私が勤務する介護施設では、入居者さんが不安を口にした時は、少しでもその不安を軽減してあげられるよう、スタッフはひたすら傾聴すべし、となっています。

Kさんは認知症がある80代後半の女性です。

会話はほぼ普通に出来ますが、軽度~中程度の認知症です。

この方はいつも不安が強く、誘導時や、身の回りのお世話をする時など、そばにスタッフが来ると、その不安を口にします。

スタッフを質問攻めにするのです。

まず、最初は 「私、いつまでここにいるんですか?」 から始まります。

本人が自宅に帰りたがっていることは、スタッフは全員知っていますし、でも嘘は言えませんので 「いたいだけ、いて下さい」 「ずっといて下さいね」 と言って誤魔化します。

すると 「私、家に帰りたいのよ。娘に連絡して下さい。娘はどうしてるんですか?」 ときます。

「娘さんは東京で忙しく働いていらっしゃいますよ」 と答えます。

今度は 「娘に電話して下さい」 と言います。

そこでスタッフによって答えが分かれますが、 「後で事務所に言っておきます」 「私、電話番号を知らないんですよ」 「また電話しときますね~」 などです。

後で事務所に言っておきます、と言うと、 「今、言って下さらない?」 となりますし、電話番号を知らないと言うと 「そんなわけないでしょ、ここの偉い人に聞いて下さい」 となり、また今度電話しておきます、と言うと 「今かけてほしいのよ」 となります。

で、ひとしきり連絡をしてほしい話をすると、ふりだしに戻ります。

同じ質問、2巡目です。

「私、いつまでここにいるんですか?」 (私、どうなっちゃうんですか? というバージョンもあります)

「娘はどうしてるんですか?」

「娘に電話して下さい」

スタッフはまた同じような答えを返します。

1巡目とほとんど変わらない会話があって・・・やっと2巡目も終わり、スタッフが 「ふー」 となっていると、3巡目が来ます。

「私、いつまでここにいるんですか?」

「娘はどうしてるんですか?」

「娘に電話して下さい」

たまにここに、 「私の主人、どうしてます?」 というのも入ったりします。

すでに亡くなられていますが、理解出来ていません。

不安を軽減するべく、聞いてあげなくては! と私も最初は一生懸命聞いていました。

で、ある時、気づきました。

この会話をしている間、Kさんの顔はずーっと不安そうなのです。

眉間にシワを寄せて、険しい顔つきです。

怒っているような感じも受けます。

そこで思いました。

不安を口にしている間は、その間ずっと不安な感情になっているわけで、それを聞き続けるということは、つまり、不安を長引かせる、もしくは強く不安にさせてしまうのではないか?

認知症がなければ、2巡目くらいで、あまりしつこいとこの人に迷惑だ、もうやめておこう、と理性でブレーキをかけることが出来ます。

同じ質問をしても同じ答えしか返ってこないということがわかるので、普通は重ねて何回も同じことは聞かないと思います。

ですが、そこは認知症でコントロールがきかないし、数分前のことは忘れているのか、延々と質問を繰り返すのです。

人間、同じことを聞かれると本当に疲れます。

それに、強い不安のマイナスオーラに自分のオーラが引っ張られるのか、さらに疲れます。

スタッフのほとんどが、このKさんのことが苦手です。

なので、夕食後と起床時の、着替え&口腔ケア&排泄介助の長時間のケアになる時はなるべく避けて・・・後輩の私に振ってきます。

傾聴しなければ! と一生懸命聞いて、一生懸命答えていた時は、私も疲れていました。

が、傾聴はかえって不安を強める、と確信してからは、1巡目だけ聞くようにしました。

2巡目に入りそう、と思ったところで、うまく話題を変えます。

「さっぶー! 今日は寒いですね~、雪が降りそうですね。東北の方は雪がすごいんでしょうね~」

「え? そうね~、東北の方はすごいでしょうね」

「Kさん、生まれは金沢でしたよね、金沢も雪がたくさん降りそうですね」

「そうよ、金沢もすごいのよ。私が子供の頃はね、私の背丈よりも高く積もっていたの!」

「へえー! すごいですねー。私、九州で育ったので、そんなにたくさんの雪を見たことがないんですよ。羨ましいです~」

「あら。いいことなんてないわよ。雪がたくさん降るとね、学校の授業でスキーがあるのよ~」

「いいじゃないですか」

「私、のろまだからスキー嫌いなのよ~」

「Kさん、のろまなんですか?」

「そうよ? 見てわかるでしょー」

「ええ、なんとなくそーかなー、と」 と笑いながら冗談で言うと、Kさんは私の背中を叩いて大笑いしました。

”あれ? Kさんって笑うんだ~” とビックリしました。

それまで笑った顔を、一度も見たことがなかったのです。

いつも不安で、いつもこれから自分がどうなるのか悩んでいたので、険しい顔がKさんの定番でした。

それからKさんはスキーの話をたっぷりして、その日は熟睡していました。

その後も、Kさんの長時間ケアに関わるのは私が一番多かったので、いろんな話をしました。

Kさんは日に日に笑うことが多くなって、誘導の時なども、自分から冗談を言ったりするようにもなりました。

ある時、 「私の主人、どうしてるのかしら?」 と言うのが一番目の質問で、まさか亡くなってますよ、とは言えず 「お仕事してらっしゃるんじゃないですか?」 と言ってみました。

