また、少しご無沙汰をしてしまいました。
すみません。
個人的な取材……といいますか、お勉強をしに出かけておりました。
そのお話が書けるのは、まだ先だと思うので、今日は少し前に行った長崎でのことを書きます。
長崎市内にある坂本龍馬が作った「亀山社中跡」に行ってみたのですが……これが、えらい急な坂の上にありました。
亀山社中へはこのルートで歩いてね、と、ナビに使っているスマホの地図アプリが道を示すので、その通りに進むと、墓地の中を歩くコースとなっていました。
広い墓地だなーと思っていると、墓地のど真ん中で、何故かアプリが正常に作動しなくなり、自分の位置がうまく表示されなくなりました。
そのため、道を1本間違えて……墓地内をさまよい歩いたりしましたが、街を見下ろす景色が美しかったので、それはそれで悪くなかったです。
しかし、「おかしいなぁ、大勢の人が訪れるであろう亀山社中跡なのに、なんでこんな道がルートなんやろ?」と、そこが不思議でした。
他にも道がありそうだと思いましたが、下調べをしていなかったので、地図アプリに頼るしか方法がなく…… ヒーヒー言いつつ、登りました。
とにかく坂が急勾配で、道が狭くて……お墓参りの人しか通りませんよ的な道だったのです。
あとで調べたら、メインルートといえる道はやっぱり別にありました。(近藤長次郎や陸奥宗光のイラストが案内しているそうです)
こちらの写真は墓地の入口付近です。
ここまでは普通に住宅地でした。
ある程度、登ったところです。
眺めがいいです。
街からいきなり墓地になっているのですね。
私はお墓が苦手どころか、大いに興味があるので、「立派なお墓だな~」と見せてもらっていると……。
あっ! お墓の入口に表札があります!
きっとお金持ちのお墓なのだろうな、と思ったら、多くのお墓にフツーに表札がつけられていました。
わかりやすいように、赤い丸で囲ってみました。
お墓の中に入っている人からすれば、永代供養墓ではない、このような個別のお墓は、感覚的に一軒家のようなものなので、表札はいい供養になるかも~と思いました。
墓石に刻まれている文字が金色というのも珍しく、他の地域では見ないように思います。
これは中国文化の影響だそうです。
比較的新しいお墓は金色が鮮やかでしたが、古いお墓はそうでもなかったため、調べてみると、正式には金箔を貼るのだそうです。
時間が経つにつれて剥がれてしまったのかもしれません。
墓石の横には「土神」も一緒に祀られていました。
こちらも中国文化の名残りらしく、お墓の土地を守ってもらうためだそうです。
私が一番驚いたのは、多くのお墓のお花が造花だったことです。
九州なので、夏は生花だともたないからかな? と思いましたが、 これだけ住宅地に近い墓地ですから、花筒にボウフラがわいて蚊が大量発生したら困るからではないか、と思いました。
お墓もその土地の事情によって、いろいろと違うのだなと、とても興味深かった長崎のお墓でした。
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天から聞こえるメロディを曲にしています。