私の座席(通路側)の、通路を挟んだ2列斜め前に、高齢の女性が座っていました。
若く見積もっても75歳くらい、手や体の雰囲気からすると、80歳かも〜、という女性です。
白髪(はくはつ)が素敵な白人系の人でしたが、親しみをこめて、ここでは「おばあさん」と呼ばせていただきます。
おばあさんは一人で乗っていたので、一人旅のようです。
もしかしたら、息子さんか娘さんが日本で働いていて、会いに来たのかもしれません。
最初はひっそりと座っていたので、存在感はまったくありませんでした。
飛行機が滑走路へと向かって動き出すと……おばあさんはいきなり「カチャ」とシートベルトを外し、すっくと立ち上がりました。
「ええええええっっっっ!」
と、周囲の全員が凍りつきます。
飛行機が動き始めたら、乗客は勝手にシートベルトを外してはいけないのは常識で、ましてや立ち上がるなんて……「コラー!」と厳重注意をされる行為だと思います。
(やったことがないので推測です)
立ち上がったおばあさんは通路に出て、頭上の荷物入れ、オーバーヘッドビンを開けようとします。
しつこいですが、飛行機はすでに滑走路に向かって動いているのです。
離陸1〜2分前です。
「!」
周囲の乗客全員の頭の上に、特大のビックリマークが一斉に現れたような雰囲気になりました。
全員が、「いや、おばあさん。今、それしたらアカンから」と、ツッコミを入れていたと思います。
「何かを取り出したいとしても、離陸後、ベルトサインが消えてからにしないと~」と、みんな言っていたはずです。
心の中で。
おばあさんはオーバーヘッドビンを開けると、手を伸ばして自分のバッグを取ろうとしました。
しかし、オーバーヘッドビンが深い作りの飛行機だったため、奥まで手が届きません。
次の瞬間、おばあさんは「よいしょ」と、座席の上にあがりました。
「ひ~~~~~え~~~~~!」
周囲の乗客は肝を冷やします。
その行動はただでさえ危険なのです、高齢者ですから。
座席のような不安定な、高いものの上に立つだけでも危ないのに……離陸寸前のこんな時に……。
「誰か~、キャビンアテンダントの人、気づいて~!」と、全員が祈ったのではないかと思います。
おばあさんはオーバーヘッドビンのフチを左手でつかみ、右手でバッグを取り出すと、バッグから何かを出しています。
そうです、座席の上に立ったままで、です。
転んだらどうしよう! と周囲の乗客全員が、心臓バクバクです。
しかし、手を貸してあげたくても、飛行機が動いているため、シートベルトを外すわけにはいきません。
離陸前は客室乗務員が何回も繰り返しシートベルトの確認に来るので、きっとすぐに誰かが来て、手伝ってあげるはず、だから自分が立って行って騒ぎを大きくしてはいけない、と周囲の人はみんな思ったようで、私もそう思いました。
おばあさんは何かを取り出すと、ふたたび、バッグをオーバーヘッドビンにしまいます。
「おばあさん、大丈夫? そのフタ、重たいけど、閉められる?」と、これまたみんながハラハラと心配するなか、おばあさんはちゃんと、ガシャン! と、フタをしっかりと閉めていました。
(手がプルプル震えていましたから、限界まで力を出したようでした)
周囲にスリルを与えまくったおばあさんは、アメリカに到着するまで、頻繁にオーバーヘッドビンを開け閉めして、荷物をあれこれしていました。
そのたびに座席の上に立つので、やっぱり見ているほうはヒヤヒヤします。
太平洋の真ん中あたりを飛んでいる時は、通路に立ち、屈伸運動をしたり、アキレス腱を伸ばしたりと軽く運動をしていました。
この頃は、心の中で勝手におばあさんと親しくなっていて、知り合いのおばあさん、という感覚です。
「旅行者血栓症予防をしてるのね〜」と、みんなが、これでおばあさんは大丈夫と、ホッとしたような感じで見守っていました。
おばあさんは食事もしっかり平らげ、映画を見たり、眠ったり、荷物を出したりしまったり、と忙しくしていました。
着陸する前くらいになると疲れてきたようで、バッグは客室乗務員の男性にオーバーヘッドビンに入れてもらっていました。
目立っていたけれど、なんだかすごく可愛らしい感じのするおばあさんでした。
着陸する少し前に、おばあさんはキャビンアテンダントに何事か聞き、国籍はアメリカかと聞かれて、思いっきり「ノー」と答えていました。
えー! そうなん? じゃ、ただ東京から帰国するだけではなく、本当に一人旅? と、驚きました。
75~80歳で海外を一人で旅するおばあさん……すごいです。
飛行機が到着すると、さっさと荷物を出して、颯爽と風のように去っていきました。
ある意味、カッコイイとも言えるおばあさんなのでした。
クリックをするとユーチューブで曲が再生されます。
天から聞こえるメロディを曲にしています。