たまに、ですが、ものすごーく怒っているメッセージをもらいます。

 

「神様に一生懸命に願掛けをしたのに叶わない!」という、お怒りのメッセージです。

 

あちこちの神社仏閣に願掛けに行ったという方もいますし、ひとつの神社にせっせと通ったという方もいます。

 

私がおすすめしている、神様への語りかけとか、祝詞奏上とか、そういうことをしているのに叶わないんですけど! と激怒されています。

 

願掛けが叶わないという悩みで、怒るのではなく、悲しいとショックを受けている方も、私にメッセージで訴えてこられます。

 

「識子さんはお願いを叶えてもらえていいですね」

 

「羨ましいです」

 

という内容のことが最後に書かれています。

 

以前から、たびたびこのようなメッセージをもらってきました。

 

さて、そこで、今日は私のお話をしたいと思います。

 

私が書いたものに詳しい方はご存知だと思いますが、介護職をしている頃の私はギリギリのお金で生活をしていました。

 

介護職……それも田舎の介護職のお給料は高くありません。(ケアマネはたくさんもらえます)

 

福祉用具専門相談員の時、残業をしなかったら手取りで15万円ありませんでした。

 

残業にうるさい会社でしたから、実際は遅くまで働いても残業をつけられず、平均すると16万くらいのお給料でした。

 

それで一人暮らしですから、生活はラクではありませんでした。

 

しかも、私はその少ないお金の中から、必死でやりくりをして、神社仏閣に行く交通費を捻出していました。

 

ちょっと遠くまで出かけた月は、お給料日1週間前から、場合によってはお給料日10日前、2週間前くらいから、ご飯とお漬物だけとか、ご飯とお味噌汁だけとか、そのような食生活をしていました。

 

神社仏閣に行く時も、今のようにコンビニでおにぎりを買うのはお金がもったいなかったので、朝早く起きて、おにぎりを作ってラップにくるんで持参することが多かったです。

 

お洋服なども、普通のお店では高くて買えないので、780円とか580円とかになったスーパーの値引き品を買っていました。

 

けれど、私には「お金がないから不幸」という感覚はなく、一生懸命に働いて、このお給料だから仕方ないか~、と思っていました。

 

生活ができているのだから、まぁ、いいか、という感覚でした。

 

遠出をする時のレンタカーはビックリするほど古い、格安レンタカーを借りていました。

 

それでも交通費は私のお給料からすると大きかったので、もうちょっと交通費にまわせるお金があればなぁ、と思っていました。

 

それで、あちこちの神仏にお金の相談、お金の願掛け、金運のアップのお願いをしまくっていました。

 

けれど、まったく叶えてもらえません。

 

神様も仏様も、とても歓迎してくれるし、優しいし、いろいろと教えてくれるのですが、お金に関しては一切、お願いを叶えてくれることはなかったのです。

 

「なんでかな?」という気持ちはありましたが、神仏は本当に優しかったし、目をかけてくれていましたし、どの神仏も笑顔で接してくれていました。

 

お金をたくさん持っていなくても、なんとか食べていけていたので、「ま、いっか~」と思っていました。

 

生活も楽ではなかったけれど、元夫とは仲良しでしたし、健康でしっかり働けるし、神様が私を好きでいてくれる幸せを感じていました。

 

経済的な部分以外を見れば、楽しい生活をしていたので、私は幸せだと思っていました。

 

今、こうして年を重ねて当時を振り返ってみると……あの時はあれでよかったのだと、心底そう思っています。

 

あの経済的にしんどい期間がなかったら、私は、今の私には、なれていなかったように思うのです。

 

最初の本を出版したのは、私が52歳になる年でした。(←けっこう年がいってますよね? ニコニコ

 

初版の印税は、2冊目の本の取材費と、会社を休んで取材に行ったため、お給料が少なくなった分の補填で、全部、あっという間に消えました。(社員でも日給月給方式だったのです)

 

ですから、本を出したといっても経済的な余裕などまったくなく、しばらくはヒーヒー言う生活は変わりませんでした。

 

このように、私も、簡単になんでもかんでも、お願いを叶えてもらってきたわけではないのです。

 

と言いますか、なんでこんなに叶えてもらえないのだろう??? というくらい、金運に関しては聞いてもらえませんでした。(弟は、生まれ故郷のお稲荷さんに、お願いした金額をいつも叶えてもらっていたのです)

 

けれど、今だからわかることは、私の場合、あの苦労がなかったら、違う私になっていたかもしれない、ということです。

 

少ないお金から捻出した交通費であちこちを参拝していたため、たまにしか神社仏閣に行けず、行ける時はそれはもうウキウキワクワクでした。

 

本当に気持ちがキラキラ輝いていたのです。

 

お金が幸せのバロメーターではないことも学びました。

 

今は遠いところの神社仏閣にも行けるようになって、あの頃からしたら夢のよう! と毎回、そう思います。

 

そして、このように遠くまで行くことができるのは、読者の皆様のおかげ、といつも心から感謝をしています。

 

ありがたい、というこの気持ちが持てるのも、あの苦しい時期があったからこそ、だと思っています。

 

あのとき、願掛けを神様が叶えてくれて、苦しい時代がまったくなかったとしたら……

 

今、気づいている大切なこと、感謝すべきこと、ありがたみなどが、わからなかった可能性があります。

 

当時の私は未来が見えませんし、どうして金運の願掛けは聞いてもらえないのかな、といつも思っていました。

 

ですから、皆様の中に、もしも願掛けをなかなか叶えてもらえないという方がおられましたら、私のように何か深い理由があるのかもしれません。

 

もしくは、開運の〝時期〟の問題だけで、叶うのはすぐそこかもしれません。

 

神仏に嫌われているから叶えてもらえないのでしょうか、と思う気持ちはよくわかるのですが、嫌われてもいないのに嫌われているかも? とネガティブに考えるのは余計にマイナスですよ~、とアドバイスをしたいです。

 

私のように全然嫌われていなかったのに、むしろ好意を持ってもらえていて、熊野三山の神様には霊能力アップのレクチャーまでしてもらっていたのに……長い間叶わなかった願掛けもあるのです。ニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかくご質問をいただいても、お答えできないかもしれません~。あせる

大変申し訳ございません.

メッセージに個人的な返信も差し上げておりません~。

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