恐怖の新曲発表会  

 


(15)実は高所恐怖症 ヘリから派手に登場


 「ワイルドな十七歳」というキャッチフレーズで、デビューした一九七二年。三枚のシングルを出したものの、全くヒットしません。初めてオリコンチャートのベストテンにランクされたのは、翌年五月に出した五枚目の「情熱の嵐」でした。僕のスタイルが確立した歌でもあります。


 ♪君が望むなら いのちをあげてもいい


 掛け声を入れやすく意識して作られた曲で、歌詞の合間にファンが「ヒデキ!」と叫んでくれます。ヒットしていたにしきのあきらさんの「空に太陽がある限り」の「愛してる(愛してる)とても(とても)」の歌詞をヒントにしました。


 思い出されるのは新曲発表会です。会場は、埼玉県にあった西武園・ユネスコ村。ヘリコプターで登場し、縄ばしごからステージに降りて歌う趣向でした。今だったら許可は下りないでしょうね。


 ヘリで会場上空に達するとファンの熱気が伝わってきます。「派手にやろう!」と意気込み、縄ばしごをつかもうと地上を見下ろすと「怖い!」。実は高所恐怖症。命綱は付けていましたが、とにかく怖かった。「なんでこんなことをしなくてはいけないの?」とマネジャーを恨みました。


 縄ばしごで降りるのはとても力が必要で、腕が痛みました。歯を食いしばり、にこやかにステージに降り立つとすさまじい歓声で、派手な演出は効果が高かったようです。


 後で知ったことなのですが、僕を押し入れに閉じ込めてまで芸能界入りを反対したおやじが、近所のお店を回り、頭を下げてこの曲のポスター張りを頼んでくれたそうです。レコードを何度も何度も手でさすっていたとも。家族にも支えられ、芸能界への第一歩を踏み出しました。



「情熱の嵐」で大ブレイクした秀樹さんの人気。
新曲発表会のユネスコ村のエピソード、「のどもと過ぎれば」でもとりあげられましたね。

 

 

連休も後半戦ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
私は仕事が繁忙期に入り、休みはカレンダーどおり。

休み中もいろいろ予定が入り、ずっと追われているような感じです。

連休中に済ませたい用事もあるのですが、いくつかはできなさそう。
復刻版CDもゆっくり聴く時間がなく、ちょっとイライラ。
そんな感じで、ブログにもなかなかたどりつかなくて申し訳ありません。。。
しかし、やることがたくさんあるというのはぜいたくな悩みですね。
体調くずさないように調節しながらがんばりたいと思います。


今日も最後までおつきあいいただき、ありがとうございます。