「実家があるのは幸せな事」

 

ふと母が言いました。

 

母には実家がありません。

 

母の父(私の祖父)は母が小さい頃に事故で亡くなりました。

母の母(私の祖母)は数年前に脳卒中で倒れ、半身不随となりそのまま施設へ。

母の父の死去に生まれた母の弟(私の叔父)はその数年後に癌で亡くなりました。

 

母の実家は小さな家でした。

今でも昔の雰囲気の残る、そんな町。

そこにあった小さな家。

 

私の母は、

自分の母親が施設に入って、もう戻ることはないと悟った時、

当時まだ生きていた弟と家を手放すことに決めました。

弟は施設に近いアパートに引っ越し、そこで新しい生活を始めました。

 

そして何十年も住み、建物が古くなったこの借家は、

間もなく解体され、車が数台停めることの出来る小さな駐車場になりました。

 

ある日、母とその場所を訪れた時、

「こんなに小さい土地の家に住んでいたんだね」と母は言いました。

 

跡形もない、そこに家があったとは思えないその場所、

母の雰囲気から、母にとって辛く寂しい場所になってしまったのだと感じました。

 

ほとんど母は実家に帰りませんでしたが、母の実家が「そこに在る」という心の拠り所は失ってしまったのです。

 

 

さて、私には実家があります。車で3分くらいの距離です。

実家には父がいて母がいて、弟と妹がいて、猫が三匹いて、熱帯魚がいて、賑やかです。

 

実家が近くにあること以上に、

「実家が在ること」がこの上ない「幸せ」であるということ、

「帰る場所が在る」というのは本当に恵まれているのだと感じました。