誕生日が過ぎて | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。

というわけで、昨日は自分自身の55回目の誕生日でもありました。

一般には高度成長期と言われる、日々の生活に「西欧」というものが日本中に少しずつ浸透してきた時分に僕は子供時代を送りましたが、誕生日に家庭で祝宴を開いたり、プレゼントをあげたり貰ったり、メッセージを交換したりというのは、まだまだ一部のお金持ちの家だけで行われるに過ぎなかったような気がします。うちを含めて日々の生活がやっとという家庭の子たちの間では、そんなことは本とかテレビの中だけの話でした。

時を経て、お誕生日文化も生活の場にすっかり根付いたようですが、僕自身は今でもお祝いされるのは苦手なんです。誕生日おめでとう、なんて言われると、居心地が悪いというか、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

ツイッターで誕生日に風船の出る機能がありますよね。昨日は僕のホーム画面にもアレ、出てました。いい歳して何だか気恥ずかしいので、ホントは黙っておこうと思いましたが、夜の10時ごろ、誕生日だということを思わず呟いたら、それに気がついた何人かの知り合いがお祝いのメッセージを送ってくれました。リプくれた方もくれなかった方も、余計な情報を与えてしまってスミマセンでした。あれ、何かと気を遣いますよね、送り手も受け手も。やっぱり来年からは自粛することとします。

思わず誕生日のことを呟いてしまったのは、昨日ラジオを聴いてて、些細なこと、ほんの些細なことなんですけど、年齢に関して結構ショックなことを聞いてしまったから。本音が思わず出たのでしょうが、たとえウソでもそこは知らんぷりして軽く流して欲しかったなあ。日頃から無意識のうちに触れないように敬遠していた急所というか弱点を不意に突かれた感じ。自分でもあの程度のことでこんなに参るとは思いもかけませんでした。この感覚、ドルヲタのみなさんがすぐ口にするところの「病む」というのとは少し違いますよ。むしろ何か憑き物が落ちたような感じ、魂が抜けてフワフワしている、そんな気分です。

夢から醒めるというのはほんの些細なことがきっかけになるということ、それが昨日という節目の日だったのも何だか意味ありげな気がします。締切も近いのでとりあえず仕事優先ですが、一段落したら今後のこと、ゆっくり考えようと思います。