ツイッターなんかを見るとまた悲しくなるので、乗車してからずっと本を読んでました。『ハリー・クバート事件』。みんなが面白いというので昨日買ってきました。確かに面白い。でもいきなり15歳の少女の殺人事件。不謹慎でゴメンなさい。でもこれも仕事の一環といえば一環なので、どうぞご容赦ください。
さっきちょっとツイートしましたけど、富士の町を眺めながら去年の秋ツアーのことを思い出しました。当時は美怜ちゃんのこと()で一杯一杯で、りななんのことはほとんど見てなかったはずなのに、何故か頭に浮かぶのは彼女のことばかりです。しょうがないですよね。
昨夜放送されたエビ中放送部、メンバーは出ず、局アナの人のMCで淡々とエビ中楽曲が流されました。約束。まっすぐ。心に沁みました。約束って曲、業というか念というか、歌われるたび、聴くたびに色んなことが積み重なって、特に今回の件を受けてとてつもなく重いものになったような気がします。聴いていて心が震えました。
美怜ちゃんが好きで、美怜ちゃんに会うためにエビ中現場に通ってきた自分ですが、今回のことで思い知ったのは、やっぱりメンバー全員好きだということ。もちろん僕の中ではその中心には美怜ちゃんがいるわけですが、概念としての彼女を構成する要素として、あるいは彼女の属性のひとつとして、他のメンバーは有機的にかつ骨絡みに結びついていて切っても切り離せない。故人との別れを表すのに「片腕をもがれたよう」という形容をたまに目にしますが、今回の件などまさにそう、体も心もいろいろなところが痛みます。
残された人たち……彼女のご両親や、美怜ちゃんをはじめとするメンバー、いつも近くにいたスタッフのみなさんの痛みは僕の比じゃないと思いますが、そういうことを何かにつけつい想像してしまうのも辛い。でもそうやって少しでも辛さを共有することが自分にできる精一杯のことと心得て、その辛さにしっかり向き合いたいと思います。
イベントの中止や送る会の開催などの告知も昨日ありました。今後、どのような決定がなされても、僕は大人しく従うつもりでおります。この数日のもろもろの動きを見て、エビ中運営に対する信頼はより深まりました。彼らにも何か声をかけたいと思う反面、今は言葉が見つかりません。いずれまたそういう機会が来るでしょうから、それまでの宿題としておきます。
これから京都ですが、京都は京都でまた彼女らとの思い出がたくさんあるんですよね。まあ亡き父のこととともに彼女のことも一緒に偲んで参ります。