2018年11月にJR京都線の東淀川駅付近を散策した記事を投稿しましたが(前編と後編)、あれからちょうど3年経って、また実家に帰る用事のついでに当地を訪ねて来ました。実際に訪ねたのは少し前になりますが8月の終わり、大変に暑い日でした。日にちが経ってますので記憶や印象が若干ぼやけてますけど、もう普段から呆けてますから大した影響はないかと。
もうすでに旧駅舎は跡形もなくなってました。このような写真付きプレートでのみ当時の面影が伝えられています。思えば3年前、訪ねておいてよかった。
駅ホームから旧駅舎があったはずの場所を望む。駐輪場になってます。でも、実際にいまこの地に住んで駅を毎日利用されている方にとっては、この方が便利でいいですよね。
ホームの端から吹田方の景色。地下通路に向かう階段は閉ざされ、踏切跡が見えます。
駅舎跡の駐輪場。このあたりが昔の駅の入り口でした。
駅から少し離れたところ、かつての新大阪ニューデパートの裏手にある某医院。ここの娘さんは小学校の同級生でした。聡明な人だったことを覚えています。医院はどなたが継いでいるのだろうか。
前回訪問時にはすでに廃業されていた様子の玩具店キリンヤは今回はもう別の店になってました。造作も変わったのか、どの建物がそうだったのか見当もつきません。
ひじり幼稚園。当時はまさに寺子屋然とした建物でしたが、半世紀以上経ってずいぶんと厳しい見てくれになりました。
地下鉄御堂筋線の東三国駅から線路に沿って江坂方面に行くと蒲田神社という大きな神社があって、ここのお祭りにはよく行きました。子供の足だと僕の住んでいた宮原町からはそこそこの距離があるので、子供心にちょっとした遠征気分でした。そんな折にはこの辺りを縄張り(?)にしてた子たちとしばしば揉めたのも懐かしい思い出です。
北中島小学校の校門脇の店。前回訪問時はすでに黄昏時で店のようすはよくわからなかったのですが、今回はしっかりと見学。中には入りませんでしたが、内装は当時とさほど変わってないように見受けられました。
幼稚園の裏手に鬱蒼とした林に囲まれた神社があったのですが、僕の子供の頃すでに結構荒れ果てていて、野犬も徘徊する危険な場所、でもここを通らないと銭湯に行けないので毎日が冒険でした。夏にはクワガタも獲れたし、今から考えると本当に別世界でした。今はこのように記念碑が建って、「春日神社」の文字だけが当時の記憶を呼び起こす縁となっています。
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さて、今回は東淀川駅に向かうのにちょっと遠回りして新しくできたおおさか東線というのに乗ってみました。
京橋から片町線(いまは違う名前ですね、なんでしたっけ?)に乗って次駅の鴫野で乗り換えです。終点の新大阪へ向かう途中の野江、城北公園、淡路などという固有名詞がつい懐かしく、車窓からあちらこちらと眺めましたが、もちろん街並みはすっかり様変わりしてました。この辺りは祖父母の家があったところで、思い出が尽きません。淡路のアカシヤなんてまだあるのか知ら【追記。調べたら今もまだ営業されてました。スーパーマーケットです。】。
この線は以前は城東貨物線といって、割と珍しいタイプの貨車が通るのでよく見物に行きました。今の東京で言えば、葛飾の新金貨物線が沿線風景としては近い。あの線もいずれ旅客化されるんでしょうね。
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ということで今回の散策は終了。3年前との大きな違いは、やはりコロナの影響なのか、閉店した店舗がやたら目についたこと。僕はもはや通りすがりの余所者に過ぎないので、うがったことは申し上げられないけれど、閑散とした商店街を見てなんともやりきれない思いでした。










