「幸せの貼り紙はいつも背中に」をめぐって | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。


先日、エビ中の新曲「幸せの貼り紙はいつも背中に」について、友人のhiroyukiさんが書いたレビューを一読しました。

僕もhiroyukiさんとおおむね同じ意見ですが、この曲に対する僕自身の感想も少し書きつけておきます。

編曲が鈴木慶一さんと曽我部恵一さん。名前を見ただけで音楽の方向性にある程度予想がつきました。彼らにはスタイルがある。自分のスタイルがあるというのは、この世界では大変なことです。

フラゲ日に初めて音源を聴いた感想は自分のブログにも書きましたが、僕なりの予想を(良い意味でも悪い意味でも)裏切るものではなかった。そしてナタリーの特集記事によって、曽我部氏が語るモノラル、アナログ録音についての裏話を読みました。

その中で曽我部氏は、「60年代のサイケなポップスみたいなアレンジにしよう」「だいたいその時代のシングルはモノラルなんで(笑)」と語っておられます。

ご存知の通り、1950年代の後半からレコードの録音はステレオが主流になりました。ただ、その時点ですでに完成された技術であったモノラル録音に比べて、初期のステレオ録音はまだ実験的な要素が強く、楽器を左右のチャンネルに振り分けてみたり、音場を広く取り過ぎて焦点のボケた音になったり、変な録音も多かった。かのルディ・ヴァン・ゲルダーの録音にだって、最初期のステレオ録音には首を傾げざるを得ない失敗作がいくつもあります。

それでも時が経つにつれて、1960年代にはポピュラー音楽の世界でもステレオ録音が当たり前になりました。でもモノラルレコードも依然として作られ続けた。ジュークボックス用とラジオでのエアープレイ用です。ポピュラー音楽供給者の最大の目標は「売れてお金持ちになりたいな」です。もちろんアーティスティックな欲求を満たすためという大義名分もありましょうが、とにかく売れないと満足な活動すらできない。だから当然、重要な販促ツールであるモノラル盤はなくならなかったわけです。

ラジオの再生レンジに合わせて、技師はラジオでもっとも「良く」聴こえるように音を仕上げます。ステレオ録音が主流になる前のモノラルレコードは(SP、EP、LPを問わず)ラジオを含む再生機器の(その時点時点での)技術を考慮に入れないと真の姿を見誤る危険性がありますが、大体においてナローレンジ、つまり中音域の充実を旨として作られています。優れたモノラル録音をそれなりの装置で聴くのは、それはそれは甘美な体験です。当時の人々の技術と熱意と資本がふんだんに投入された結果だからでしょう。(ただし、ラジオ用のモノラル盤は70年前後にはステレオ録音をトラックダウンしたものに堕しましたが、それについてはここでは触れません)

だからその当時の音を懐かしむ気持ちは理解できます。鈴木、曽我部の両氏は長年プロ中のプロとして活動してこられたわけですから、こうした録音の歴史については僕なんかよりもよっぽどご存知のはずです。

それでも僕はあえて言います、現代におけるモノラル録音は特殊効果の枠を出るものではなく、懐古趣味なのだと。この曲は映画の主題歌にもなりますので、映画館でモノラルでドーンと鳴らそうという曽我部さんの意気込み(同記事)はよしとしたいところですが、スクリーンのうしろにウェスタン・エレクトリックの巨大ホーンが一発ドンと構えているような映画館は今はないわけですから、氏が思い描くような効果が今のシネコンなどで十二分に発揮できるかどうかは心もとない。温故知新という言葉がありますが、こうした試みは往々にして「知新」の部分を欠くことがあります。擬古典主義は「擬き」であって古典ではない。悪口ばかりで恐縮ですが、エビ中のこれまでの楽曲で言えば、ちょうど「新・青春そのもの」と同じような立ち位置になる曲かな、というのが最初の印象でした。エビ中はサブカルアイドルの異名通り、これまでも一風変わった曲を数多く歌ってきましたから、その意味では今回のモノラル録音もアリかな、といった程度の見方をしていました。

でもライブで実際に彼女らがこの曲を披露するのを目の当たりにして、彼女らがそのパフォーマンスで「知新」の部分をしっかりカバーしたこと、この曲を、このアレンジを懐古趣味の枠内にとどめることなく、平野航さんの原曲の持つ美しさを最大限に表現しつつ、むしろこの古い技術を「前衛」にまで昇華したことに、僕は軽い驚きを禁じ得なかった。思うに、編曲のお二人はここまで見越してああいう仕上げにしたんでしょうね。さすがプロですね。

ということで、結論としては、エビ中が歌えばすべてよく聴こえる、という相変わらずの贔屓の引き倒しなのですが、それに至るまでにはこんな思いを巡らせました、という報告でした。

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