「推す」とはどういうことか(承前) | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

霽月日乗・ホーマーEのブログ

個人の備忘録です。

昨日も同じような題で記事を書いたのですが、読み返してみると途中で脱線してしまって、「推す」とはどういうことか、きちんと書けてませんでした。自分はエビの美怜ちゃん単推しであると、そのことについての表白に過ぎなかった感あり。

というわけで、今日あらためて考えてみました。

「推す」とは応援すること、贔屓すること、恋すること、感謝すること、これらのどれとも微妙に違うけれども、どれにも少しずつ当てはまる複雑な行為であります。だからただ「好き」というのとは違う。

そして、ここが重要な点ですが、相手から見返りを求めないこと。花やプレゼントを贈ったり、手紙を書いたり、ブログにコメント入れたり、すべては相手に喜んでもらうために、こっちが勝手にやってるのだと割り切ることですね、わざわざこうして文章で書くのも無粋な話ですが。

まあとにかく僕としては、美怜ちゃんからは目に見えない恩恵というか、生きる力などと言えば少し大げさですが、そういう精神面での贈り物をいつも貰ってますから、それに対して感謝の気持ちしかない。だからこちらからいろいろな形で行うアプローチはそれに対するお礼ということになる。だからそのアプローチに対してさらに見返りを求めるなんてことはもとよりあり得ないわけです。

崇拝、というのもちょっと違うなあ。彼女らとはしばしばクラスメートのような気安さで話したりもするし、必ずしも信仰の対象となるべき絶対的な存在とも言えない。彼女らだって生身の人間だから、欠点だってあるし、ときに失策だってする。そういうとき、欠点や失策をもこちらがすべて受け入れられる存在、とも言えるでしょう。

結局一番近いのは「家族」のようなものなのかな。その意味では僕らエビヲタを「エビ中ファミリー」と呼ぶネーミングはなかなか含蓄に富んでいます。

家族のような存在でありたい、とは思いますが、それは少々おこがましいか。そういう存在に実際になるならないは別にして、心の持ちようというか志向としては、そんなふうにのんびりと向き合いたい。僕は最近はそんな感じです。

まあでもレスは欲しいですけどwww


野球を見てましたのでユーストの内容はTL追っていま把握したところです。演出はまたぞろプロレスの手法とか。どうもS木、K上のラインはやることなすこと陳腐で浅薄で独りよがりと言うしかない。凡庸な大人に振り回される彼女らタレントが可哀想です。

校長の顔に免じて、今日はこれ以上は申しません。続報を待つことにします。