少し前ですが、熊野の3柱の神様と眷属に、ヨーロッパ旅行に同行してもらったことを書きました。
わざわざ熊野まで参拝に行きました、という記事ですね。
それを読んで、「はて?」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。
どうしてお守りを、3個も? 持って行ったん? それはいいの? と。
私はあちこちに、こう書いています。
お守りを持つなら1つにしたほうがいいですよ、その日の直感で1つを選びます、と。
そのアドバイスを守ってきたのに、識子さん本人が3つも持つのはおかしいのでは? と疑問に思うのはよくわかります。
えっと、まずは、ですね、
どうして1つしか持たないほうがいいのか、という理由です。
お守りは緊急時に、神様を呼ぶ通信機のようなものです。
神様はSOSを聞くと、自分の波動を目印にして、一瞬で助けにきてくれます。
ですから、お守りを何個も持って、波動をごちゃ混ぜにしないほうがいい、というわけです。
何かあってもSOSを発信することはない、助けに来てもらわなくてもかまわない、という方は、波動が混じっても問題ありませんから、何個持っていてもオーケーです。
けれど、人生は何が起きるかわかりません。
万が一のことを考えると、1個だけにしたほうが確実です。
というわけで、助けてもらうことを想定して、その確実性からおすすめをしているのは、持つのは1個だけ、です。
今回の私のパターンは、神様や眷属が〝実際に〟〝宿っている〟お守りです。
SOS発信機として持つのではありません。
これは、質問をいただいて初めて「ああ、そうか〜」と気づいたのですが、持つものが同じ「お守り」なので、通常のお守りと「同じものである」と思ってしまうのですね。
ここはしっかり説明しなきゃいけないところだった、と反省しました。
私の場合、言われて初めて気づくことがたまにあるので、皆さん、なんでもどんどん質問して下さい。(全部にお答えできないことは先にお断りしておきます。そこは本当に申し訳ないです)
話を戻しまして……
普段、持つお守りは、外出時に危ないことが起こりそうになったり、事故に遭いそうになったりした時に、緊急で神様に助けを求めるために持ちます。
神様と自分をつなぐ、大事な通信機です。
ですから、混線を防ぐ意味で、持つのは1個です。
私がヨーロッパに持って行ったのは、〝実際に〟神様や眷属が宿るものでした。
通信機として持って行ったのではありません。
実際に〟神様や眷属が宿るもの……これを表現する言葉は、厳密に言えば「お守り」ではありません。
おふだやお鏡、です。
だったら、おふだやお鏡に宿ってもらって、それを持って行けばいいのでは? と思うかもしれませんが、おふだやお鏡を持って行くことはありえないのです。(そこを書くと、話が大幅にそれるので今回は割愛します)
というわけで、例外的に、旅行に限り特別に、お守りに宿ってもらうわけです。
このお守りは、〝見た目〟は、カバンにつけるような気軽に持つお守りと一緒ですが、事実は違います。
神様や眷属が本当に宿っているからです。
波動しか入っていないお守りとは根本的に違い、見た目はお守りですが、おふだであり、お鏡なのです。
つまり、この場合、神様・眷属ご本人を連れて行くので、一番ピッタリなのは、神棚を持って行く、というイメージです。
3柱の神様・眷属がいる神棚のお社を持っていくのと同じ、なのですね。
見た目の形で「お守り」と書いていますが、中身は、そしてその意味も、通常の「お守り」とは全然違ったものである、というわけです。