日々いただくメッセージは、質問だけでなく、読者の方の体験などが書かれたものも多くあります。
興味深いお話だったり、「ほ~」と驚く出来事や、私にとってとても勉強になることが書かれていたりします。
「神社仏閣で涙が出ました」
「神仏に守られていることを実感したら涙があふれて止まりませんでした」
「識子さんが書いた○○(本だったり、ブログだったりします)を読んでウルウルしました」
「歓迎のサインを見つけて、大感激をしました。ありがたくてたまりません」
という内容が綴られていることも多いです。
そのあとに、「感受性が強いだけかもしれませんが」と書かれていることも、よくあります。
そこで、今日はその「感受性が強い」というお話です。
実は、
感受性が強い = 霊能力(神仏能力)が高い
ということです。
ですから、ご自分でも、「そういうことか~」と自覚なさったほうがいいと思います。
感受性で片付けてしまっては、もったいないからです。
たとえば、神社仏閣でわけもなく涙が出たとか、神仏に歓迎のサインをもらって飛び上がるほど嬉しかった、大感激した、という場合、考えられる理由は以下のものがあります。
①そこの神仏に愛されていることを〝魂が〟気づき、魂が喜んでいる
②見えない世界で、神仏に何かありがたいお言葉をかけられて〝魂が〟感激している
③自分がその神社仏閣に来るべき人だったことを〝魂が〟思い出している(過去世でそこの神仏に特別に可愛がってもらっていた)
①から③まで、すべて〝魂が〟感じることです。
脳があれこれと論理的に考え、「じゃあ、涙を流そうかな」「感激しようかな」となるのではなく、自然と胸にぐーっとせまってくるものがあって、気がついたら泣いていたとか、気づいたらワクワクしていたとか、つまり、そのような感情が先にあるわけです。
この感情は頭で考えて作り出すものではありません。
〝魂が感じたこと〟なのですね。
魂が受け取って、それがダイレクトに感情として現れています。
それは、つまり、魂の感知力が高い、という証拠なのです。
これは神社仏閣だけに限りません。
一般的に感受性が強いと言われる、映画を見て感動して泣くとか、音楽を聴いて涙するとか、本を読んで感動する、などもそうです。
感動という「良いほう」だけでなく、かわいそうで見ていられないとか、虐待のニュースで泣けて仕方ないなどもそうです。
魂の感じる力が強いからです。
霊能力(神仏能力)は、〝魂が〟神仏を感じる力、ですから、同じ能力なのですね。
感受性が強いことと比例します。
う〜、なんだかうまく説明ができていないように思うのですが……ここまで、私の文章で皆様にちゃんと伝わっていますでしょうか?
「年をとって涙もろくなったわ~」と思われている方がいらっしゃるかもしれませんが、こちらもそうではありません。
年齢を重ねていくと、いろんな経験をします。
つらいことや苦しいことを数多く経験しています。
それらの経験、および、そこから学ぶことによって人格、霊格が高まります。
そのおかげで魂がより感じやすく、受け取りやすく、磨かれています。
たとえば、子どもの頃は悲しいお話を読んでも「かわいそう」としか思わなかったのに、今は泣けて泣けて仕方がない、という方がおられると思います。
それは、神仏能力のポテンシャル(可能性としての力)が上がっているためなのです。
ですから、感受性が強くなった、涙もろくなった、というのは、神仏能力が上がっている、ということを意味します。
もともと子どもの頃から感受性が強かったという方は、神仏能力をもとから大きく持っていたということになります。
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質問にお答えできるのは、いつになるかわからない状況です。
大変申し訳ございません.
メッセージに個人的な返信も差し上げておりません~。
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