今日は霊媒のお話です。

 

霊媒は私とは違う方法で、生きている人間と、幽霊とのコンタクトを可能にしています。

 

私の祖母は霊能者でありながら霊媒でした。

 

母は4姉妹の長女で、四女である一番下の妹(叔母)は私と11歳しか違いません。

 

その叔母がまだ未婚で、祖父母と暮らしていた時の話です。

 

叔母は電車で広島市内に通勤していました。

 

広島市は原爆で亡くなった人が大勢います。

 

この話は45年くらい前のことですので、その頃は戦後と言っても、終戦から、まだ30年しかたっていませんでした。

 

ですから、成仏出来ていない霊が、それはもうたくさんいました。

 

成仏の仕方がわからずに、さまよっている人がいっぱいいたのです。

(現在は終戦から70年以上が経過していますし、そのような幽霊は激減していますので、不安に思わなくても大丈夫です)

 

その当時、叔母はしょっちゅう幽霊を連れて帰っていました。

 

幽霊から見ると、助けてくれる人の頭は光って見えるらしいです。

 

家の前までくると、家も光って見えるのだそうです。

 

幽霊自身がそう言っていたので間違いないです。

 

幽霊がついて来る時は、1回につき1人、と思われている方がいらっしゃるかもしれませんが、そういうわけではありません。

 

叔母に一番多く乗っていた時は、16人いたそうです。

 

さすがにこれだけ乗せていると、体が重たくて重たくて、気分も悪くて、倒れそうになりながら帰宅した、と言っていました。

 

その16人はみんな女性で、にぎやかだったそうです。

 

どういうことかと言いますと、幽霊は祖母の体を借りて話をするのですが、みんなが交替で次々に出てくるのです。

 

叔母によると、「パンを食べたい」と言った人もいたし、「この人についてきて良かったぁ~」としみじみ言った人もいたそうです。

 

幽霊になっても集団で行動ができるのは女性だからかな、とその話を聞いた時に思いました。

 

このように霊媒は、自分の体を幽霊に貸します。

 

ですから、幽霊はその体を使って、自分がしゃべる、みたいな感じになります。

 

16人も乗っけていたのはこの時だけだそうで、叔母が経験した特殊な例はもう一つあって、次回はそちらをご紹介します。

 

 

 

来月発売の新刊です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

質問にお答えできるのは、いつになるかわからない状況です。あせる

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