「働き者なのよ、うちの主人」 とKさんは誇らしそうに言います。

「Kさんに楽をさせてあげようと一生懸命働いてらっしゃるんですね」

「そうなのよ~」 とKさんはとても嬉しそうです。

「男にはしっかり働いてもらって、女は女同士、ここでのんびりしましょ」 そう言うと、Kさんはうふふ、と笑って 「いいのかしら、そんなんで」 と言います。

「いいんです。女は子育てを頑張ったんですから、ここらへんでのんびりさせてもらいましょうよ」

「そうね。私、3人も子供育てたから」

「3人はすごいですよね! 私なんか1人でいっぱいいっぱいでしたよ」

「あら、私だって3人も産む気はなかったのよ~。でも出来ちゃったのよ~」 とKさんは大笑いです。

違う話題では、このように大笑いする、陽気なKさんなのです。

この頃から私のことを、一緒にいると不安にならなくていい人、と認識したのか、以前のように 「私、いつまでここにいるんですか?」 と私に聞くことはなくなりました。

私が部屋に行くと 「まあ、ちょっと座ってちょうだい」 と椅子を勧められたり、自分がベッドに腰掛けている時は、隣りを指し示し 「ここに座って」 と言ってくれたりします。

「寝ぼけているのかしら、なんだかボーっとして、よくわからないのよ~」 と言うことはありますが、不安そうではありません。

「私もよくありますよ、そういうこと」 とフォローしていたら、タンスから出した肌着類を一瞬どこに置いたのか、本当にわからなくなったことがありました。

「あれっ? 私、今、肌着を出してー、えーっと? どこに置いたっけ?」 と探し 「あ、ありました! ベッドの端に置いてました~。もう、こんなんですよ~私、ボーっとしてるどころか1分前のことを忘れてますからねー」 と言うとKさんはゲラゲラ笑っていました。

このことから、不安は口にすればするほど、解消されるどころか、ますます大きくなり強くなるということがわかりました。

これは、他のことにも通じる法則ではないかと思います。

例えば、人の悪口にも言えるような気がします。

職場で腹が立つことが起こり、それを誰かに聞いてもらう。

自分としては、そうすることでストレス解消となり、腹が立ったことを吐き出すので、気持ちを軽くしている、と思っている。

が、実は、逆効果なのではないか・・・。

悪口を言っている間、腹が立ったその出来事を追体験し、嫌いな相手の顔を思い出し、ムカつく感情を上塗り上塗りして濃くしていくわけです。

悪口を言い続ける限り、Kさんのように、ずっと良くない気持ちを持続させ、そしてそれが定着し、眉間にシワを寄せた顔になってしまいます。

過去のいろんな人をみても、同僚や夫など聞いてくれる複数の人に、常に相手の悪口を言っていた人は、最後には相手の顔を見るのも嫌、という心境になり、辞めていったり転属願いを出したりしています。

嫁姑問題でもそうです。

人間関係がうまくいっていなくても悪口を言わない人はそれなりに仕事を続けたり、生活しています。

そこで私も実験してみました。

本気で腹が立つことがあった場合、私は元夫に (元夫にしか言いませんが) グチを聞いてもらっていました。

が、それをやめてみました。

喉まで出かかっても我慢しました。

言わないでいると、感情が溜まってしまうのでは? と思っていましたが、逆でした。

悪口を言わなければ、腹が立つことをされても追体験しないので、一回こっきりです。

しかもグチを言っていた時間分、まったく違う話をするので、グチっていれば腹を立てていたであろう時間も、違う話が気分転換となってその出来事を薄らいでいかせることになります。

人間はうまく作られていて、一回きりの嫌な思いくらいなら徐々に忘れるように出来ています。

上塗りされていなければ薄らいでいくわけで、その人が失敗して焦っている姿などを見た時に、この人はこの人で一生懸命働いているんだよなぁ、と寛大になれます。

ちょっとした時に、その人のいいところを見つけたら、悪い人じゃないんだよね~、と思えます。

悪口ばかりで、嫌い嫌いと言い続けると、このような ”自分の中で見る目が変わる” という現象が起きづらくなると思います。

それはつまり、自分を追い詰めることになりかねません。

おっと、話がそれてしまいました、Kさんに戻します。

Kさんは私が入社した頃は一切笑わないし、不安な質問ばかり繰り返す人でしたが、今は冗談も言うし、大笑いもするし、何もわからない状態でも 「寝ぼけてるわ~」 と、不安になることはなくなりました。

でも、対応するスタッフによっては、今でも不安な質問を何巡も繰り返しているところをみると、優しく聞いてもらえる心地よさに甘えてしまうものなのかもしれません。

理性でコントロールが出来ない認知症の人だからこそ、眉間にシワを寄せたまま生活しないですむよう、スタッフが工夫してあげるべきなんだな、と思った事例でした。




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