今日も取材でした。
本日、参拝した神社の中で、2ヶ所「書けない」ところがありました。
なぜ書けないのかと言いますと、神様が何も話さないのです。
姿は見せてくれますが、無言です。
こういう場合、すべてを教える時期が「今」ではないとか、
私のレベルがもう少し上がるのを待つ、というパターンもありますが、今日の2社は違っていました。
神社仏閣は維持費が大変です。
大きなところはたくさんの人を雇っていますから、人件費もかかると思います。
修繕とか修理とかも天文学的な金額です。
経費がかさむだろうことは理解ができます。
なので私は、神仏ではなく、神社仏閣のために多めにお賽銭を入れています。
けれど……必要以上に……つまり私腹を肥やすために……参拝者がお金を払うように仕向けているところもあるのです。(ほとんどないと言ってもいいくらい少ないです。まれです。今日たまたま2社見たのは超珍しいことなのです)
神社仏閣を運営している人が善人ばかりというわけではないのですね。
神様がなかなか出てきてくれないな〜、と思っていると、スッと姿を見せてくれて、必要なことだけを言うと……あとは一切何も話しませんでした。
会話をしてしまったら、面白い話、楽しい話、ためになる話など、私が皆様にお伝えしたくなるような内容が必ずあります。
神様は、神社を運営している人と直接の関係はありませんから、ごく普通の優しい神様です。
私と会話をすると、私がそのまま、ありのままを書くため、読者さんが「優しい神様なんだ〜」「お会いしに行こう♪」と参拝に行きます。
純粋に神様を信じて、清い心で参拝に行く人のことを案じて、何も話さないのです。
神様は、本当に、信仰心が厚い人のことが好きです。
ものすごく大事に思っています。
そのような人には参拝に来てほしいのです。
けれど、その尊い信仰心を無にするような神社だったら……来なくてもいい、というわけです。
過去に行ったお寺でも、このような感じのところがありました。
そこはお坊さんの心根がよろしくないとのことで、ほとんどの仏様が道を閉じていました。
道がつながっていた毘沙門天さんが、「書くなよ」と言っていたので(信仰心の厚い人が来るそうで、悲しませたくないと言っていました)、詳細は書けませんが、そのようなところもあります。
なんだか、ちょっぴり悲しいお話ですが、でもこのように、信心深い人のことを本当に大切にしている、その神仏の思い、お気持ちは……
知っておいたほうがいいのかもしれないと思ってお伝えしています。
11月8日発売です。