※前回の続きです。
志賀島をぐるっとまわってみました。
この日はお天気がイマイチでした。
この大きな岩がある横に、駐車スペースがあります。
「絆」の石碑の横から下に降りることができます。
海岸の様子はこんな感じです。
岩が海に向かって伸びています。
この岩がすごいパワーを蓄えていました。
海が穏やかだったら……。
あ、でも、すべりそうで危険ですから、やめていたかもですが、岩の先端まで行けるのでは? と思いました。
なぜ先端まで行きたいと思ったのかと言いますと、このくぼみです。
ここにたまる海水が聖水なのです。
大昔はここで神事をしていたのかもしれません。
お塩を含んだ海水の聖水ですから、浄化する力が強いです。
ちょっとでいいから持って帰りたい! と思いましたが、この荒波……。
波が思いっきり、バッシャーン! と、岩に打ちつけて、ザザザーッとすごい力で引いていきます。
うっかり足をすべらせて落ちたら死ぬなー、ということであきらめました。
蒙古塚がありました。
ここは遠くから撮影するだけにしました。
金印公園です。
福岡市経済観光文化局のサイトによりますと、
【天明4年(1784)、志賀島の農民甚兵衛が、大石の下から「漢委奴國王」金印を発見したと伝えられる所である】ということです。
工事中だったので、入れませんでした~。
せめてバス停でも、と撮った1枚です。
福岡市経済観光文化局のサイトには、
【 昭和48年に九州大学が、平成元年と5年には福岡市教育委員会がこの付近の調査を行ったが、金印に関係する遺構は発見されなかった。また古記録の調査でも、出土地や発見者について疑義が出されており、金印出土の謎はいまだ解決されていない】とも書かれていました。
「中(仲)津宮」という志賀海神社の摂社です。
たぶん、ここが表参道入口です。
たぶん、とつけているのは、私がここから入っていないからです。
〝この場所〟にある、「怒りの気」が強くて、どうしてもここから入ることができませんでした。
鳥居には「勝馬宮」と書かれていました。
向こうに見えているのが沖津島です。
この島に志賀海神社の摂社「沖津宮」があります。(小さな祠みたいです)
個人的な意見を言いますと、「奥宮」と言ったほうが言葉として合っているかな、と思いました。
離れたところからでも、「おぉ~」とわかる高波動で、神聖な神様の島です。
輝いて見えないのは、お天気のせいです~。
志賀海神社の神様は海の神様なので、通常はこの〝島〟におられます。(祠の中に入っているのではありません)
神社で祝詞を唱えたり、祈祷をしたりして呼ばれると、神様は神社のほうにスッと行かれます。
満潮だったので、島に渡ることができませんでした。
せめて一番近いところで……と、先端部分の石のところまで行こうとしたのですが……。
虫がお嫌いな方は、次の写真、飛ばして下さいね。
Gと省略される虫によく似たフナムシが、こんなにたくさん! いたんです~!
絶対に無理~ というわけで、引き返しました。
実は、この沖津島に渡って、古代のことをあれこれ知るのは、この当時の私には早すぎた……ということが最近、わかりました。
出雲大社の神様が教えてくれたのですが、行くべき〝時〟というものがあるのですね。
すべてを正しく理解ができるようになるまでは、「うまく」行けないようになっています。
沖津島の向かいに、さきほどの「中津宮」への入口がありました。
円墳(古墳)なので登っていきます。
建物の奥がお社となっていました。
ちょっと失礼して中を撮らせてもらうと、このような拝殿になっていました。
左が中津宮の建物で、右にあるのは境内社です。
もともと志賀島は神様が多くいる島だったそうで、ここには「土地」を守っている神様がいました。
地元の人以外にも優しい神様ですが、眷属がいないので、たくさん願掛けをされると叶えられないそうです。
この境内社にいたのは、驚くことに、元が人間の女性です。
なぜかず~っと美しい声で歌をうたっていました。
海女さんだったようなのですが、近世の海女さんではなくて、大昔の古代の女性です。
雰囲気的に、このあたりにこの方のお墓があるのかな、と思いました。
神社に向かって、右側の下、のところにパワースポットがあります。
こちらが表参道かもしれません。
この場所です。
実際に立ってみました。
この地面の奥深くに、川が流れているそうです。(水脈?)
その水が非常に清い水で、それでパワスポになっていると神様が言っていました。
たしかにエネルギーが全然違っていました。
ここでパワーをもらいました。
島の中央はどうなっているのかな? ということで、ナビ無しで気の向くままに走ってみました。
これがもう、すごい道でした~。
道よっては、左右の草が茂りまくりで、ズザザザザーと車でかき分けるように走りました。
車は1台しか通れません! という道が延々と続いていたり、古い石畳のようなところも途中であったりしました。
石畳っぽい道は、ズガガガガガとパンクしそうな感じで走り……そこを下ったところにお堂がありました。
「火焔塚」と書かれています。
入口のお堂です。
やばいかなぁと思いつつ行ってみました。
写真はよくないもののせいでブレまくりです。
ですから、お堂の中はブレていません。
仏像が3体、安置されていました。
そこから少し登ると、お堂があり、
石仏があり、
お社がありました。
福岡市経済観光文化局のサイトによりますと、
【元寇の際、高野山の僧侶一行がこの地にこもって護摩を焚き、博多湾に侵攻した蒙古軍の降伏を祈祷したといわれる】場所だそうです。
しかし、ここは神仏以外にいろんなものがいて……いろんな念などもあり……。
霊的に敏感な人は行かないほうがいいと思います。
入口のお堂にいた仏様が、ついて行こうとするものをあの場所で止めていると言っていましたが、参拝のおすすめはできません。
この島では神様にアンテナを合わせると、良いほうの恩恵だけをいっぱいにもらえます。
干潮時に行けば沖津島に渡れるようですので、行って、高波動とパワーを存分に浴びられるといいです。
火焔塚に行ってみようかなという方がおられましたら、帰りに志賀海神社に寄ることを、強くおすすめ致します。(神前に置かれている清め砂で身を清める、お祓いをすることもお忘れなく~)
質問にお答えできるのは、いつになるかわからない状況です。
大変申し訳ございません.
メッセージに個人的な返信も差し上げておりません~。
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