アイドルと藝についての考察 | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。

握手会をめぐる昨日の記事の中で、僕はこういうことを書きました。


……接触イベント券つきでCDを売るという方法は画期的かつ苦肉の策、「アーティスト」と呼ばれる人々が自分の藝一本でパッケージを売るのに対し、アイドルは藝の未熟を補填するべく恋愛感情を含む幻想=ファンタジーをも重要な営業品目としているからこそ、こういう抱き合わせ販売が可能なわけです。……


あたかも短絡的に「アーティスト=藝達者」「アイドル=未熟者」と見なされても仕方のないような書き方をしましたが、ここのところはアイドルの本質にも関わる問題を孕んでおりますので、今日はその点について補足説明かたがた考えを述べます。少し長くなりますよ。

アーティスト、という呼び名は英語圏で用いられる用語をそのまま流用したもの、パフォーマー、コンポーザー、アレンジャーなど、広い意味での音楽家を一括して指します。実際に言葉の本義どおりアーティスティックであるかどうかは関係ありません。

そういう意味ではアイドルだってアーティストです。両者は本来は対立する概念ではないはずですが、現状、日本ではアイドルはアーティストとは区別されている。その理由としては、①アイドルという言葉が(自分の)お気に入り、憧れの対象という一般呼称ではなく、一つの明確なジャンルを指す用語として定着していること、②「若さ」という絶対的な属性が「藝の習熟」という概念と相容れず、「アーティスト」という言葉がまとう本義(習熟した技能の持ち主)に馴染みにくいこと、の二点が考えられます。ソロデビューを果たした真山りかちゃん、リリイベの広告で「アーティスト」と紹介されているのを見て、僕も感慨深いものがありましたが、知らず知らずアーティスト>アイドルという定型に毒されてるなあと我ながら反省したのでした。

アイドルの旬はみじかいです。誰が何と言おうと、特に女性アイドルはせいぜい20代まででしょう。歌でもダンスでも、その間に本当の意味での習熟が達成できるかといえば、それは難しいと思います。パリ・オペラ座バレエ団とか宝塚では、高度な教育システムの下で修行を重ねてエトワールとかトップとか言われる地位に登るわけですが、それらの世界での成功者と僕らが理想とするアイドル像とはまたちょっと違う気がしますね。

たとえばパフォーマンス重視(と言われている)ハロプロはシステムとしてこういう宝塚的、オペラ座的なところを目指していると思われますが、どうしても(アイドルとしての)年齢的な旬という壁に阻まれて、運営が目指す藝の達成まで行かないうちに本人たちが離脱してしまう、という悪循環に陥っているように見えます。

逆に48Gは(僕の個人的意見としては)藝の達成ということをハナから度外視している感があります。だからこその大人数採用であり、いわゆる口パクの容認なのでしょう。口パクの是非についてはここでは深入りしません。

柳宗悦はかつて茶の美を「奇数の美」と表現しました。奇は偶に対する奇、つまり整っていない、破形であるという意味。自由を追えば必然的に整形を破らざるを得ない。欠けている、物足りないところに無限を感じるという美意識です。僕はこれ、アイドルにそっくりそのまま当てはまると思います。

藝の未熟はアイドルの宿命として切り離せません。でもその未熟を未熟として放置しておくわけには行かない。そこでアイドルは藝の未熟を補填するのに他の概念を援用するわけです。その中の際たるものが恋愛感情ですね。

アリストテレースのいう「カタルシス」、世阿弥の「物真似に、似せぬ位あるべし」の境地は、人がおよそ藝術に感動する際に自らと対象が一体になる一元論の世界を表しています。藝術的感動がしばしば宗教や恋愛と似ていると言われるのはこうした局面からですね。認識ではなく体験の世界、自他合一の法悦境。

だからアイドルが恋愛(感情惹起)を重要な営業品目にするのは理にかなっています。でもその援用の仕方や表藝である歌やダンスに対する比率はそれぞれ違う。ハロプロは表藝の比率が高く、48Gはその逆。ももクロは48G型からハロプロ型へと漸次移行して、今も続行中です。

恋愛感情惹起がアイドルの重要な営業品目であるとはっきり認めてしまえば、口パクとか恋愛禁止とか、アイドルにまつわるさまざまな問題もすっきりと理解できるでしょう。要は各陣営によって重きを置く点が違うということです。

表藝と裏藝(と表現すると何やら卑猥な感じですが、あくまで表に対する裏、主に対する従という意味に取ってください)を両方持つ、あるいは並存する余地を有することによって、アイドルの「奇数の美」が成立すると僕は思います。パフォーマンスにしても恋愛感情惹起にしても、どちらかを偏重し過ぎるとおかしなことになる。要はバランスですね。

エビ中はこの両者のバランスが非常にいいユニットです。しかも、パフォーマンス、恋愛感情惹起力(要するにカワイイということ)、いずれも極めて高い。もうアイドルと呼べるスレスレの高みにまで達しています。奇数の美を極端に愛でる人は今後エビからは離れて行くかも知れませんね、ももクロヲタがかつてそうだったように。スピードや川上桃子なども、表藝が余りに出来過ぎたためにアイドルという範疇からは離れていきましたしね。

とまあ、つらつら考えたことを書きつけましたが、僕はまだまだしばらくエビについて行く所存です。現場、楽しいですから。結局はそれに尽きます。

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