ホメーロス研究会だより 681 | ほめりだいのブログ

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2023年秋季号 その6

 

9月30日のホメーロス研究会の様子です。

今回は『イーリアス』第一歌53行目~77行目までです。

 

アポローンがアカイア軍に弓矢を降らせ、兵士達が次々と倒されていったところでした。

そこでいよいよアキレウス登場です。

 

ἐννῆμαρ μὲν ἀνὰ στρατὸν ᾤχετο κῆλα θεοῖο,

τῇ δεκάτῃ δ᾽ ἀγορὴν δὲ καλέσσατο λαὸν Ἀχιλλεύς:

τῷ γὰρ ἐπὶ φρεσὶ θῆκε θεὰ λευκώλενος Ἥρη:

κήδετο γὰρ Δαναῶν, ὅτι ῥα θνήσκοντας ὁρᾶτο.

οἳ δ᾽ ἐπεὶ οὖν ἤγερθεν ὁμηγερέες τε γένοντο,

τοῖσι δ᾽ ἀνιστάμενος μετέφη πόδας ὠκὺς Ἀχιλλεύς: (53~8)

九日間にわたって陣中に神の矢が降り注いだ

十日目に会議へと兵士達をアキレウスが呼び集めた

彼の心に(その考えを)女神ヘーレーが置いたからだ

それはダナオイ人達のことを思ったからだ、彼等が斃れていくのを見て

彼等が集まって一所に集合したとき

彼等の中に立ち上がって足速きアキレウスは言った

 

最初の53行目の韻律について Leaf は「はなはだ奇妙だ very strange」としてこうコメントしています。

The rhythm of this line is very strange; the connexion of the preposition with its case is so close as hardly to admit a caesura; but there is no other in the third or fourth foot

と。たしかに

ἐννῆμαρ μὲν ἀνὰ στρατὸνᾤχετο κῆλα θεοῖο

ですので、通常第三詩脚内かさもなくば第四詩脚内にある「中央行間休止たる caesura 」は認めがたく思えます。その結果、第三詩脚・第四詩脚間(στρατὸν ᾤχετο の間)の diaeresis(一致分切)が中央行間休止であることになりそうです。しかしそれはヘクサメーターの韻律として禁じ手とされています(禁じ手とされる理由は、六脚韻が完全に二等分され、そのことで六脚韻特有の変幻自在なリズムが失われ単調に陥るからだと思われます)。それ故 Leaf strange と評したわけです。

 研究会ではこの問題が話題になりました。

ἀνὰ を後代の前置詞ととればそうだが、副詞的に捉えれば στρατὸν との connexion so close とも言えないのではないか」

「韻律を捉える際に、意味をどこまで考慮すべきかの問題もある」

「禁じ手と言っても絶対のものなのかどうか」

「第四詩脚の後に bucolic diaeresis があり、また第二脚にも caesura がある。中央行間休止も含めこれら全てがリズムを構成しているのであり、どう吟唱するか(どう息継ぎするか等)は吟唱者次第なのかもしれない」等々。

58行目 δ᾽ ἀνιστάμενος の小辞 δ(ε) は「帰結文(主文)の apodotic δε」といわれるものです。Chantraine はこの詩行を例文としてこう解説しています。すなわち、「(ホメーロスに特徴的な)並置文的性格は従属文と主文の照応を強調する小辞の使用に置いても認められる」と。

そしてアキレウスはこう言います。

 

Ἀτρεΐδη νῦν ἄμμε παλιμπλαγχθέντας ὀΐω

ἂψ ἀπονοστήσειν, εἴ κεν θάνατόν γε φύγοιμεν,

εἰ δὴ ὁμοῦ πόλεμός τε δαμᾷ καὶ λοιμὸς Ἀχαιούς:

ἀλλ᾽ ἄγε δή τινα μάντιν ἐρείομεν ἢ ἱερῆα

ἢ καὶ ὀνειροπόλον, καὶ γάρ τ᾽ ὄναρ ἐκ Διός ἐστιν,

ὅς κ᾽ εἴποι ὅ τι τόσσον ἐχώσατο Φοῖβος Ἀπόλλων, (5964)

アトレウスの子よ、今や我々は押し返されて

帰還させられることになるだろう、よしや死を逃れることがあったとしても

もし戦いと疫病とが共にアカイア人達を打ち拉ぐならば

さあ誰か予言者に問うてみよう、あるいは神主にか

あるいは夢占師にか、というのも夢はゼウスよりのものであるから

彼は何故このようにポイボス・アポローンが怒っておられるか言ってくれるだろう

 

