここに訳したものは試案に過ぎない」と註記しているくらいです。しかし、語られる内容には事実に基づく描写であることを感じさせる具体性があります。このような技術的・実務的描写はホメーロスの特徴の一つです。ホメーロスの詩編が百科全書である所以であり、しかもそれが六脚韻の韻律に乗せられてテンポよく語られているところに得がたい魅力がある、と選択者の感想がありました。

 

それと若干珍しいのは8番の「神々の戦い」(20-1~74)です。選択者は選択の理由をこう語っていました。「自分がホメーロスに関心をもったきっかけはゲームだった。神々が戦いをするゲームがあり、その中にはゼウスを他の神々がよってたかってボコボコにするものなどもあった。その自分のホメーロス体験の原点に繋がるので、この箇所は殊の外興味深い」と。

ホメーロスに通じる道は様々だということに改めて気づきます。これからはこのようにゲームや漫画がきっかけになる人がますます増えていきそうです。そういえば、この「神々の戦い」の中にはこんな箇所もありました。

ἔδεισεν δ᾽ ὑπένερθεν ἄναξ ἐνέρων Ἀϊδωνεύς,

δείσας δ᾽ ἐκ θρόνου ἆλτο καὶ ἴαχε, μή οἱ ὕπερθε

γαῖαν ἀναρρήξειε Ποσειδάων ἐνοσίχθων,

οἰκία δὲ θνητοῖσι καὶ ἀθανάτοισι φανείη

σμερδαλέ᾽ εὐρώεντα, τά τε στυγέουσι θεοί περ: 

τόσσος ἄρα κτύπος ὦρτο θεῶν ἔριδι ξυνιόντων.(20-61~66)

死者達の王アイドーネウスは地下で怖れた

怖れて玉座から躍り上がり叫んだ、上で

地を揺すぶるポセイダーオーンが大地を破壊してしまわぬかと

そして館を人間共と神々に露わにしてしまわぬかと

恐ろしく黴だらけの、神々さえも忌み嫌う(館を)

それほどの騒擾が神々が戦いを始めたので起こった

冥界の王アイドーネウスは本来恐れられる対象であったはずです。その慌てふためく様はコミックさながらです。

 

4番の「グラウコスが語る人の世の比喩」はこうです。

οἵη περ φύλλων γενεὴ τοίη δὲ καὶ ἀνδρῶν.

φύλλα τὰ μέν τ᾽ ἄνεμος χαμάδις χέει, ἄλλα δέ θ᾽ ὕλη

τηλεθόωσα φύει, ἔαρος δ᾽ ἐπιγίγνεται ὥρη:

ὣς ἀνδρῶν γενεὴ ἣ μὲν φύει ἣ δ᾽ ἀπολήγει. (6-146~149)

木の葉の生がそうであるようにそのように人生もある

木の葉は風が地に降らせる、しかし木々は

生い茂る、春の季節は巡ってくる

その如くに人の血統はあるいは生まれあるいは滅びる

人間の生死に対する省察が、植物のそれになぞらえられながら、簡潔かつ情感豊かに表現されています。

そしてまたこの比喩は、今回40周年を迎えた「ホメーロス研究会」の比喩でもあります。「ホメーロス研究会」は40年間に多くの先輩メンバーが参加し去って行かれましたが、会自体は残るメンバーと新しいメンバーで継承されてきています。おそらく、大袈裟に言えば人類が存続する限りホメーロスを読むこのような場は何らかの形で受け継がれていくに違いありません。

 

次回ホメーロス研究会は10月14日(土)で、『イーリアス』第一歌78~104行目までを予定しています。