「推す」とはどういうことか僕も考えてみました | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。

僕のヲタ友だちであるhiroyukiさんが一昨日から自身のブログでアイドルを推すことについて何やらお書きになっていて、面白そうなので自分もやってみます。

と思ったのだけど、このテーマじゃ自分にはそれほど書くことがないことにすぐに気づきました。

僕はごく最近になるまでアイドルにハマったことはありませんでした。子供の頃から、もちろんテレビや映画に出てた人たちを見て、綺麗だな、いいな、と思ったことはありますよ。でもたいてい、次の瞬間には忘れてました。

彼女らはあくまで二次元の世界の人、当時の家庭内外の環境から、現実主義者たらざるを得なかった若い頃の僕は、偶像崇拝に現を抜かすヒマ(と言うか、余裕)はなかった。このありようは大人になってから後もずっと続きましたね。

だから今、どうして自分がドルヲタの末席に連なっているのか、正直なところ自分でもよくわかりません。気づいたらこの有様でした。

そんな僕が、もうかれこれ4年近くエビ中の美怜ちゃんを推しているわけですが、思うに僕は、美怜ちゃんに概念としての「女の子」の理想を見ているのかも知れません。しかもただ眺めるだけではなくて、現場に行けば時々話もできるし、向こうだってこっちのことをある程度は認識してくれている。われわれファンは、架空の世界と現実の世界がときにごっちゃになって、文字通り夢の世界にしばし遊ぶことができる、しかもある程度の実在感を伴って……ドルヲタの愉楽を僕なりに口で説明するとこんなところかな。

DD、という概念は一種の保険みたいなものと僕は考えます。要するに、一旦この愉楽を味わってしまうと、これを失うのが怖い。それに、アイドルにはどうしても期間限定という条件が付きますから、うっかりすると推しはすぐに自分の手の届かないところに行ってしまう。喪失による心のダメージを最小限に抑えつつ、長くドルヲタという趣味を続けるには、推しの「入れ替え」がどうしても必要になってきます。

もちろん僕もドルヲタの例に漏れず、美怜ちゃんの他にもちょっといいなって思う子は何人かいますよ。

でもね、もし美怜ちゃんがアイドルを卒業して、現場で会ったり話したりできなくなったら、他の子に対して今の美怜ちゃんと同じような推し方ができるかどうか、ちょっと疑問ですね。少なくとも今は「推し」と言えるのは彼女だけです。先のことはわかりません。未来のことを語るには、僕はもう年を取りすぎました。今を生きることで精一杯です、物理的にも精神的にも。

まあ向こうも僕のようなGGに粘着されて甚だ迷惑でしょうが、これも人気商売の辛いところと割り切って我慢してもらうしかない。ゴメンね美怜ちゃん。僕なりにできるだけ迷惑をかけない推し方を工夫するから、どうかもう暫くは大目に見てください。

うーん、やっぱり書くほどの内容はなかったなあ。