60行目に εἴ κεν+希求法 φύγοιμεν、61行目に εἰ +直説法未来 δαμᾷ があります。これについて S.L. Schein はこう註を付しています。

εἴ κεν … φύγοιμεν ‘if (as seems unlikely) we should escape’. εἴ κεν + optative expresses a more remote possibility than would be ἐάν + subjunctive, and much more remote possibility than 61 εἰ δὴ ὁμοῦ πόλεμός τε δαμᾷ καὶ λοιμὸς Ἀχαιούς, in which δὴ and the future indicative following εἰ strongly imply war and plague realy will master Achaeansと。

63行目後半 καὶ γάρ 以下はいわば括弧書きの補足であり、τ(ε) は格言的表現に付随する小辞です。καὶ γάρ はこのような神話やその他の範例を持ち出すときの導入句です。「というのは(昔から神話等でも)夢はそのようなものとされているので」といったニュアンスでしょうか。

さてここでアキレウスは初めて表舞台に登場したのですが、ここに見られるのはアカイア全軍の命運を慮る指導者としての像です。先の自分の利益に拘り全軍の命運をないがしろにした驕慢なアガメムノーンの像(26~32)とは好対照をなしています。尤も、この後のアキレウス行動はここでのように必ずしも全軍のことを優先させたものではないのですが、そういう行動をとらせたのは他でもないアガメムノーンの驕慢故でした。

ところで、ここでアキレウスはアガメムノーンのクリューセースに対する侮辱が災禍の原因であると明言はしていません。そのことに気づいていなかったのか、あるいは気づいていたが敢えて触れなかったのか、会での意見は分かれました。侮辱後九日間経っていたことからすると前者のようにもとれますし、総大将との正面衝突を(少なくとも当面は)避けようとしたと考えると後者ともとれます。これは少し先でも問題になる点ですので、その際改めて検討することにします。

アキレウスの要請に応じて立ったのは鳥占師カルカースでした。

そのカルカースを説明する関係節の詩行に

 

ὃς ᾔδη τά τ᾽ ἐόντα τά τ᾽ ἐσσόμενα πρό τ᾽ ἐόντα (1-70)

彼はあること、あるであろうこと、かつてあったことを知っていた

 

があります。意味の上から鳥占師の能力・特性を簡潔至極に定義していると同時に、音調の上でも【ta/te/ta/ta/te/te/ta】と極めて口調がよく、印象に残る詩行です。

 詩編終盤で出てくる

πολλὰ δ᾽ ἄναντα κάταντα πάραντά τε δόχμιά τ᾽ ἦλθον (23-116)

彼らは登り降り、横手に筋交いに大いに行き来した

と好一対です。

さてカルカースは言います。

 

ὦ Ἀχιλεῦ κέλεαί με Διῒ φίλε μυθήσασθαι

μῆνιν Ἀπόλλωνος ἑκατηβελέταο ἄνακτος:

τοὶ γὰρ ἐγὼν ἐρέω: σὺ δὲ σύνθεο καί μοι ὄμοσσον

ἦ μέν μοι πρόφρων ἔπεσιν καὶ χερσὶν ἀρήξειν: (1-174~7)

おおゼウスに愛されしアキレウスよ、私に言えと命ずる

遠矢を居るアポローン神の怒りを

されば私は言おう、そなたは約束し誓ってくれ

私を喜んで言葉と手でもって守ると

 

77行目 ἦ μέν ἦ μήν と同じであり、誓言のはじめによく聞かれる決まり文句です。高津註では、アキレウスが直接話法で誓うときに言うべき文句をカルカースは間接話法中でそのまま用いている、と注意喚起をしています。こんな措辞にもホメーロスの自在さが表れているようです。

 

次回ホメーロス研究会は二週間後の10月14日(土)で、『イーリアス』第一歌78~104行目までを予定しています。

次週10月7日(土)は通常の研究会はお休みし、「ホメーロス研究会(旧称:ホメーロス輪読会)の四〇周年記念会」を予定しています。

ホメーロス研究会は1983年に西脇順三郎の古典研究の流れを受けて発足しました。今年は四〇周年にあたり、開催回数は1100回を数えることになります。メンバーは入れ替わって来ていますが、自由な雰囲気でホメーロスの朗読と解釈を続けています。古典ギリシア語初歩を終えた方ならどなたでも参加可能です。関心おありの方は明治学院大学言語文化研究所までご照会ください。