この人のことは本ブログでも一昨年取り上げました(佐々木邦の『赤ちゃん』)。
その記事の中で、『いたずら小僧日記』についていずれ書くと言っておきながら、今日まで2年近く放置したままでした。月日の経つのは早い(笑)
ということで、この小説について何か書こうと思うのですが、いちいち分析したり批評するのが馬鹿馬鹿しくなる作品ですので(読めばわかります)、とりあえず冒頭部分と、元になったアメリカの小説(無名氏、つまり著者不詳)の当該部分の画像をそれぞれあげておきますので見比べてください。
ね、面白そうな出だしでしょ? 実際すごく面白いんです。これは佐々木邦自身の創作だとする意見もかつては散見されましたが(ネットのない時代はこの辺の検証は困難を極めました)、ご覧の通り種本はあります。翻訳というより翻案ですけどね。
僕がこれ(もちろん佐々木訳)を初めて読んだときに衝撃を受けたのは、自由自在な口語文の見事さです。これ、何年の作品だと思われます? 明治42(1909)年ですよ。伊藤博文がハルピンで暗殺され、漱石の『それから』が朝日新聞に連載されていた同じ年です。にもかかわらず、佐々木の文章のこの軽みと現代性! こんな恐ろしい人がいたのかと、僕は興奮しました。それ以来、彼の作品は何かの節目に読み返しています。
この人、どんな風に英語を勉強したんだろうと調べましたが、ヘボン博士が作った白金の学校をお出になったとのこと。なるほどなあ。賀川豊彦(ご存知の方、どれくらいいるだろうか)なんていうキリスト教方面の偉い人も同窓というか後輩で、そのあたりのことは自らエッセイでお書きになっています(佐々木邦『人生エンマ帳』)。
翻訳という仕事をする上で、僕はこの佐々木邦に多くのものを教わりましたし、今でももちろん教わり続けています。どんなに伝法な言葉遣いをしても、その背後にゆらゆらと立ちのぼる彼の奥ゆかしさ、上品さは何とかしてあやかりたいものです。やっぱり文は人なりですね、僕なんてまだまだ修行が足りない。
この人の作品は残念ながらいま新本ではほとんど入手できません。古書をお探しになるか図書館で借りるかして、ぜひご一読されることをおすすめします。
今日は桜が綺麗に咲いてました。いよいよ新しい季節が始まりますね。神保町のお店で店番してても、新入生とおぼしき若い方の姿が少なからず目に入りました。
自分も頑張らなきゃ。


