ずいぶん前にもらったメッセージに「完了形で願掛けをすると叶いますか?」という質問が書かれていたことがあります。
う~ん、それはちょっと違うかな~、と思います。
もしかしたら、完了形で願掛けをしている方がおられるかもしれないので、このことについて書いておきますね。
これは、神様の気持ちになると、理解がしやすいかもしれません。
神社に来る参拝者は、誠意をもって祝詞を唱えたり、
願掛けの詳しい説明を、丁寧にしたりしています。
みんなそれぞれに、真摯に一生懸命です。
そこへ、いきなり「年収が50万円アップしました! ありがとうございました!」
「夢が叶いました! ありがとうございました!」と言う人が来たら……神様はどう思われるでしょう?
そういう方法の願掛けだと知っていても……印象がいいとは言えないように思います。
神様からすれば、「は?」ですが、
ああ、わざと完了形で願掛けをしているのか……と、理解は、してもらえます。
けれど、眷属からすれば、
神様が「どのような願いで来たのか? できるだけ叶えよう」と、優しく話を聞こうとしているのに、「夢が叶いました! ありがとうございました!」と言っているわけです。
「なんだ、その失礼な態度は!」と怒るかもしれません。
完了形で話す、というそこには、暗に、お礼を先に言ったのだから必ず叶えるべきですよ、というニュアンスが含まれています。
たとえば、就職や縁談で、これからお世話になる人に、挨拶に行くとします。
いい就職先を世話してもらうその人に、「希望の会社に入れました! ありがとうございました!」
いいお相手を探してもらうその人に、「理想の相手と巡り会えました! ありがとうございました!」とは言わないと思います。
こういう言い方をすれば叶うらしいので~、と理由を言っても、これは相当失礼なことだからです。
人間が相手でも失礼ですから、神仏にそれを平気でするのは……やめたほうがいいです。
お願いをするのなら、こまかく、詳しく、自分の状況や事情を話すほうが、はるかに叶えてもらいやすいです。